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【なにやっ10】阪神・馬場M、三沢さんの死を悲しむ

2009.6.15 12:27
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 阪神・馬場1軍マネジャーが落ち込んでいた。「馬場さん」と声をかけても、「ん?」とだけ。グラウンドに散らばるコーチ陣を探す姿も何だかせわしなく、明らかに様子が変だった。

 「あぁ。ミサワさんが亡くなったからやと思うで。タイガースで最もプロレスを愛する人が馬場さんやから」

 球団関係者が耳打ちをしてくれた。ミサワさんとは、プロレス・ノアの社長、三沢光晴氏(享年46)。13日の試合中に相手の技を受けて頭部を強打。そのまま帰らぬ人となった。

 はっきりいって、僕はプロレスがよくわからないし、三沢という2文字もギャグ漫画『浦安鉄筋家族』などで知ったという程度。千葉遠征中、訃報(ふほう)をサンスポ東京本社版の1面で知り、「大変なことが起こったのかなぁ」と思ったぐらい、勉強不足だった。

 だから、聞いてみた。三沢さんってどんな選手だったんですか、と。

 「キッ、キミはそんなことも知らないのか…ハァ…」

 マリンスタジアムの三塁ベンチ。テンピュールの座布団に腰を落としながら、馬場マネジャーが「あちゃ〜!」と頭を抱えた。だって、知らないんですもん…。

 「あのね、うちのチームでいうと、金本サンが亡くなったぐらいなんだ。プロレス界を盛り上げるために、団体を立ち上げて、そして、自らも体を張ってね。僕は新日(本プロレス)派だったんだけど、とにかく残念でね。ウルウルウルウル」

 話を聞けば聞くほど、三沢氏がすごい人に感じてきた。ふと馬場さんの右腕を見れば、やけどの跡? とも思えるほどの傷がある。まさか、これ…。「そう、昔、(三沢氏の得意技だった)エルボーをやりまくって、こうなったんだョ」。ホンマに好きやったんですねぇ。さすが、捨て身のファイトでファンを魅了したプロレスラーだけある。自らの体をここまで傷つけてまで、マネをする人もいたとは…。

 「って、ウソってバレた? バイク事故だよ」

 昔々、道路でスッテンコロリンとなったらしい。そんなことだろうと思いましたが…。とにかく、そんな鼻息の荒さから三沢さんがすごい人だったことがわかりました。

阿部 祐亮(あべ・ゆうすけ)

阿部祐亮1983年(昭和58年)2月11日、大阪府生まれ。関大卒業後、外資系化学品メーカーを経て06年7月に入社。運動部アマ野球担当。小3から中3まで野球経験はあるが、非力で体質も強いとはいえず年1回は倒れる。苦手な動物はカラスで小2時に追いかけられたことでトラウマに。大阪生まれのくせに、プロ野球はロッテファン。


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