時事解説

2009年06月22日号

【検察と政治】
西松建設献金事件:国沢幹雄被告らに対する検察側冒頭陳述(要旨)、本誌編集長「小沢氏と民主党は検察に喧嘩を売ったのだから検察の『天の声を出していた』という攻撃に反論しないのはおかしい」とコメント


●毎日新聞の報道
 毎日新聞は20日、東京朝刊25頁に次の記事を掲載した
「国沢幹雄被告らに対する検察側冒頭陳述の要旨は次の通り。(呼称、敬称略)」

 ■規正法違反被告事件について

 ◇新政治問題研究会(新政研)、未来産業研究会(未来研)名義の献金スキーム

 95年施行の政治資金規正法改正で規制が強まり公表基準も厳格化した。当時の社長らから対応を指示された国沢(当時、事務本部長)は経営企画部長らから、実体のない政治団体名義で献金すれば社名公表を避けられるなどの提案を受けた。新政研などは会則等を形式的に整えたが、「会員」とされた者は会費名目の払い込みをするだけで何ら活動はしなかった。

 ◇小沢氏側政治団体に対する多額献金

 <岩手県などにおける業者選定>

 東北地方では昭和50年代初め、ゼネコン各社による談合組織が設立されて以後、談合で公共工事の受注業者を決めていた。岩手県下では、遅くとも昭和50年代終わりころから、小沢一郎議員の事務所が影響力を強め、その意向が「天の声」とされ、本命業者の選定に決定的な影響力を及ぼすようになった。また、1997年ころからは秋田県下の一部公共工事への影響力も強めるようになった。すなわち、岩手、一部秋田県下の公共工事受注を希望するゼネコンは小沢事務所に「天の声」を出してほしい旨陳情し、了承が得られた場合には、仕切り役に連絡する。仕切り役は真実「天の声」を得ていることを直接、同事務所に確認した上で、本命業者を決める旨の談合がとりまとめられていた。そのため各ゼネコンは名前を隠して下請け企業等から多額の献金を行わせた。

 <多額寄付の経緯>

 国沢は95年、東北支店長から必ずしも小沢事務所との関係が良好でなく、岩手県下の公共工事を思うように受注できない状況にあり、業績を伸ばすためには多額の献金をする必要があるとの説明を受けた。その上で、同事務所からの要求に応じ、同年中に複数名義を用いて1000万円超を献金することの了承を求められた。それまで業界団体の申し合わせに基づき、年間300万円程度の献金しかしていなかったが、国沢は支店長の話を了承した。支店長は96年岩手県発注の秋丸トンネル工事を受注したい旨、小沢事務所に陳情して本命業者となり、落札できた。

 <継続的寄付の合意>

 支店長は97年、小沢事務所と交渉し、以降は年間2500万円を継続的に寄付する申し合わせをした。同事務所からの示唆もあり、西松建設からは1500万円、残る1000万円については下請け企業群から寄付するという枠組みにした。どの団体にいくら振り込むかという割り振りは、本社総務部長が同事務所側と打ち合せをし、同事務所からは請求書が送付された。

 00年、同事務所側から、多額の献金が社会の耳目を引かないよう名義を分散してほしいと要請された。国沢らは談合で公共工事を受注している事実をより確実に隠すため、以後は西松名義での寄付は止め、代わりに未来研名義の献金を加えるなどした。そのころから同事務所では大久保隆規秘書が「天の声」の発出などの業務を行うようになっていた。

 05年、業績悪化を理由に国沢は最も大口の小沢氏側への寄付を減額したいと、総務部長から相談された。国沢も営業上多大な支障がなければ減額したいと考え、同事務所の了承を得るべく丁寧に説明するよう指示した。

 <犯行状況>

 06年に入り、国沢は不快感をもたれない形で献金を終了させるべく交渉するよう指示を出した。直ちに止めるとすると、納得を得られない恐れが強かったため、同年においては新政研、未来研に残る資金のほぼ全額、500万円を寄付し、それをもって終了した。

 <「天の声」を得て受注した状況>

 95〜06年の間、小沢氏側に多額の寄付を行う一方、東北支店長らが東京の小沢事務所に陳情して、計5件の工事で「天の声」を得た。うち4件は実際に談合が成立し、落札額は合計約122億7000万円(共同企業体のため自社分は計約59億円)だった。

