サイゾースタッフ
パブリッシャー/揖斐憲
プロデューサー/川原崎晋裕
エディター/佐藤彰純
デザイナー/cyzo design
Webデザイナー/石丸雅己※
広告ディレクター/甲州一隆
ライター(五十音順)
竹辻倫子※/田幸和歌子※
長野辰次※/平松優子※
※=外部スタッフ
原稿料暴露、編集者との確執 いまマンガ界は崩壊寸前!?【3】
さらに、伊藤氏は、今後、日本のマンガ文化自体が衰退してしまう可能性も危惧している。
「法律の専門家によると、佐藤さんのWebマンガに描かれたことがすべて事実であれば、韓国版の無断出版は損害賠償の対象になる恐れがあり、もし団体からの抗議の原因が取材の不十分のためだと立証されれば、佐藤さんから編集部に委託した取材・監修業務の不履行となる可能性があるといいます。万が一、こうした事例が続くようだと、マンガ制作の現場に司法や行政の介入を許すことにもなりかねない。これは避けたい話ですよね。出版社は、今、マンガ業界がどの程度の市場規模にあり、どのような環境に置かれているのかを正しく理解し、スムーズな契約を結べるシステムを構築すべきです。あと、佐藤さんの件について、講談社や小学館は公式にコメントを出していませんが、企業側がきちんと事情説明をしないと、余計に事態の悪化を招くのではないかと懸念しています」(伊藤氏)
●ビジネスチャンスか 最悪のシナリオか
さて、佐藤の一件以来、もうひとつ取りざたされているのが、マンガのネット配信ビジネスが成功する可能性についてだ。現在、ネット界隈では、佐藤の試みを支持する声が聞かれる半面、大手出版社の営業力や広告宣伝能力に頼れない以上、これまでのように数百万の読者に作品を届けられるわけがないと指摘する向きも少なくない。
中野氏も「電子書籍は、紙媒体以上に複製されやすく、しかも、読者のIT環境はまちまちのため、OSやブラウザに応じて閲覧ソフトを用意しなければならない。個人で始めるには、経済的にも技術的にもハードルが高い」とはしながらも、その一方で「もしも軌道に乗れば、単にマンガ家の新しい収入源となるだけではなく、大きな可能性を秘めている」とも語る。
「実は、夏までに5~6人のマンガ家が佐藤さんの動きに追随するという噂があります。さすがに、全員が最初から大成功を収めるとは思えませんが、今後、彼らに続くマンガ家が増え、ネットで新作が続々と発表されるようになると、雑誌のネット版のようなマンガ専門の配信事業者や、専用の閲覧ツールが登場することも十分考えられます。音声ファイルが普及したことによって、音楽の世界にiTunes StoreやiPodという新しいビジネスが誕生したように、デジタルマンガという新しいコンテンツは、新しいインフラやハードを生み出すかもしれないんです」(中野氏)
書籍の電子化が進む米国では、07年、ネット通販最大手のアマゾンが電子書籍を購入、閲覧できるツール「キンドル」を発売している。まだまだビッグヒットとはいえないものの、今夏には第三世代モデル「キンドルDX」の発売と、大手新聞3社から専用の記事配信を受ける予定もあるという。確かに、コンテンツはツールやインフラの整備を推し進めるようだ。
しかしその一方で、現在、音楽業界ではCDの売り上げと音楽配信の売り上げが拮抗するまでの状態になっている。マンガのネット配信が進むと、音楽CD同様、マンガ誌も売り上げを食われ、廃れてしまうようなことはないだろうか?
「むしろ、マンガ誌にとって好循環を生むはずです。ネットの世界では、すでにファンを獲得している作品がウケることが予想されます。現在、マンガ誌には、長期連載を抱えすぎるという問題があります。メディアミックス展開が活発になってからは、ドラマ、アニメの放映中は、雑誌にとっても部数増のチャンスとなるため、どうしても人気作は連載を止められない。しかし、これでは新人を起用しにくく、その作品の人気にかげりが見えたとき、次のヒット作を生み出せなくなる。その点、人気作ほどウケるネット配信という選択肢があれば、自らネットの世界に飛び出していく中堅マンガ家も増えるはずです。すると、新人を起用せざるをえなくなるマンガ誌は自ずと新陳代謝が始まる。今後は、ネットは売れっ子のもの、雑誌は若手のものという棲み分けが進むのでは」(中野氏)
一連の取材を通じて、現在、マンガ業界が大きなターニングポイントを迎えていることがあらためてわかった。しかも、ハンドルの切り方ひとつで、その状況は大きく変わってしまう。法律や財務の専門家がマンガエージェントを結成し、IT企業がマンガのネット配信を開始するなど、マンガ業界に縁もゆかりもなかったプレーヤーが参入するなど、中野氏が予測する新たなビジネスチャンスを生み出す可能性もあれば、反対に伊藤氏が想定する、司法や行政の介入という"最悪のシナリオ"が訪れる恐れもはらんでいる。
前出・マンガ誌編集者の言葉のとおり、すべてのマンガ家がトラブルの火種を抱えているわけではない。しかし、佐藤や雷句の一件を、単なるいちマンガ家の個人的なトラブルと片付けてしまうのは早計のようだ。
(取材・文=成松哲/「サイゾー」6月号より)
Kindleが時代を開く、か。
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