2009年6月19日17時54分
鹿島鉄道玉造町駅跡を愛犬と訪れた成島さん。コロはここに毎日、成島さんの送り迎えに通った=茨城県行方市玉造甲
タローは石岡駅で誰を待っていたのだろう。朝夕2回、決まって現れた。待合室に座り、改札口を通る乗降客をじっと見ていた。待ちくたびれると、同じ道をまた引き返していった。
茨城県石岡市立東小学校で飼われていた雑種犬。1964(昭和39)年に、迷い込んできた。しばらくして駅通いが始まった。
駅までは約2キロ。学校の正門を出て歩道橋を駆け上り、車の多い国道6号を西へ向かう。横断歩道を渡って坂を下り、交差点を右折、常磐線の踏切を渡ると駅が見えてくる。赤と青を見分け、ちゃんと信号を守った。
先生や児童たちみんなに愛されていた。たいていは職員室の教頭の机の下にいた。登校時間になると、1年生の教室を順番に回る。自分で戸を開けて入り、教室の隅で児童を見守った。昼休みは校庭で「給食」。好物のマーガリンと飲み残しの牛乳を子どもたちにもらった。
寄り道をして帰ることもあった。駅前の定食屋とそば屋はなじみの店だ。よく立ち寄ってはごちそうになった。そんなときは帰りが夜7時を回った。
いまだったら、たちまち捕獲されて処分されるに違いない。当時は高度成長期を迎え、人々が豊かになり始めた時代。社会は寛容さを備えていた。