不安社会~安心・安全を求めて
過去に例のない事件、動機が理解できない凶悪犯罪が相次ぐ現代は、体感不安が拡大している。安心・安全という言葉が強調され、世の中を覆う不安はどうも尽きない。そんな「不安社会」の実像を見つめ、東北大大学院文学研究科の吉原直樹教授(社会学)の関連する研究成果も織り交ぜながら、人々の営みを豊かにする安心・安全の在りようを考えたい。(「不安社会」取材班)
=水曜日更新=
東北みらいプロジェクト
「秋まで仕事ないから、自分で探して移ってよ」。奥州市出身のフリーター、タカさん(26)=仮名=は、2007年7月末、バイト先の店長から突然解雇を言い渡された。期限はわずか10日後。「もう少し働かせてほしい」と粘ったが、全く相手にされなかった。
<上司たちの横暴>
職場は東京都内にある出身大学の生協。07年2月にアルバイトを始め、1カ月後には店長ら上司の横暴が目に付くようになったという。
卒業・入学の繁忙期が過ぎた5月、店長から土日休みの確約を得たにもかかわらず、3カ月も土曜出番が続いた。たまらず指摘すると店長は前言をすっかり忘れ、「そんなこと言われても困る」と逆に苦情を言われた。
タイムカードを押して勤務を終えた後、大型家電店へ出向いて注文品の見積もり業務をさせられたこともあった。「店は帰り道にある」と交通費はなし。1時間半ほど余計に拘束されたが、残業代も出なかった。
不満があっても上司にあまり文句を言わないタカさんに対し「はっきり言えばいい」と批判する仲間もいた。しかしタカさんは、余計な波風を立てて生計の道を絶たれるのを恐れた。
タカさんは正規雇用の経験がない。大学を卒業したのは05年3月。適職選びに迷って就職活動開始の時期が遅れ、企業の内定を得られなかった。
岩手県内の図書館で臨時職員として働いたが、横柄な態度で威張る正職員の存在などに嫌気が差し、再上京した。社員は家に帰らず働き、バイトも半日働き詰めというパソコン店で1カ月働き、その後、生協に移った。
<おれが悪いのか>
若者中心に、雇用不安問題に取り組むNPO法人「POSSE(ポッセ)」を知ったのはそのころ。会員になって職場の実態を話すと、ほかの会員が「それはひどい」とわがことのように憤ってくれた。
タカさんは、職場の同僚に立場を理解されず「おれが悪いのか」と悩んだという。POSSEで共感し合える仲間を得て「生活へのモチベーションが上がった」と話す。
POSSE理事の川村遼平さん(22)は「タカさんの周囲のように、違法状態が当たり前になっている職場では、働いている人たちが問題に気付いていない場合が多い」と問題点を指摘する。
タカさんは現在、図書検索システムを作る会社でパートとして働く。月収は13万円足らずで、家賃や食費で消える。低賃金の悩みは尽きないが、職場にほかのトラブルはない。「やっと安心して働ける」とほっとしている。
=次回は25日=
写真:仙台市内で、街頭活動の打ち合わせをするPOSSEのメンバー。多くの若者がボランティアで参加している