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3世紀から魚が降っていた

AERA6月22日(月) 12時19分配信 / 国内 - 政治
──水の生き物が街中で見つかる例が相次いでいる。
鳥の仕業? 竜巻? あるいはUFOが持ってきた?
実は昔から続く「由緒ある」ものらしい。──

 ポタ、ポタ、ポタ……。
 6月4日午後4時半過ぎ、石川県七尾市中島町の中島市民センター裏の駐車場で、機器の調子を見ていたMさん(52)は何かが落ちる音を聞いた。振り向くと、そこここにかたまりのようなものが落ちている。
 ドジョウかな、とよく見ると、ぐったりとしたオタマジャクシである。上を見ると、曇り空しか見えない。
「奇妙なこともあるもんや」
 同センターの水上和夫参事(55)を呼び、一緒に駐車場を調べると、あるわあるわ、そこら中に、オタマジャクシ。
「車1台のスペースに十数匹、というところもあり、全部で100匹程度かな」
 証拠にと写真を撮ったものの、市に報告するほどのことでもなく、首をかしげるだけだった。
 ところが、地元紙がこれを聞きつけ、翌日金曜日の朝刊紙面にでかでかと「オタマジャクシ降ってきた」と報道したところから火がついた。

■30回くらい取材受けた

 七尾市中島町は冬のカキと特産「中島菜」が名物という静かなところである。5年前に合併して七尾市となり、町役場は市民センターとなった。「オタマジャクシ事件」はまさにそこに起こった初夏の珍事であった。
 水上さんを始め、市民センターの人々はマスコミ対応で休み返上のてんてこ舞いとなった。在京テレビ各社は次々と取材クルーを送ってきた。4番組から取材が来た社もあるという。
「30回くらい取材を受けたかな。しゃべる中身は同じだけど」
 と水上さんはいいながら、楽しそうに取材を受けてくれた。
 その後、オタマジャクシや小魚が降った「現場」は輪島、白山などの石川県内から静岡、埼玉、宮城など日本全国へ広がった。いったい、オタマジャクシになにが起きているのか?
 空からオタマジャクシのような生き物が降ってくる現象は、昔から知られている。調べてみたところ、まとまったものとしては、米国ニューヨークの自然史博物館に勤めていたユージン・ウィリス・ガジャーという魚類学者が、1921年冬、同館の雑誌「ナチュラル・ヒストリー」に「魚の雨(Rains of Fishes)」と題して発表した論文が最初だ。

■3日間降り続いた?

 ガジャーは古今東西の文献から、空から魚など生き物が降る現象の記録を集め、論文の中で44の例をあげている。たとえば1893年、米科学誌「サイエンス」に掲載されたのは、
「フロリダ州ウィンターパークで、雷雨の後、2〜4インチ(5〜10センチ)の『サンフィッシュ』がたくさん、雨とともに降ってきた。ヴァージニア湖から来たらしいが、現場から1マイルも離れている」
 というもの。
 最も古い例は、西暦200年ごろ、ギリシャの著作家アテナイオスの『デイプノソフィスタイ(宴席の智者)』という聞き書き集に、「ケルソネソスでは、3日魚が降り続いた」とあるそうだ。つまり3世紀に入るころからある現象なのだ。後の論文では、いろいろな異常現象を調べた16世紀のリュコステネスの本から、689年にザクセンであったという魚の降る絵を紹介している。
 地域の内訳は北米10件、英国10件、ドイツ8件、インド10件、マレーシア2件などだから、世界のあちこちにそういう話があるとわかる。降るものも魚のほか、カエル、オタマジャクシなどいろいろだ。
 ガジャーは、科学者らしく、この「魚の雨」現象の原因説明として、湖水上で起きた竜巻が水と一緒に魚を吸い上げ、近くで魚を豪雨とともに降らせるという気象現象説を唱えていた。最初の論文から28年後の1949年にも、「サイエンス」誌に「魚の雨? 神話か事実か?」という文章を寄稿、「この問題を40年以上も調べた」とうんちくを傾けている。しかし、最後に「非常に残念ながら私はこの現象を目撃していない」とある。確かに残念だ。
「魚が降る」という現象は、これまで多くの人を刺激した。かの村上春樹氏もその人で、2002年の小説『海辺のカフカ』でも「アジやイワシ」あるいは「ヒル」の雨を登場させている。
 UFOなど超常現象のマニアたちはこのような現象を「ファフロツキーズ現象」と命名し、注目している。このややこしい名前は単に「空からの落下(Fall from the skies)」から取ったというだけのことだ。超常現象(トンデモ現象)を批判的に研究する「と学会」会長のSF作家山本弘氏の小説『神は沈黙せず』(03年)でも、この現象が詳細に解説されている。
 今回は、UFOがオタマジャクシを空まで運び、実験後にそれを落としたのだろうか。あるいは、オタマジャクシが空まで集団テレポーテーションし、はっと力が切れたのか……。
 捜査の常道に基づいて、現場へもどろう。
 事件の「被害者」、オタマジャクシたちは、現場の周りの田んぼにはいくらでもいる。では、ここから彼らを運んだのはなにか。当時、雨は降っていなかったので、ガジャーのいう竜巻説はなさそうだ。そんな天気でもなかったという。では……。
 科学の考え方で「オッカムのカミソリ」というのがある。14世紀の神学者ウィリアム・オッカムが「物事を説明するのに、余計な仮定は立てるな」といったそうだ。余計な仮定をそり落としてしまうのが「カミソリ」。これに従えば現場にあるものはそり落とせないだろう。

■落ちたのは天の恵み

 付近は自然が豊かだ。耳を澄ませば、ホトトギスの「テッペンカケタカ」やウグイスの声がいくらでも耳に入る。と見ると、大きな鳥が飛んでいく。首をS字状に縮めた特異なスタイルだ。
「アオサギですよ」
 と、水上さん。
 アオサギは体長1メートルほどの大型のサギで、田んぼによく降り立ち餌をあさっているのが見られる。山階鳥類研究所や北海道アオサギ研究会によると、ヒナが大きくなると胃の中にたくさん餌を詰め込んだ状態で巣へ持ち帰るという。好物は小魚やカエル、オタマジャクシ……状況証拠は十分ではないか。
 もちろん反論はある。「胃の中にあったならもっと消化されていてもいい」「一旦食べたら吐き出すことは滅多にない。まして飛びながら吐くとは……」「オタマジャクシ100匹をいっぺんに食べるだろうか」……これは、現場を押さえるしかない。もし、あなたの街の上空をアオサギが飛んでいたら、オタマジャクシをこぼさないかどうかしっかり見つめてほしい。
「ここにオタマジャクシが落ちてくれたなんて、天の恵み」
 と水上さんはいう。町が注目されるのは、願ってもない話だ。
「UFOでもサギでもケロロ軍曹でもなんでもいい。この町を売り出せるなら……」
 と、皆、したたかであった。編集部 内村直之
(6月29日号)
  • 最終更新:6月22日(月) 12時19分
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