 ◆検察側証拠(要旨)

 ◇鹿島東北支店の談合担当者で業界の仕切り役の供述調書

 岩手、秋田の公共工事では小沢事務所に逆らって本命を指定することはできず、天の声があったら従わざるを得なかったため、業者はこぞって選挙運動や献金をして小沢氏を支援していた。

 「ぜひとも」という工事があれば、業者は小沢事務所から了解を得て(仕切り役の)鹿島に伝えてきた。私は小沢事務所の秘書に電話し確認する役割だった。私が小沢事務所に意向を伝えることもあったが、最終的に小沢事務所が了承しなければ本命にできなかったし、逆に小沢事務所が本命と伝えてきたら本命にせざるを得なかった。

 西松が落札した「簗川(やながわ)ダムトンネル工事」(03年、岩手県)は西松の担当者が鹿島に来てアピールした。「小沢事務所から本命の了解を得た」と言ってきたので、私は「静かにしていろ。他社に言うな」と指示し、大久保被告に「西松でよろしいでしょうか」と聞いた。すると大久保被告は「結構です」と言った。

 ◇西松建設東北支店社員の供述調書

 簗川ダムトンネル工事について、当時の東北支店盛岡営業所長が、大久保被告に「簗川ダムはよろしくお願いします」と言ったところ了解を得られたため、談合組織の仕切り役(鹿島)に伝え、工事を受注できた。

 遠野第2ダム建設工事(06年、岩手県)に関して何度も大久保被告に「お力添えお願いします」とお願いした。大久保被告は「他のゼネコンも来ている」と良い返事をくれなかったが、05年ごろ「よし分かった。西松にしてやる」と言われた。しかし談合決別の合意(05年12月)もあり受注はかなわなかった。

 ◆大久保被告の供述調書(要旨)

 西松建設部長から06年初「小沢先生を支援してきたけどもう限界。献金を打ち切らせてください」と切り出された。経営が厳しいと認識しており「あい分かりました。業績が回復したらまたよろしくお願いします」と伝えた。新政研、未来研の2団体からの献金が実際は西松建設側からの献金と知っていた。献金が部長判断ではなく、しかるべき人間の決裁を経ていると認識していた。05年1300万円、06年500万円と減額されたのも、しかるべき人の判断と認識していた。

 ◆大久保被告の弁護団の所感(要旨)

 大久保隆規被告の弁護人、伊佐次啓二弁護士が19日、発表した「弁護団の所感」の要旨は次の通り。

 2政治団体による献金やパーティー券購入の相当部分は、他の団体へのものも相当あるにもかかわらず、国沢氏の起訴は小沢氏側に対する献金だけに限られている。検察官がダミー団体による西松の献金と断じる多くの部分を不問に付し、特定分(小沢氏分)のみ起訴したことに正当な理由があるのか、先日報道された検察審査会の指摘にもあるが疑問と言わざるを得ない。

 自民党関係の団体が西松関係の政治団体から献金を受けた事実について検察官は証拠が十分であるにもかかわらず、冒頭陳述で実態を明らかにしていない。結局、大久保氏を狙い撃ちにしたのは誰の目から見ても明らか。このような冒頭陳述は大久保氏にとって欠席裁判に等しく、著しくバランスを欠き、到底容認できない。

 検察官は特に岩手県下の公共工事について小沢事務所の意向に基づいて受注業者が決定されたなどと主張したが、一部の者の一方的供述に基づくものであり、その主張内容も極めて抽象的。大久保氏が具体的な工事で検察官の言う「決定的な影響力」をいついかに行使したのか、そもそも「決定的な影響力」とは何か、まったく具体性を欠いている。大久保氏が受注者を決めていた事実は一切なく、大久保氏がこれに関する取り調べを受けたこともない。「決定的な影響力」を具体的に裏付ける証拠も何一つ出されていない。

 大久保氏の裁判に関する当方の主張は、公判で明確にしたい。


●本誌編集長のコメント
「小沢氏は『岩手、秋田県の一部公共工事に関し小沢事務所が天の声を出していた』という検察の攻撃に対し、反論すべきだ。大久保被告の弁護団の所感では通用しないことを認識すべきだ」


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