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受け継ぐ 事件シンボルに民主化訴え続け―第5部〈天安門記〉

2009年6月9日13時57分

写真記者会見で人権活動について説明する馮正虎さん(右)。天安門事件に抗議して結成された「民主中国陣線」日本支部主席の林飛さんが同席した=4月27日、東京都文京区、樫山晃生撮影

 天安門事件20周年の6月4日の夜、東京・池袋の劇場会議室で開かれた集会に、約100人が集まった。20年の間にやせ細った民主化運動だが、この日は新しい顔がいくつもあった。

 上海の人権活動家、馮正虎(フォン・チョンフー)さん(54)もそのひとりだ。マイクを前に、「20年前に学生の声を受け入れていれば、中国は経済ももっと発展し、民主的な文明国家になっていたはずだ」と語った。

 上海市にあった民間の経済研究所長だった89年5月末、軍による民主化運動制圧に反対する声明を出し、所長を追われた。それ以来、民主化や人権活動を続ける。北京五輪の際も見られたように、しばしば中国では、当局による強制立ち退きが行われる。その反対運動に今は力を入れる。

 日本に留学経験がある。在日華人の民主化組織と合流し、中国での人権尊重を訴える「中国留日創業者連盟」を結成した。「日本は言論活動も自由だし、地理的に近いため中国と行き来しやすい」

 とはいえ、日中をまたにかけた活動は困難を極める。馮さんは北京で2月、当局に拘束された後、天安門20周年の6月4日を過ぎるまで国外滞在することを条件に釈放され、4月に来日した。6月7日、上海に向け帰国の途に。ところが空港で入国を拒否された。取り囲んだ警察官に尋ねると「上司の指示だ」。日本行き航空券を渡され、とんぼ返りを余儀なくされた。

 池袋の集会には、3月に難民認定されたばかりの夏一凡(シア・イーファン)さん(52)の姿もあった。

 夏さんは広東省の元市幹部だ。汚職によって耐震強度不足など手抜き工事が横行していることを見逃せず、上司に改善を求めたところ、迫害を受けるようになった。危険を感じ、02年11月、日本への団体旅行に参加。成田空港でタクシーに飛び乗り、東京入国管理局へ駆け込んで、難民としての保護を求めた。

 天安門事件以降、経済発展の勢いに押されるように中国の民主化運動は衰えた。官僚の腐敗や人権侵害が各地で起こり、批判や抗議は今も封殺される。集会の出席者たちの活動は様々だが、ともに民主化を求め、「天安門事件を忘れるな」と訴えた。

 埼玉県に住む在日華人女性、陳偉華(チェン・ウェイホワ)さん(46)は、天安門事件記念の集会に出席するのは初めてだ。

 93年に留学生として来日。07年6月、上海の母から「兄さんの命が危ない」との電話を受けた。兄の陳小明(チェン・シアオミン)さんは著名な人権活動家。立ち退きを強制された人々を支援していた。驚いて帰国すると、過去の活動がもとで服役中だった兄が、「病気治療」を理由に仮釈放された。全身あざだらけで内臓出血がひどく、2日後に死亡した。

 「刑務所で虐待を受けたのだ」。そう確信した陳さんは、上海市政府などに陳情を繰り返したが成果はなく、昨年11月、日本に帰った。

 翌月、やはり兄が死亡したが、犯人と警察の癒着で捜査が進まないと訴えていた在日華人男性、寧化敏(ニン・ホワミン)さん(49)を知った。寧さんを通じ、今度は兄弟の冤罪を訴える2人の福建省出身の主婦と知り合った。4人は「在日華僑冤民連盟」を結成。新たに在日華人3人から連絡があった。

 在日華人は70万人に達し、日本に住む外国出身者としては最大勢力だ。中国の問題に巻き込まれる人も増える。

 「同じ境遇の人は少なくないはず。中国ではすぐに警察に捕まるが、日本でなら抗議の声を上げられる。仲間を増やしたい」。陳さんは話す。(山根祐作)

■発展の陰 格差を追う

 天安門事件以降、経済発展を成し遂げた中国社会。事件を経験し、中国の「格差問題」を追う人もいる。

 茨城県に住むジャーナリストの班忠義(パン・チョンイー)さん(50)は89年、留学先の東京で民主化デモに参加した。04年から約3年、雲南省麗江市に住んだ。山間地の貧困家庭を訪ねた。

 すき間だらけの木造の家に家具はほとんどない。栄養状態が悪いため、子どもたちは年齢より小さく見える。3年間、毎日同じ服を着ているという女子中学生もいた。年収が1千元(約1万5千円)程度という家庭もあった。

 ここで貧しい子を撮影した作品が06年、中国のドキュメンタリー映画祭で入賞した。だが、作品では政府批判は避けざるを得なかった。昨年8月、再び日本へ。「民主化しない限り、貧しい人々に政府の目が向くことはないのではないか」

 5月、神戸市で開かれた市民講座。大学非常勤講師の劉燕子(リウ・イエンツー)さんが1冊の本を取り出した。「中国低層訪談録」。浮浪児、地下カトリック教徒、冤罪の農民……。国家から見放されたり、虐げられたりしている人の声をつづる。著者は詩人の廖亦武(リアオ・イーウー)氏。天安門事件を批判して服役した後、社会の底辺にいる人々を訪ね歩いている。01年に出版したとたん発禁になった。

 劉さんは91年に日本に留学。留学生仲間らと文芸誌を創刊し、中国の地下詩壇や亡命作家たちを紹介している。廖氏とも中国で何度も会い、日本語版を出版した。

 急速な経済発展の裏に広がる矛盾。そのしわ寄せを受ける人々と天安門世代がつながる。表だった街頭活動こそ見えなくなったが、天安門事件はなお、民主化を求める人々のシンボルとして生きている。(浅倉拓也)

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