2005.6.21
2005年森田実政治日誌[168]

近畿・大阪を考える
「堺は始末で立つ、大阪はばっとして世を送り、所々の人の風俗をかし」(井原西鶴『日本永代蔵』)
[「始末」は倹約。堺は倹約で立ち、大阪は派手に世を送る。それぞれ土地柄が違うところが面白い]

 最近しばしば大阪へ行く。講演のためである。大阪は講演が多い。大阪人は政治に対する関心が他の地域よりもかなり高いように思う。これが政治テーマの講演が多い理由である。政治への関心は高いが、東京の政治家や官僚を信用しているわけではない。東京のマスコミも信用していない。  今日は少し大阪のことを書いてみたい。


   大マスコミの行き過ぎた大阪市バッシング
 マスコミの大阪市バッシングは行きすぎだと思う。報道はもう少し冷静に、公平に行うべきである。
 最近のマスコミは政治権力と癒着しすぎている。小泉政権と一体化しすぎている。だから、マスコミの大阪市バッシングには何か政治的意図があるのではないかと見られている。
 小泉内閣による郵政民営化は、実現した場合は「日本政治史上最大の愚行の一つ」として後世の歴史に記録されるであろう。小泉首相は、「米国に戦争を仕掛け真珠湾攻撃という20世紀最大の愚行を主導した東条英機」と並ぶ破壊的な首相として歴史に記録されるだろう。郵政民営化は日本の滅亡への第一歩となるだろう。これが私の見方である。
 それなのに、マスコミは小泉首相を支持し応援してきた。そしていまも小泉政権を支持し、郵政民営化を応援している。大マスコミは自ら国民の敵になっている。これほど愚かなことはない。マスコミよ、目を覚ましてくれ! せめて中立公正な態度を保つべきである。
 マスコミは大権力である。全マスコミが一致して行動したら無敵である。この全能の大権力であるオールマスコミ連合が小泉内閣のサーバントとなり、用心棒になってしまっている。これほど罪深いことはない。日本を破滅させるものだ。反省すべきである。
 大阪では、東京中心のマスコミの信用度は低い。東京では関西出身のタレントを重用して関西人のご機嫌をとっているが、あまり効果はない。
 マスコミ批判から書き始めたが、マスコミが合同して大阪市当局バッシングしていることに抗議したいからである。大阪市を目の敵にして大阪市関係者とくに労組関係者だけを悪者扱いするのはやりすぎではないかと思う。市役所職員に「諸々の手当て」ができるのは、それなりの背景と事情がある。給与も国家公務員との比較だけで一面的に論ずるのは公平ではない。それに報道姿勢が冷たすぎる。あまりに極端で冷酷だ。反省してほしい。オールマスコミによる大阪市バッシングは中止してもらいたい。問題があれば司法にゆだねるのがよい。もっと公平に報道すべきである。


   大阪市都鳥区網島町の「太閤園」の庭
 去る6月7日も大阪へ行った。日本生命京橋支社が主催する「企業セミナー」で講演するためだった。それにしても日本生命という会社は立派な会社だと思う。感心する。不況になっても「企業セミナー」をつづけている。見上げたものである。敬意を表する。それに社員のマナーがよい。礼儀正しい。
 都鳥区は大阪市の東北部に位置している。昔は京都と大阪をつなぐ交通の要衝だった。都鳥区の網島町に「太閤園」という由緒ある建造物がある。ここが講演会場だった。
 「太閤園」は婚礼、パーティー、コンベンション用の施設である。講演当日もいくつかの婚礼が行われていた。新館と旧館がある。
 庭を見て驚いた。すごく立派である。すばらしい。太閤園の小笠原さんにお願いして園内を案内してもらった。大正3年に築造された旧藤田男爵邸の「淀川邸」も一見の価値ある建造物である。発展期の明治末期の「時代の勢い」を感じさせる。
 「太閤園」という名は、かつて大野伴睦自民党副総裁、松下幸之助松下電器社長、小川榮一藤田観光社長の3氏が淀川邸で懇談したとき、大野伴睦副総裁の発案で決まった名前だという。太閤園発行のHISYORYの第1章「太閤園の歴史」によると、「関西財界の勇として天下に名を馳せた藤田伝三郎翁(男爵)は、明治末期、淀川に面した網島一帯を埋め立てて淀川公園とし」、「そこに本邸、東邸、西邸の三邸を築造し、網島御殿と呼ばれる」ようになった。昭和20年の戦災によって本邸と西邸は焼失したが、東邸は災厄を免れた。ここが「太閤園」である。
 とにかく庭がすごい。藤田財閥の巨大な財力を感じさせる。鎌倉時代、室町時代の石の仏像、石塔、石灯籠が並んでいる。池の石橋、渡り石が巨大で圧巻。 
あまり目立たないが、大阪には「歴史の力」を感じさせるものが数々ある。力のある大都市であり、大阪を中心とする近畿は関東と並ぶもう一つの日本の拠点である。
 都鳥区には中小企業・零細企業が多い。何人かの中小企業経営者と懇談したが、高度技術を開発して着実に前進している企業家が多かった。中国へ進出している中小企業も少なくない。不況に負けていない。
 統計数字の経済指標だけを見ると、大阪の経済は悪い。しかし、大阪の人々に会うと皆元気である。少しくらいの苦難にはひるまない逞しい精神が息づいている。いまは東京の時代だが、東京一極時代がいつまでもつづくわけではない。近い将来、東京と並ぶ、さらに東京に代わる拠点になる可能性があると思う。むしろ積極的に、もう一つの極として発展してほしいと願う。


   必要な二つの中心――東京と大阪
 関東地方に住んでいる方には不愉快な情報で申し訳ないが、関東大震災級の大地震は近い将来、必ず起こる。これを避けることはできない。
 東京ではそのような大地震に耐えられるよう、国と都が一体になって努力してきている。このことは認めなければならない。たとえば水道。関東大震災級の地震に耐えられるよう設計され、造られている。高層ビルも耐震構造になっている。
 しかし、大地震が起こったとき、耐えられない建造物は少なくない。大都市東京では、一部の崩壊がすぐに全体に影響を及ぼす。大地震が起これば東京は大被害を受け、首都としての機能が一時とはいえ停止するおそれが濃厚である。
 そのとき首都の役割を担うのは、名古屋か大阪のいずれかである。
 名古屋と大阪を比べると、構造的に東京に近いのは大阪のほうである。第一に、東京には羽田と成田の二つの空港がある。名古屋は最近開港した中部国際空港一つだが、大阪には二つある。2006年には神戸空港が開港し三つになる。さらに2007年には関空の滑走路は二本になる。港湾も東京湾(東京港、横浜港)と大阪湾(大阪港、神戸港)は拮抗している。
 背後地も大阪のほうが東京に近い。東京周辺には横浜、川崎、千葉、さいたまなどの大都市がいくつかある。大阪にも京都、神戸、尼崎などの大都市がある。人口も大阪のほうが東京に近い。近畿のほうが関東に近いのである。
 小泉・竹中体制が推進する東京一極集中政策は、社会政策としてはナンセンスである。この政策はもはや限界点に達している。少なくとも日本の中心をもう一つつくる必要がある。それは衆目の一致するところ、大阪・近畿であろう。大阪・近畿繁栄策の検討を直ちに始めるべきである。