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2009.06.13

審査員は何を考えていたのか?

ヴァンクライバーン・コンクールで中国人とともに日本人の盲目の青年が優勝した。コンクールの結果などというものは入学試験の結果と似たようなもの。若い時の一時点に課題をどのようにこなしたかを示すだけで、大した重要性を持たないが、話題になっているようなので一言書いておこう。

まず世評は散々であるようだ。たとえば"what was the jury thinking (審査員は何を考えていたのか?)"と題されたBENJAMIN IVRYの評論から。

".....Nobuyuki Tsujii, a student-level Japanese performer plainly out of his depth in the most demanding repertoire......"
「学生レベルのピアニスト辻井信行は明らかに彼の手に余る難しいレパートリー(ハンマークラヴィーアソナタのこと 筆者注)を弾き・・・・・・」

Many articles have focused on the fact that Mr. Tsujii was born blind and learns music by ear. But only results count, and his June 6 performance of Rachmaninoff's Second Piano Concerto with the mediocre Fort Worth Symphony Orchestra, led with steely resolve by James Conlon, was a disaster.
「多くの記事では辻井氏が盲目で耳から音楽を覚えていることに注目している。しかし結果だけしか意味はない。そして彼のラフマニノフのピアノ協奏曲第二番は・・・・・中略・・・・・ディザスター(最悪)だった。」

私はテレビ等でちょこっと演奏を聴いただけだが、確かに恐ろしく指は達者であるものの平板でつまらない演奏であることは瞬時にわかった。ピアノという楽器は数多くの音を演奏者ひとりで操って立体的に音楽を作れるところがダイゴ味だが、その特性が全く生かされていない。まさにスチューデント・レベルの演奏だ。これは音楽を聴く耳を持っている人なら共通に感じるところだと思う。

同コンクールでファイナリストになりながら賞を逃したイタリア人ピアニストの評判が良いようなので、比較のためにハイドンのソナタをYoutubeでちょっと聴いてみた。それほど大したものではないかもしれないが、センスの良さがうかがわれる演奏ではあった。

今回の最上位の三人は、日本、中国、韓国。オリエンタルの演奏ってホントつまらないんですよね。何とかして!

辻井氏が目が見えないハンディを克服して頑張っているのは素晴らしいことだが、それは次元の違う話だ。その辺をバサッと厳しい言葉で斬っているのは評論家として正しい態度であるだろう。

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Comments

なんでも辛口の批評であれば良いというものでは無いです。

既に多くの人が指摘しているように、批判的な記事を書いた Ivry 氏は多分現場での演奏を聞いていないと思われます。しかも、他の演奏もネットを通じてであってもどの程度聞いたのかも分かりません。事実に関しても間違った事を書いている人です。その上さらに「目が見えない人はコンチェルトを公衆の面前ではひくべきではない」("Soloists who cannot see a conductor's cues should not be playing concertos in public" )とまで断言する人です。

私は専門家でも無いですし、現場で音質を含めて聞いたわけでは無いので誰が勝つべきであったかについてはわかりません。しかし、枝川様とは異なり、現場で聞いてもいないと思われるIvry 氏が「評論家として正しい態度」を持っているとはおよそ思いません。

Posted by: ken | 2009.06.14 at 12:22 AM

ken様

コメントありがとうございます。

でも、結局は自分の耳で判断するしかないですよね。あの演奏は数秒間テレビで聴けばどんなレベルかわかる程度だと思いませんか?私は「音楽を聴く耳を持っている人なら共通に感じるところだと思う」と書きました。もしご自身で判断できないということでしたら、失礼ながら議論を続ける価値がありません。

一番の問題は演奏の良し悪しを判断する耳さえもたずに無批判に称揚しているマスコミだとは思いませんか?

