戦後忘れられた存在だったキリスト教社会運動家の賀川豊彦が再び脚光を浴びている。救貧活動に身を投じて今年が百年目となるのがきっかけだ。
彼の苦闘を基にした自伝的小説「死線を越えて」が、PHP研究所から復刻版として出た。神戸市のスラム街に住み込んで、食事にも事欠く子どもたちや満足な仕事がない人々を救おうとする姿を描き、大正時代のベストセラーとなった。
季刊誌「at」も業績を特集した。救貧活動から、労働運動や農民運動へ乗り出し、庶民の生活を支える協同組合運動にも取り組んだ。貧しい人々を救うには「防貧」が必要と、一種のセーフティーネットも考えたと評価する人もいる。
業績の一つとして香川県・豊島で、乳児院「豊島神愛館」創設にかかわったことを付け加えたい。終戦後、社会事業家の女性が戦災孤児となった赤ちゃんの養育に困り果てていたのを知り、建物を提供した。今も恵まれない子どもたちが暮らす。
生協や大学、キリスト教団体が年内まで、シンポジウムや講演会などの記念行事を予定している。戦前から反戦平和を訴えるなど、宗教家にとどまらない多面性が魅力なのだろう。
自由競争優先の資本主義経済が行き詰まった現在だからこそ、貧困や弱者の救済に尽力した先駆者の思想を振り返りたい。