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加盟店に弁当などの値引き販売を不当に制限していた疑いがあるとして、セブン-イレブン・ジャパンが、公正取引委員会から排除措置命令を受けた。経営の裁量が広がる加盟店主や、買う店の選択肢が増える消費者からは歓迎の声が上がる一方、業界側には価格競争激化などで収益基盤が揺らぐ懸念もある。「経営指導」名目で加盟店の販売価格を「統制」するのが、コンビニ各社に共通する商習慣だっただけに、排除措置命令の影響は大きく、業界はビジネスモデルの転換を迫られそうだ。【佐藤岳幸、窪田淳、秋本裕子】
コンビニ業界はこれまで、定価に近い販売価格を維持しながらも、売れ筋商品に集中した品ぞろえや24時間営業、便利な立地などの「利便性」で消費者の支持を獲得し、成長を続けてきた。ただ、価格競争の波は流通業界の「勝ち組」であるコンビニにも押し寄せている。排除命令によって本社による加盟店への「価格統制」が困難となり、独自に値引きをする動きが広がれば、コンビニ業界の収益基盤は大きく揺らぐ。
「棚にたくさんの商品がないと買わないのが顧客心理」(新浪剛史・ローソン社長)で、一定の廃棄を前提とした仕入れを加盟店に「指導する」のが業界の常識とされる。販売期限が短い弁当で「売り切れ」が常態化すれば、利益を得る機会を失う。だからこそ、多くの加盟店が本部の「指導」を受け入れてきた。
しかし、スーパーなどとの顧客の囲い込み競争が激化する中、不採算店の増加ペースが速まり、本社と加盟店の不協和音は増している。セブンの場合、今年2月末までの1年間で874店が出店する一方、610店が閉店した。閉店数は06年2月期(407店)に比べ、約5割増だ。ローソンやファミリーマートなど、他チェーンも同様の状況で、関東地方のあるセブン加盟店主は「店舗を増やせばもうかる本部と、競争相手が増えるだけの加盟店とでは向いている方向が違う」と話す。
消費者の買い控えが鮮明になる中、既にコンビニ本社のコントロール下での価格競争は始まっている。セブンはメーカー製の日用品などを順次値引きしているほか、ローソンは4月から105円の低価格総菜を発売。コンビニの全国の平均客単価は5月に前年同期比1・5%下落し、6カ月連続でマイナスになった。
今回の排除命令で、加盟店による大規模な値下げが始まれば、その地域では収益が低迷しているコンビニも追随を余儀なくされる。スーパーをも巻き込んだ販売競争の激化は避けられず、大手コンビニ首脳は「下位のチェーンには立ち行かなくなるところも出てくる」と危機感をあらわにする。流通業界の勝者にも逆風が強まっている。
公取委は今回の排除命令で、セブン-イレブン本社の「価格指導」について、「加盟者が負担を軽減する機会を失わせている」と批判。「推奨価格」と称して価格を統制する行為も、優越的な地位の利用と糾弾した。
弁当やサンドイッチなど、期限が迫った商品を割引販売して廃棄分を減らせば、経営負担は軽くなり、食品の無駄も減らせると店主たちは主張してきた。
7年前から弁当の値引きを始めたという埼玉県内の店主は「発注量も同時に減らし、月70万円あった廃棄損が今は35万~40万円。やっと前年を上回る利益が出せるようになった」と証言する。業界で「適正」とされる月の廃棄量は「1日の売り上げ分ぐらい」で、「平均的な店でも月50万~60万円分を廃棄する」(加盟店)のが実態という。
ただ、業界全体では加盟店独自の商品値下げに否定的な声がなお多い。セブンの井阪隆一社長は記者会見で、「多くの加盟店主が見切り販売に反対している」と反論した。顧客に店頭価格や鮮度への不信を生じさせかねないことや、ディスカウント店などとの価格競争に巻き込まれ、加盟店自身の利益を圧迫しかねないという主張だ。
一方で井阪社長は、本部による「経営指導」に行き過ぎがあったことは認めた。これまで値下げ販売をしたくても、本部から加盟店契約の解除をほのめかされ、断念した店主がいるのも事実だ。
日本消費者連盟代表運営委員の富山洋子さんは「値引きはコンビニ各店と消費者の判断で行われる商行為。期限切れ前の商品が安く買えるようになれば、選択肢が広がる」と話し、消費者不在の論争にもくぎを刺した。
コンビニ加盟店は、本部にロイヤルティー(商標の使用や経営指導を受ける対価)を払う契約を結ぶ。金額は加盟店の売上額から商品仕入れ額を引いた粗利益に、一定の割合をかけて算出。割合は加盟店ごとに決める。廃棄した商品の仕入れ額は加盟店が全額負担するため、売れ残れば加盟店の利益の取り分が減る。
原価200円の弁当を10個仕入れ、1個500円ですべて販売すると、売上額は5000円。ロイヤルティー50%なら、仕入れ額の2000円を除いた3000円の粗利益を、本部と加盟店で1500円ずつ折半する。
ただ、同じ10個を売っても、13個仕入れて3個廃棄した場合、加盟店の取り分は小さくなる。粗利益を本部・加盟店が1500円ずつ分け合うことに変わりはないが、加盟店は捨てた分の仕入れ額600円を負担するため、手元には900円しか残らない。本部は多く売るほどもうかるが、加盟店は廃棄が増えるとその分負担がのしかかる。
コンビニのフランチャイズビジネスの根幹とも言える加盟店契約の運用が大幅に変わることになり、業界に与えるインパクトは大きい。売れ残りの在庫を抱えたくない加盟店が値引き販売するのは、経営上当然の手段だ。
こうした見切り販売が増えれば、従来のチェーン間競争から、同一チェーン内の価格競争が起き、本部には大きな痛手になる。ある店が値引きすると、消費者は必ず安い方へ買いに行くため、近くの店も値下げせざるをえなくなる。ある店が時間を前倒しして値下げすると他店も追随し、ますます価格競争の連鎖が起きる。今後は収益モデルの再構築を余儀なくされ、独自性ある戦略がないチェーンは生き残りが難しくなる。
毎日新聞 2009年6月23日 東京朝刊