不安社会~安心・安全を求めて
過去に例のない事件、動機が理解できない凶悪犯罪が相次ぐ現代は、体感不安が拡大している。安心・安全という言葉が強調され、世の中を覆う不安はどうも尽きない。そんな「不安社会」の実像を見つめ、東北大大学院文学研究科の吉原直樹教授(社会学)の関連する研究成果も織り交ぜながら、人々の営みを豊かにする安心・安全の在りようを考えたい。(「不安社会」取材班)
=水曜日更新=
東北みらいプロジェクト
派遣切りやサービス残業など、職場の違法状態が深刻化している。それにもかかわらず、働く人の多くは自分の置かれた立場になかなか気付かない。そんな事態を打開しようと、若者らに労働法を知ってもらおうという取り組みも始まった。来月、河北新報社で開く雇用問題セミナーを前に、働く者の権利について考える。(生活文化部・矢嶋哲也)
本村博幸さん(33)は1月末の夜、雪の降る仙台の街をあてどなく歩き回った。年末に派遣切りに遭い、仕事と住居を同時に失った。所持金も使い果たし、寒さと空腹で気が遠くなりそうになりながら、必死に夜明けを待っていた。
茨城県ひたちなか市の建築機械製造工場で働いていた本村さんが、契約途中で解雇されたのは昨年12月20日だった。「話が違う」。派遣会社に食い下がり、県内の別の工場を紹介されたが待遇が悪く、勤め始めて3日後に工場を去った。
<自己都合退職に>
このわずか3日間のために、本村さんは「自己都合」の退職とみなされた。企業の都合で解雇されれば、失業保険はすぐに出る。自己都合の場合は3カ月待たなければならない。本村さんは途方に暮れた。
出身地の北海道に戻っても職はないだろうと考え、東京へ。年明けに仙台に着いた時は、所持金もだいぶ心細くなり、数日のうちに寒空の下に出なければならなくなった。
「疲れて足が動かなくなり、止まると意識がなくなる。慌てて足をさすり、歩いて体温を上げた」と本村さんは厳寒の夜を振り返る。携帯サイトで、ホームレス支援をしているNPO法人「ワンファミリー仙台」の活動を知り、たまらず助けを求めた。
事務長の新沼鉄也さん(51)は車でJR仙台駅へ急行した。「目は血走り、不安の塊のような顔をしていた」と本村さんの様子を思い出す。
<強いわだかまり>
本村さんは、ホームレス保護のために用意されたアパートで1カ月過ごした。「何もしなくていい」と言われ、生きるため"だけ"に必死だったそれまでとの落差に驚いた。徐々に頭の中の曇りがなくなった。「ワンファミリー」に誘われ、迷わずそのスタッフとなった。
派遣切りが横行し、離職者が路上に押し出される現状について、新沼さんは「彼らの多くは、職場や生活の場で自分がどんな権利を持っているのかほとんど知らない。一番弱い部分に、社会のゆがみのしわ寄せがきている」と憤る。
セーフティーネットも立場の弱い人間ほど、適用資格が厳格化される傾向がある。弱者救済にはほど遠いと感じている。
本村さん自身は、自己都合退職と判断された結果を「自分の選択だった」と割り切っている。ただ、強いわだかまりも残る。「働くだけ働かされて、不景気になると切り捨てられる。派遣労働者って一体なんだろう」=次回は21日=
写真:ワンファミリー運営のアパート入居者と談笑する本村さん(奥)。日々充実し、明るい表情も戻った