自伝というか、箇条書き


出生〜物心つくまで

19××年、東京都順天堂病院、の隣の病院で出生を受ける。
帝王切開だったとかなんとかで、難産だったらしい。
血液型は、成人してから献血するまでわからなかったという驚きの事実。
物心つくまでは、母方の実家に預けられていた。
現在同様、泣き虫この上なく、一度泣くと手を着けられなくなるほどだったらしい。
この頃から病気には強かった。
ただ、歳を取るに連れて、顔にほくろが増えていく、謎の病気には、この頃から感染している。

一番最初に話した言葉は不明。
まさか、従兄の子供みたいに『起動』なんて言わなかったと思う。
『あっ!』とか言ったと思う。たぶん。

好きだったものは、ポップコーン。
当時、火を掛けると中でポンポンはねる商品が売っていて、親が目を離すとすぐそれを持ってきて遊んでいたらしい。
しかも、実際にポップコーンを作る前に、ぶんぶん振り回して穴を開けるので、実際にポップコーンは作れないと言う、散々な事をやっていたとか。
更に、穴が空くと大泣きしたという、馬鹿っぷり。
もちろん、記憶なし。


幼稚園

3歳になり、近所にある幼稚園に入園。
保育園ではなくて、ある意味で助かった。

年少組の時、担当の先生に惚れて、結婚するとかなんとか言った矢先、
翌年その先生が結婚してしまい、例によって落ち込む。

幼稚園にやってきた移動動物園にて、キリンかロバかどっちか忘れたが、
襟首噛まれて振り回され、大泣き。以来、移動動物園が嫌いになる。

生来の苛められセンスを発揮し、年長組は当然、他の年少組にもいじめられて、泣かない日はなかった。
ただ、キレるとやばいのは、多分この頃からあったらしく、一度だけ大暴れしてすごいことになった気がする。
でも、詳しく覚えていない。ガラス割る位はした気がする。

年長組になった時、やはり幼稚園児なので、スカート捲りにはまる。
ボイスみたいに男のくせにスカートはいなかったので、かなりスカート捲りにご満悦するが、
自分が同じ事されたらどう思う?と先生達に説教を食らって以来、反省してやらなくなる。

歯医者は嫌いだった。今でも嫌い。
ただ、歯医者と間違えて床屋で大泣きする程、この頃から愚か者だった。
ちなみに、その床屋は今でも行っている。


小学一年生

小学校は、住宅街をまっすぐ歩いていくとあったので、交通事故の危険性が薄い良い場所だった。

校庭では上級生に遊ばれる、マスコット少年振りを発揮。今でも変わらず、マスコットキャラ。ああ、なんでこんなことに。

担任はおばあちゃん先生で、休日に出向くと氷をくれたりした。

でも、ある日、参加もしていない鬼ごっこで鬼にされた挙げ句、揉めた事件の時に、
「喧嘩両成敗」という当時意味不明な言葉と共に、げんこつ食らって以来、人間不信気味になる。

おもらしは数回。保健室はあまり行かなかった。というか、あの薬の匂いが駄目だった。


親に連れられて、初めて海へ行く。

海といっても、葛西臨海公園だったが。

初めての海に危機となって飛び込むが、思い切り塩水飲んだ挙げ句、水の中で目を開けられずに、直後、水が苦手に。

後日、キャンプで川沿いに行くが、そこでも溺れて死にかける。父が必死になって助けてくれたから、一命を取り留める物の、更に水が苦手に。


小学二年生

原因は忘れたが、とある事でクラスメイトと喧嘩になり、当然、負けて泣く。

が、泣きながらクラスメイトにハイキックし、鼻血を出させる軽傷を負わせる。

やはりキレると危ないのは、この頃からあったらしい。

数字に弱くなってきたので、そろばん塾へ通うことに。

塾と言っても、主婦が講師をしているような、半分趣味に近い塾で、当時住んでいた集合住宅の集会場が会場だった。

おもらし数回。未だに直らず。


母方の実家へ遊びに行くと、思春期真っ只中の従兄が、多分に漏れずエロゲー三昧。

しかも、何を血迷ったのか、それを俺達兄弟に見せてくれると言う暴挙振り。

当然、感化されてエロくなり、当時規制の甘かったテレビの嫌らしい画面を凝視したり、何度も巻き戻し再生したりと、馬鹿をやる。

今じゃ信じられませんな、こりゃ。


水が苦手なので、水泳もまったくのペケ。

水に浸かることで涙する様は、学内でも有名になり、しょうがないので当時最低級だった13級の下位14級を設置され、それに認定される。

生来の落ちこぼれ振りを見事発揮。


小学三年生

担任が変わり、お姉さん先生に。
うっしゃーと思ったが、さすがに結婚するとかは言い出さなかった。
学習能力はあったらしい。

勉学ではかけ算が登場し、覚えるのに四苦八苦する。
仕方ないので、学研に入り、必死になって覚える。
これが良いのか悪いのか、未だにかけ算九九を独唱するときは、
この学研で習ったメロディーを呟かないと出来ないという、困った覚え方をしてしまう。

