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新しい腰掛け?育休KY社員

AERA6月15日(月) 14時10分配信 / 国内 - 社会
──5時に帰ってもいい。仕事を代わってあげてもいい。
子育てとの両立は大変でしょう。
でも、当然の権利のように「お先に♪」ってどうなの?
せめてやめてよ、そのKY発言。──

 まだ陽も高い午後3時半。3人のママ社員たちが3分差で姿を消していく。
 大手メーカーに勤めるミカさん(39)が3年前に配属された部署は、育児休業明け社員の受け入れ先。半年間で次々と3人が復職し、独身はミカさんだけ。短時間勤務のママたちがやり残した仕事が降りかかってくる。
 コピー、お茶汲み、会議室の予約、回覧板のチェック……。たいした仕事ではないのが余計に気に障る。3人でこの程度の仕事? ユルい、ユルすぎる。
 ママたちは責任ある仕事を任されそうになると、
「みなさんに迷惑をかけるだけですから」
 と、きっぱり辞退するのだ。
 そんな中、上司がママたちに4時退社を言い渡した。30分遅れても保育園の迎えには間に合うはずだが、ママたちは血相を変えて「団交」に立ち上がった。
「子どものリズムが乱れます!」
 ミカさんは意味がわからず、「リズムってそんなに大事なの?」と聞くと、睨まれた。
「産んだことがない人にはわからないわよ」
 恐るべし集団パワーで3時半退社を勝ち取ったママたちは、今ではちゃっかり2人目も産んでいる。

■尻拭いは独身総合職

 ミカさんは40歳を前に婚活中。ずっと仕事優先で総合職に転換までしたのに、今の仕事といえばママたちの尻拭い。会社にとっては「何でも屋」の女性総合職がひとりいれば、育休社員の代替要員を雇わずに済んで好都合なのだろう。そのための配置転換だったのか……。
 そんな待遇にも甘んじているのは、いずれは自分も出産して制度を使いたいからこそ。ママ集団を敵に回すのはご法度だ。でも、やっぱり思ってしまう。
 制度をフル活用して腰掛けしてない?
 東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長の渥美由喜さんは、会社員を仕事軸と生活軸で4種類に分ける。仕事も生活も重視するのがイキイキ社員。どちらも重視しないのがダラダラ社員。仕事だけ重視派がバリバリ社員、生活だけ重視派がヌクヌク社員だ。
「ヌクヌク社員は自分の生活しか目に入らない。会社に何も貢献せずに権利ばかり主張すると、周りにうんざりされます」

■次は私のはずが……

 研究者のチハルさん(36)も、ヌクヌクの同僚に泣かされた。同僚は1年間の育休が明ける1週間前に、
「思ったより子育てが大変で」
 と電話1本で退職したのだ。
 彼女はチハルさんより上のポジションでヘッドハンティングされてきた。切迫流産だったらしく妊娠が発覚した直後から休職。好待遇の専門職のため人員は補充されず、同僚たちが必死にフォローしてきた。
「ポストが確保されていることを知りながら復帰直前に退職するなんて、あまりにもKY。もともと戻るつもりがなかったと思われても仕方ないでしょう」
 チハルさんが毒づくには訳がある。昨年結婚し、彼女が復職したら次は自分の番だとひそかに計画していたのだ。育休でキャリアが止まる前にポジションを上げておこうと準備も進めていた。それなのに男性上司は、
「子どもが1歳だと大変だよね」
 と彼女に同情する始末。違う!と叫び出したい気分だ。
「私まで同じ意識だと思われたらとんだ迷惑。最悪の前例を作られましたよ」
 2005年の育児・介護休業法の改正で、契約社員や派遣社員にも育休の門戸が広がった。女性の育休取得率は1996年度の5割から、07年度は9割に。仕事と育児を両立させようとする女性に、育休は浸透している。
 だが、両立支援の制度が整うほど、制度を使える人と使えない人の間に格差が生まれ、不満がくすぶる。
 法政大学の武石恵美子教授(女性労働論)はこう話す。
「育休を取る人が少ないうちは個別対応で済んだが、これだけ増えると、休業中や復帰後の評価体系を制度化することも必要になる。今後は介護で休む管理職も増えるのでなおさらです」
 昇進が遅れないよう育休中の評価を下げない企業もあるが、休んだ人より働いた人のほうが評価が低くなれば、不満も出てくるだろう。
「休んだ人を特別に優遇する必要はないですが、育休中や時間短縮分は無報酬だと知らない同僚も多い。浮いた人件費をフォローした同僚に還元するなどの配慮をすることで、軋轢は避けられるのではないでしょうか」(武石さん)
 企業の人事担当者も頭を痛めている。能力もやる気もある社員のために制度を整備しても、責任感があるがゆえに、迷惑をかけるからと出産を躊躇するか、出産前に退社を選ぶ人も少なくない。結局、制度を充実させるほど、バリバリとヌクヌクの格差は開くという皮肉な結果になるという。

