2009年6月20日0時10分
今年に入っても行政の失敗が次々に露呈している。
この国の行政は国民に義務のみを強制し、権利への配慮は乏しい。その証左として、年金保険料の滞納には年14.6%の延滞金を徴収する一方で、社会保険庁のずさんな管理による年金記録の誤りが見つかった際に、支給が遅れた分の遅延利息は一切払っていない。
また、厚労省が5月に発表した「厚生年金の給付水準50%割れ」という試算は、5年前の年金改革で当時の坂口厚労相が豪語した「100年安心」という標語が破綻(はたん)したことを示している。同じ厚労省は原爆症患者の認定訴訟で18連敗した。薬害エイズと同様に戻れず、止まれずという行政の欠陥だ。
行政は、制度の命名能力さえ劣化してしまっている。例えば、高齢者の反発の強かった「後期高齢者」、「終末期医療」という名称は、見直す方向で検討が進められているが、制度の設計はいまだ解決策を見いだせない。
75歳以上に表示を義務化したもみじマーク(高齢運転者標識)も国民の反発から1年で表示しなくても反則金を取られない努力義務に戻り、事実上の撤回に追い込まれた。
冤罪も明らかになった。DNA鑑定が覆り、17年間拘束された菅家利和さんが釈放された。警察・検察は菅家さんにおざなりの謝罪をしたが、この間の科学技術の進歩を無視してきた司法の反省の声は聞こえない。
こうした行政の失敗はリストにあげると延々と続く。これらの失態は何を意味するだろうか。行政は最低限の実務能力さえ失ったといえるのではないか。この背後には、国民を思う魂も、未来の国家像を描くという志も失った官僚群があるのだろう。(四知)
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「経済気象台」は、第一線で活躍している経済人、学者など社外筆者の執筆によるものです。