脳死を人の死とし、15歳未満の臓器提供に道を開く臓器移植法改正案が18日、衆院で可決され、実現に向けて大きく前進した。法制定から12年。海外での渡航移植を強いられた家族や支援してきた医師らが一刻も早い成立に期待を寄せる一方、脳死状態に陥りながら今も命を刻み続ける子どもの家族は複雑な心境をのぞかせた。
脳死を人の死とする臓器移植法改正案A案が衆院で可決されたのを受け、A案の推進派、反対派がそれぞれ東京都内で記者会見した。
「(議員が投票する)札一つずつが、子どもの命のように見えた」。拡張型心筋症のため昨年12月に1歳4カ月で亡くなった一人息子、聡太郎ちゃんの遺影を手に国会で傍聴した中沢奈美枝さん(34)は、推進派の会見でそう振り返った。「聡太郎のことと同時に、脳死になった子の親御さんの気持ちが頭に浮かんで。母として同じ気持ちだと思う」と、涙を浮かべて話した。
そして「これまで聡太郎のような子どもの命は、取り残され救われなかった。でも移植によって、別の命が取り残されてはいけないはず。救える命を救い、どんな立場の人もきちんと医療を受けたと納得できる制度が生まれてほしい」と話した。
「胆道閉鎖症の子どもを守る会」の竹内公一代表も「今回、長年一緒に活動をしてきた仲間が、推進派と反対派に分かれてしまった。悲しくつらいが、しっかりした移植医療を定着させて誤解を解けば、いつか分かり合えると信じたい」と複雑な表情で語った。
一方、反対派の会見で、東京都大田区の中村暁美さん(45)は「脳死の子は死んでいない」と体を震わせ訴えた。娘有里(ゆり)ちゃんは2歳8カ月の時、原因不明の急性脳症で「臨床的脳死」と診断された。中村さんは「亡くなるまでの1年9カ月間、温かく成長する体があり、娘を一度も死んだと思わなかった。今回の可決は心外」と怒りをあらわにした。
「臓器移植法改悪に反対する市民ネットワーク」事務局の川見公子さんは「救急医療体制の整備など審議されていない問題も多いA案が弱い人の命を奪わないよう頑張りたい」と強調した。【奥野敦史、河内敏康】
「A案が成立すると、うちの子どものような生き方が認められなくなるのではないか」。長男みづほ君(9)が「長期脳死」の女性=関東在住=は、A案の大差での可決を知り、肩を落とした。
みづほ君は00年、1歳のとき、原因不明のけいれんをきっかけに自発呼吸が止まり、脳内の血流も確認できなくなった。旧厚生省研究班がまとめた小児脳死判定基準の5項目のうち、人工呼吸器を外して自発呼吸がないことを確かめる「無呼吸テスト」以外はすべて満たした。それから8年、人工呼吸器をつけて自宅で過ごし、身長は伸び体重も増えた。
「今後も移植が必要な人は、どんどん増えるだろう。さらに臓器が足りなくなれば、死の線引きが変わり、私たちの方へ近寄ってくるかもしれない」と不安を口にする。
みづほ君はこの1年、状態は安定している。女性は「この子は『延命』しているのではない。こういう『生き方』をしている。参院審議に期待したい」と話した。【大場あい】
昨年2月、心臓移植のための海外渡航準備中に拡張型心筋症の長男丈一郎君(当時9歳)を亡くした福岡県久留米市の自営業、石川祥行(よしゆき)さん(37)と妻優子さん(37)はインターネット中継で衆院可決を見つめた。優子さんは「一つの大きな門が開いた」と話す一方、「移植は誰かの死があって成り立つもの。『可決してよかった』という言葉は使えない」と配慮も見せた。【曽根田和久】
「日本人の命を日本人が救える国にするための第一歩」。衆院本会議を傍聴席から見守った大阪大病院の福嶌教偉(ふくしまのりひで)・移植医療部副部長(52)は喜びをかみしめた。
もともと小児心臓病が専門の外科医。法改正を訴える活動と並行して海外で心臓移植を受ける数多くの小児を仲介してきた。ところが渡航移植には1億円以上かかる。国内なら健康保険が適用され、200万円以内で手術が受けられる。
「今回の法改正論議は、多くの家庭で臓器提供をしたい、したくないと話をするきっかけになる。世の中が少しずつ変わっていくしかない」と期待を込めた。【野田武】
毎日新聞 2009年6月19日 東京朝刊