■世代や実家、夫でも差

 出産後の働き方が多様化し、制度をあえて使わない人もいる。産んだ人同士の温度差も表面化してきている。
 例えば、夫や実家に頼れるか、ベビーシッターを雇う経済力があるかで、働き方に差ができる。そして晩産化による世代間の意識格差。バリキャリ志向のバブル世代と専業主婦志向の20代では、収入も仕事のモチベーションも違う。キャリアダウンを恐れて早めに復職する管理職もいれば、割り切って派遣に変わる人もいる。ワークライフバランスを共通言語で語れなくなってきているのだ。
 さらに、この不況で育休をめぐる状況は一変している。

■職場の不満は不公平感

 マユミさん(32)は4年前、出産退職が当たり前だった会社で、初めて育休を取った。
「誰かが前例を作らなければ変わらないから、AKY(あえて空気を読まない)戦略。やれるだけやるつもりでした」
 復職後、夜の接待は同僚に代わってもらい、取引先には時間厳守を頼んだ。昨年、2人目の妊娠を男性上司に報告すると、冷ややかに言い放たれた。
「それでもまだ働きたいんだ。すごいね」
 2人目の育休明けの直前、会社からメールで復職を延ばすよう宣告された。「育休切り」だった。子育ても仕事もしたいというのは、KYなのか──。
 コンサルティング会社の人事担当のユキさん(42)は「育休切り」した側だ。20代の嘱託社員を育休明けに雇い止めにした。
 片道2時間かけて通勤していた彼女は、夫にも実家にもまったく頼れないからと、午前10時から午後4時の勤務を要求してきた。子どもが発熱したらどうするつもり? 現実感なさすぎ。
 繁忙期になると社員総出で徹夜する。社内アンケートをすると、最大の不満は労働時間の長さではなく、「不公平感」だった。みんなが大変なら頑張れるが、ラクしている人がいるとモチベーションが下がる、というのだ。母親の役割を制限してまでキャリアを築いてきた先輩ママたちもいる中で、彼女だけ認めるわけにはいかない。
 せめて会社の近くに引っ越したらと提案しても、彼女は歩み寄ろうとせず、家庭の事情に会社が配慮して当然という態度。彼女を切り、代わりに20代の男性を採用した。
「フルで働けて将来性のある人に人件費をかけたいのが本音。妥当な判断だったと思います」

■職場改善にもつながる

「育休切り」されないためにも、KYはもってのほか。復職後は時間に追われ、周りに気を配る余裕がなくなる。キャリアカウンセラーの阿部志穂さんによると、ある企業では育児中の社員の同僚の9割近くが、「フォローしても感謝されているかどうかわからない」と答えたという。
「『ありがとう』だけでは言葉足らず。具体的にどう助かったかを補うと感謝の気持ちが伝わるし、同僚たちも支えるポイントがわかる。結果的に自分がラクになるのです」
 どんなに頑張っても迷惑はかかる。ならば発想を変えてみては、と前出の渥美さん。
「時間制約がある人は職場改善のヒントに気づきやすい。みんなが早く帰れるように業務の効率化を提案すればいいのです」
 午前10時から2時間ごとに会議の予定がびっしり。発言しながらパワーポイントで資料をまとめ、次のコマの会議でその資料を使ってプレゼンしながら、またパワポでまとめる──。大手情報会社に勤めるナミさん(39)が育休明けに身につけた「神業」だ。時間に制約があるからこその集中力。午後5時半に最後の会議を終え、保育園にダッシュする。
 会議の嵐が去ると、残された同僚たちはもう何もする仕事がない。完全にナミさんのペースで回っている職場は、明らかに残業が減った。
(文中カタカナ名は仮名)
(6月22日号)
  • 最終更新:6月15日(月) 14時10分
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