Posted by: 枝川二郎 | 2009.06.14 at 08:45 AM

それから、現場で聴いたかどうか、ということですが、kenさまは実際聴かないと批評してはいけないというお考えのようですね。つまりCD評などは無意味だということですよね。

私はそうは思いません。コンサートを拒否したグレン・グールドを例にあげるまでもなく、実際に聴き手が演奏者の現前にいないとダメ、というのは現代社会では現実的ではないと思います。

ともあれ、自分の耳を磨くこと、それが我々が最初にすべきことです。


Posted by: 枝川二郎 | 2009.06.14 at 09:03 AM

後返答どうもありがとうございます。現場に関してですが、CD の音質で聞くのであればまだ良いですが、インターネットで聞いているとしか思えないわけで(多分他に手段が無い)それでもって公平な判断ができるのか疑問です。長いコンクールのどの程度を聞いたのかもわかりません。あと、先に指摘したような目が見えない人はコンチェルトをひくべきではないとか、事実を誤認して書くような批評が正しい態度とは私は思いません。

演奏に関してはすべてを聞いたわけではありませんが、youtube ではかなりを聞きました。私自身は欠点もあるが魅力もある演奏もあると感じました。私自身はプロのピアノ演奏家ではないですが、現場ですべての演奏を聞いた演奏家の判断が間違っていると言うほどの根拠は感じません。

枝川様は単に数分の TVの演奏で判断されているのでしょうか?長いコンクールの様々な曲のかなりの演奏は聞き比べて判断されているのですよね?

無批判に受け入れるのは問題だとは思いますが、辛口であれば正しいと受け入れるつもりもありあせん。特に明らかに問題のある批評をその部分をまったく無視して「正しい態度」と持ち上げるのはいるのはバランスを欠いていると考えます。

Posted by: ken | 2009.06.14 at 06:04 PM

Kenさま

お答えします。

「現場に関してですが、CD の音質で聞くのであればまだ良いですが、インターネットで聞いているとしか思えないわけで(多分他に手段が無い)それでもって公平な判断ができるのか疑問です。」

理解できません。私はSP録音のコルトーやシュナーベルの演奏を愛聴していますが、それはおかしいということですかね?本当に優れた演奏は録音が多少悪かろうともオーラが感じられるものだと思います。


「先に指摘したような目が見えない人はコンチェルトをひくべきではないとか、事実を誤認して書くような批評が正しい態度とは私は思いません。」

「事実誤認」とは具体的に何を指すのかわかりませんが、いずれにせよ私はただ一つの点(下記参照)以外にはなんの評価も下していません。


「枝川様は単に数分の TVの演奏で判断されているのでしょうか?」

そうです。それくらい明らかだということです。ある演奏が学生レベルか一流か、というような根本的な違いは数秒聴けばわかります。というか、それくらいの耳がなければ批評なんてできないでしょう?その程度のことが自信を持って言える程度には経験を積んできたつもりです。


「長いコンクールの様々な曲のかなりの演奏は聞き比べて判断されているのですよね?」

してませんし、興味もないです。コンクールなんてたいして重要なものではありません。今回は一種の社会現象になったと判断したから、その問題点を書いたまでです。


「辛口であれば正しいと受け入れるつもりもありあせん。」

もちろんです。正しいものは正しい。間違っているものは間違っている。


「特に明らかに問題のある批評をその部分をまったく無視して「正しい態度」と持ち上げるのはいるのはバランスを欠いていると考えます。」

私はこう書いています。「辻井氏が目が見えないハンディを克服して頑張っているのは素晴らしいことだが、それは次元の違う話だ。その辺をバサッと厳しい言葉で斬っているのは評論家として正しい態度であるだろう。」つまり、演奏の評価を下すにあたり、身体のハンディキャップを一切考慮していないところを「正しい態度」といっているわけです。それ以外になんの判断もしていません。この批評家は色んなところで色んなことを書いているのでしょうが、たとえこの人が他でどんなにめちゃくちゃなことを言っているとしても、この一点は正しいと思います。

Posted by: 枝川二郎 | 2009.06.14 at 08:46 PM

確認したいたいのですが

> 「枝川様は単に数分の TVの演奏で判断されているのでしょうか?」

> そうです。それくらい明らかだということです。ある演奏が学生レベルか一流か、というような根本的な違いは数秒聴けばわかります。

と書いていますが、TVで流れた辻井氏の演奏を数秒だけ聞けば枝川様は一流ではなく学生レベルであると明らかに断定できると言うことですよね?