そろそろ、おもらしは数える程度になる。学校ではなかった、はず。

水嫌いを克服するために、水泳ゴーグルを購入。

子供というのは、見えると意外といけるもので、水が得意になる。

級も10級(とりあえず泳げる)まで上がり、気分上々。

ついでに水泳スクールに入会するが、なんでかそこに父の妹が講師をしており、げんなりする。


小学四年生

わり算登場。更に頭が混乱してきて、数字が嫌いになる。

この頃から、漢字は書きよりも読みが得意になる。
正確には、10問中、書きは5点取れれば良い方、読みはほぼ確実に10点取れていた程。

なんでかというと、この頃ちょうど母の姉から、OASISというワープロを譲り受けたからである。

当時からキーボードなどの機械が好きだったので、母が使っていない時は、よく借り受けていた。

早くもブラインドタッチも覚えて、PC好きになる。

が、PCではなくワープロだったので、従兄がやっていたようなゲームは出来ないことが判明。
少し残念に思うが、それよりも自分で打ち込んだ文章や図面をプリントアウトするのが楽しく、幼心に興味津々。


小学五年生

OASIS2型を譲り受けて、更にハマる。

暇さえあれば、起動してキーボードを叩いていた。この頃から、小説を書き始める。

語彙に乏しいため、読書を始めることに。シャーロック・ホームズの冒険や、ガンバの冒険など、長編を好んで読み漁る。

図書室の常連になるが、別に出会いもなく、普通の文学少年だった。


だが、ワープロと本にハマりすぎて、視力が低下。

しかも、困ったことに遠視(老眼)型だったので、六年生になるまで気付けず、一時は著しい低下を見せる。


担任は、若い男性教諭Nに。

当時、まだ灰汁の抜けていない新人先生で、音楽の時間にギターを持ってきたり、体育の時間に組体操をしたりと、色々影響を受けた。


クラブには科学部に入る。液体窒素の瞬間冷却や、水素爆発の爆音などが楽しくてしょうがなかった。


廊下での鬼ごっこが流行り、先生の注意も無視してばたばた走り回る。

で、結果、消化器ぶちまけて、N先生に大目玉。あの時の廊下掃除は辛かった。

怒られたのとは別に、消化器の粉塵で涙が出る。結果、清掃を命じられたクラスメイトの1人が喘息で入院。

掃除を指示したN先生が、保護者会から糾弾される。この光景を見て、どっちが悪いのか、よくわからなくなった。


廊下の鬼ごっこは禁止されたので、代替え遊びとして、校庭でやる田圃ゲームが流行り、大いに遊ぶ。

が、これも後のことを考えると、流行らない方が良かったかも。


あまりにワープロばかりやるので、運動不足気味になり、サッカークラブへ入る。

が、運動不足過ぎて、日射病で倒れる事二回、酸欠で倒れること一回。

しかも、情けないことに、人見知り発揮。トイレに行きたいことを伝えられず、小学五年生にして漏らす。

とっても、自分が嫌になる。


そんなことがあって、修学旅行中で山道から飛び降りようとして、N先生に止められる。

「どうしてあんなことをした?」と言われ、「良く覚えてない」と答えると、「そんな理由であんなこと二度とするんじゃない」と説得を受ける。

初めて、N先生に好感を受けた瞬間だった。


小学六年生

検査で著しい視力低下を発見、仕方ないので当時では珍しい眼鏡をかけることに。

何しろ遠視眼鏡なので、要するに虫眼鏡。ケント・デリカットやれとか、太陽見ろとか、色々いじめられる。

で、またしても一度キレて大暴れ。

当時、一部で流行っていたプロレスごっこの技をかけ、かけられて、大喧嘩になる。


小学六年生なので、校庭でやっていた田圃ゲームを、屋上でやるように。

後で知ったが、この屋上、普段は出入り禁止だったらしい。なら、鍵くらいかけろけよと、今でも思う。

だって、廊下から屋上へ出られるんだから、利用するだろ、普通。


そして、事件の日。

いつも通り、屋上で田圃ゲームをやっていたクラスメイト達とは別に、いっちょ前に文学少年気取りだった俺は、なぜか屋上に設置されていた校長像を眺めていた。

ゲームは最低4名必要、すでに8名ほどいたので、これでは参加出来ないと判断。

数十分校長像と、屋上からの風景を見つめてから、教室へ戻る。


数十分後、ゲームに参加していたクラスメイトの1人が、腕を折った。

立入禁止だった屋上にいた生徒全員が呼び出しを受ける。

重要なのは、立入禁止だった屋上で遊んでいたということだが、先述の通り、鍵もかかってないし、立入禁止の表示もなかったので、使うだろ、普通。


更に、個人的に重要なのが「屋上にいた生徒全員が呼び出しを受けた」という点。

「ゲームに参加していた」ではなく、「屋上にいた生徒」という指定だったので、当時、馬鹿正直だった俺もきちんと呼び出しに応じ、なぜかN先生に怒られる。


この時の会話は、鮮明に覚えている。

N先生「0M(俺)!お前、反省しているのか!?」
俺「は、はい、しています(涙)」
N先生「じゃあ、どう反省しているのか、言ってみろ!!」
俺「も、もう、これからは二度と屋上に入りません(涙)」
N先生「朝礼でも入らないのか!?先生に命じられても入らないのか!?」
俺「……そういうわけじゃ……(号泣)」
N先生「じゃあ、入るのか!?立ち入り禁止なんだぞ!」


俺にどう答えろというのだ、この人はと思った。

好感を持っていたN先生にも裏切られて、人間不信意識倍増。

5年時の漏らしでもかなり自分が歪んでいたのに、この半分冤罪を受けて、更に歪み、暗くなる。

しかも追い打ちで、小学一年生の時から親友だと思っていたクラスメイトに、以前から利用されていた事を知り、完全に人間不信化。

信用できるのは、人間ではなく機械だけ。ワープロは裏切らないから、好き。

ろくに家から外に出ず、ずっとワープロ三昧。

初恋もしたけれど、相手は人間だから裏切るだろうしと、意味不明な解釈で諦める。


こうして、歪んだまま卒業。



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