数秒であればミスしている部分だけを考慮もできるとは思いますが、それ以外いかに素晴らしい演奏をしていてもそれだけで判断できるということになります。(そうでなければコンクールの判定に関する議論はなりたちません)私はまったく賛同しません。

Posted by: ken | 2009.06.14 at 09:19 PM

すみませんが、不毛な議論はもう終わります

一言だけ。ぜひ、超一流のピアニスト、たとえばグールドやホロヴィッツなどのすぐれた演奏を聴いてください。数秒どころか一瞬にして凡庸なピアニストとの違いが体感できると思います。

議論はその感覚を共有してからにしましょう。ホロヴィッツと凡庸なピアニストはどういう風に異なるか、といった話題ならいくらでも書きますよ。

Posted by: 枝川二郎 | 2009.06.14 at 11:32 PM

もはや書くつもりはありませんでしたが、はっきりと答えていただけないのでもう一度聞きます。枝川様は辻井氏のテレビでの数秒の演奏を聞いただけで、彼は明らかにコンクールに出た他のピアニストに比べても劣り、一流ではなく学生レベルであると断定できるということで良いですね。そうとしか読めません。

ちなみに、グールド、ホロヴィッツともにCDはかなり持っていますしよく聞くピアニストの一部です。

Posted by: ken | 2009.06.14 at 11:51 PM

kenさん

ネットというのは公共の空間なのですから、自分の発言に責任を持ってください。

あなたにはこう言う問題があります。
1) 私が書いていないことを、あたかも書いたかのように装って批判する(コンチェルト云々・・・とか、明らかにコンクールに出た他のピアニストに比べても劣り・・・とか)
2) 言いっぱなしにする(現地で実際聴かないといけない・・・とかいう話は結局どうなったのですか?)
3) (これが一番大事なところですが)演奏に対する自分の意見・感想を具体的に述べず、人のことにケチをつけようとばかりする。これではまともな議論になりません。(「欠点もあるが魅力もある演奏」なんて何も言っていないのと同じです。)

私は建設的な議論は大いに歓迎します。たとえば、私が「恐ろしく指は達者であるものの平板でつまらない演奏」と書いた部分について異議があるのでしたら、ぜひそのところを書いてください。(ただし具体的な言葉でお願いします。)そこにしか本質はないし、そこから有意義な議論がはじまれば素晴らしいとおもいます。

私が実演を聴いていないためにトンチンカンな批評をしている、と言いたいのですか?そうならば具体的に批評の問題点を示さないと・・・。そのためにもまずはご自分の意見を開陳してください。

Posted by: 枝川二郎 | 2009.06.16 at 07:55 AM

枝川さんの一流と学生の演奏の違いって具体的に表現できますか?とりあえず、芸術については、テクニックではないと思います。下手での良い演奏はあります。彼のハンディキャップとコンテストに注いだ熱意がどの程度だったのか?は良くわかりませんが、TVに写っていた受賞後の笑顔は良い顔だったと思います。それで良いのではないかと思います。コンテストで今後が全て決まるわけでないですし。

Posted by: とおりすがり | 2009.06.16 at 11:07 PM

枝川様、

あなたこそ自分の発言に責任を持って答えてくれませんか?

> まさにスチューデント・レベルの演奏だ。これは音楽を聴く耳を持っている
> 人なら共通に感じるところだと思う。

さらに

> 「枝川様は単に数分の TVの演奏で判断されているのでしょうか?」
> そうです。それくらい明らかだということです。ある演奏が学生レベルか一流か、というような根本的な違いは数秒聴けばわかります。

と書いています。

TV での数秒の演奏を聞いただけで、辻井氏の演奏が学生レベルと枝川様は判断できると書いているわけですよね。違いますか?これについてははっきりと答えられていませんが。

数秒というのは悪い演奏だけでもありうるだけで私自身には賛同しがたいものがあります。

さらに、Ivry 氏の記事はコンクールの判定が問題にしているわけで、コンクールの他のピアニストと比較しての問題でなれば意味が無いと思います。超一流のピアニストの絶頂期に比べて劣るから「学生レベル」というわけではないですよね?

まさか、「審査員は何を考えていたのか?」というタイトルで書いておいて、今更のようにコンクールで金賞をもらうのはおかしくはなかったというのですか?そうすると、コンクールに出ていた他のピアニストも「学生レベル」以下ということになると思いますが、違いますか?

あと、「コンチェルト…」については Ivry 氏が書いているとはっきりと書いているわけで、枝川様が書いたとはどこにも書いていません。枝川様こそ人の書いていることをねじ曲げないでくれませんか。

他の面に触れなかったのはこれが一番重要な面でだと考えたからです。

2) についてですが、CD の批判であるのであれば、CD だけで批評するのは妥当でしょう。ライブでのコンクール結果について批評するのであれば、インターネット経由だけの音で判断するのはおかしいのではないかといったわけです。しかも、Ivry 氏は同じ記事内で(他の記事ではない)事実誤認もしていますし、
先にも触れた"Soloists who cannot see a conductor's cues should not be playing concertos in public"を書いているわけで、批評のコンテクストは全く無視して、ごく一部だけを論じようというのはおかしいと考えてます。

3) についてですが、演奏については「演奏家の判断が間違っていると言うほどの根拠は感じません。」と既に書いています。

Posted by: ken | 2009.06.16 at 11:31 PM

正直言って馬鹿らしくて反論を書く気はなかったのですが、「面白いので書いてくれ」という声があったので書きます。

評論家がどうこうとかコンクールがどうこうというのは本質ではない。要は、私がテレビで聴こえた音から判断して書いた批評が妥当かどうかの問題である。

それが妥当であれば私は正しい。ピント外れならば私はおかしい。もちろん芸術の評価に絶対ということはないが「美大生の油絵よりもレンブラントの絵のほうがはるかに深い」というような言い方がなされていたら、それは妥当と言って差支えないはず。

私の批評がピント外れかどうか、それがすべてなんですよ。わかりませんか?私が妥当な批評をしているのであれば、実演を聴いたかどうか、とかどれくらいの時間を聴いたか・・・といった問いはすべて無意味になります。だってちゃんとわかったんだから。そうでしょう?

私が書いたのは以下の部分です。
「確かに恐ろしく指は達者であるものの平板でつまらない演奏であることは瞬時にわかった。ピアノという楽器は数多くの音を演奏者ひとりで操って立体的に音楽を作れるところがダイゴ味だが、その特性が全く生かされていない。まさにスチューデント・レベルの演奏だ。」

私に反論するのであれば、具体的にこの中でどこがおかしいのかを指摘してください。それが出来ないのならあなたは私を批判する資格がない。

さて具体的に書いていくときりがないが、たとえば和音の鳴らし方。一流のピアニストならば和音全体が自分のイメージ通りの響きになるように、和音を構成する一つ一つの音を微妙に調整しますよね。ピアノは低音のほうが響きやすい、とか通常は最高音を表に出したい、とか・・・・そういうことを踏まえて本能的に処理していく。下からドミソという和音であれば強さは(例えば)5:3:10くらいで、最高音のソの音は響きを硬くする、等々。

一方、学生レベルだと例えばドミソという和音を無神経にすべて同じ音色で弾く。これは和音に対する感性が乏しい場合が多いと思いますが、場合によっては耳ではわかっていてもそれを各指の打鍵に反映させることができない場合もあるかもしれない。で、件の辻井氏はラフマニノフ協奏曲第二番の第一楽章の和音の連打ですべての音を機械的に出していた。こういう風にやられると、数秒で飽きちゃいますよね。これを何十分聴いたって無神経な音の塊の繰り返しでしょう?

でもラフマニノフみたいにメカニカルには高いが音楽的に若干ゆるいような曲はまだ良いです。問題はもっとシンプルな、つまり音楽的により難しいバッハやモーツァルトでしょう。グレングールドが二十三歳(でしたっけ)で弾いたゴールドベルク変奏曲。そのレベルとは言わないまでも、その足もとにでも及ぶ演奏が聴けたら私は拍手を惜しみません・・・。

私は「立体的」というところにこだわりたいので、議論をポリフォニー奏法についても行ないたいところですが、とりあえずこの辺で。

kenさんはホロヴィッツを愛聴されているそうですから、彼と凡庸なピアニストの違いは十分に感じておられることでしょう。その素直な耳で判断されることを望みます。

Posted by: 枝川二郎 | 2009.06.17 at 01:55 AM

和音の鳴らし方なんて細かい話は、好みの問題じゃないですか?いや、もちろん、ちいさなクラシック業界では、色々とあるのかもしれませんが、一般の人が聞くポピュラーミュージックでは、「どれだけガーンと来るか?」ぐらいの判断でしか無いですし、そーゆーモノでムーブメントが起こります。今回の盲目のピアニストはマスコミの作り事のような部分は多分にあると思いますが、何でもかんでもマスコミで作れるわけではないです。
枝川さんのおっしゃっている事は、オーディオマニアなどの域をでない。もちろん、オタクの間ではそれでよいと思います。ストーリー抜きでピカソを語ってピカソの魅力は100%伝わりますか?というか、芸術を言葉で語るのは馬鹿げた世界。

Posted by: とおりすがり | 2009.06.17 at 11:58 AM

とおりすがりさん

「和音の鳴らし方なんて細かい話は、好みの問題じゃないですか?いや、もちろん、ちいさなクラシック業界では、色々とあるのかもしれませんが、」

和音というのは議論を具体的にもっていくために一例としてあげたまでです。演奏を分析していくとどうしてもそういう話になってしまいますが、もちろん私は演奏の全体的な魅力について考えています。

「一般の人が聞くポピュラーミュージックでは、「どれだけガーンと来るか?」ぐらいの判断でしか無いですし、そーゆーモノでムーブメントが起こります。」

その点についてはクラシックもポピュラーもありません。ホロヴィッツやグールドも聴き手に「ガーンと来させる」魅力があるから超一流だ、と言っても良い。「ガーンと来る」ためには何かの理由があるはずであり、何がガーンと来させているのか(或いは、何故ガーンと来させることができないのか)を考察するのが音楽評論ではないですか?

「今回の盲目のピアニストはマスコミの作り事のような部分は多分にあると思いますが、何でもかんでもマスコミで作れるわけではないです。」

前半はそのとおり。後半はどうでしょうか?マスコミが本気で売り出せばまず大抵のアーティストはそこそこ売れるようになると思いますよ、日本では。日本人はマスコミのいうことを盲信する傾向が強いですからね。だからこそ我々が演奏を正当に評価するだけの鑑識眼(鑑識耳?)をもたねばならない、ということです。

「枝川さんのおっしゃっている事は、オーディオマニアなどの域をでない。もちろん、オタクの間ではそれでよいと思います。」

どう思われようと仕方ありませんが、私としては演奏の本質に肉薄するような文章を書こうと思っています。

「ストーリー抜きでピカソを語ってピカソの魅力は100%伝わりますか?」
伝わっているに決まっているじゃないですか!!ピカソがどんなに波瀾万丈の人生を送ったとしたって、絵がだめなら絶対評価されません。ピカソの名声はひとえに世界中の多くの人が彼を二十世紀最大の画家の一人だと思っているからにほかなりません。人間の世界にはさすがにその程度の矜持はあります。(日本は例外的にだめかもしれないが・・・苦笑)

「というか、芸術を言葉で語るのは馬鹿げた世界。」
料理の味については一切語らない、読んだ小説の印象は一切語らない・・・というような人がいても私がとやかくいう筋合いではないでしょう。でも私としては「なぜこの演奏にはガーンとくるのだろう?」というようなことを追及することには意味がある、と思っています。

Posted by: 枝川二郎 | 2009.06.17 at 01:47 PM

こんばんは。
>芸術を言葉で語るのは馬鹿げた世界
これはちょっと言い過ぎたかもしれません。芸術は、好き嫌いを語る世界で、良い悪いを決める世界ではない。でしょうか。
好き嫌いで言えば、今回の盛り上がり方は嫌い。ただ、そうなる事を目の見えない若者が望んだわけでは無いよう思います。いるとすれば望んだのは、盲目のピアニストが儲かると考えた人のように思います。その人は悪いと言えるでしょう。
それと、評論家とは、評論をして生活をしているわけですから、絶賛も批判も商売です。どちらの意見もあまり参考にならないのは、金融界でもおなじみだと思うのですが、いかがでしょうか?
それと音楽ファンよりも、演奏家本人が自分の実力を理解していると思います。そうでなければ、実力があったとしても先は無いように思います。
ピカソについて言えば、20歳の作品で世界が絶賛したか?といえば、Noだと思います。

Posted by: とおりすがり | 2009.06.17 at 11:22 PM

枝川様、

私はあくまでも枝川様の書いたことについて論じているのです、枝川様は結局それについてははっきりと答えていらっしゃらない。

そして、自分の書いた事のうち3つの文章以外は議論は受け付けないというのはおかしいでしょう。そのくせ、人にはいろいろ答えるように要求する。さらに、私が書いていないことを書いたように記しいるのも一切訂正しない。

自分の発言に責任を持っているとは言い難いでしょう。それでもって他人には「ネットというのは公共の空間なのですから、自分の発言に責任を持ってください。」というのは全くおかしいというのは気がつかないのでしょうかね。

Posted by: ken | 2009.06.19 at 11:47 PM

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