高速道路の料金値下げの恩恵を受けるのに必要なETC車載器が「欲しくても買えない」事態になっている。それでなくても数が少ないメーカーに、生産ラインを増やして増産しようという動きはない。値下げは期間限定の上、近づく総選挙で民主党は高速道路の無料化を掲げており、選挙の結果次第では、車載器は不要になる可能性もあるからだ。
カー用品のオートバックスセブンは、入荷して店頭に並べた店ではすぐに完売。予約を受け付ける店でも、いつ入荷するか確約できない状況が続く。イエローハットも取り付けるまでに1〜2カ月はかかる場合もあるとし、担当者は「売りたくても車載器の確保が難しい」と話す。
自動車販売店でも事態は同じ。東京都内のトヨタ系ディーラーの担当者は「お盆前にまたピークが来るだろうが、全く足りない」と嘆く。
国土交通省によると、ETC搭載車は5月末で2554万台。01年3月の制度開始から8年で、高速道路を利用する自動車の8割は搭載車になった。だが、7880万台の自動車全体での普及率はまだ3割だ。
四輪用の車載器は本体価格が1万〜1万5千円前後。これに取り付け工賃約5千円と、機器接続の手数料約2500円が必要だ。
ここ2年の出荷台数は月平均32万〜35万台で推移。しかし、休日1千円の値下げが始まった今年3月は84万台、4月も63万台に。同省所管の高速道路交流推進財団が3月に始めた四輪車の助成は、1カ月半で早々と上限の115万台に達した。
しかし、この助成が買い控えをもたらし、品薄を招いた一因との見方もある。国交省が近く助成を始めると打ち出したのは1月中旬。この月の出荷台数は33万台まで落ちた。メーカー関係者は「買い控えた人々の購入が3月に一気に集中して在庫が一掃された。前もって計画生産できれば混乱は避けられたが、買い控えで需要が読めなくなった」と話す。
車載器の主なメーカーは国内の5社。日本のETC規格に対応した輸入品はない。「タイの自社工場は24時間フル稼働」(パナソニック)。「生産を倍増させている」(三菱電機)
だが、生産ラインを増やす予定はどの社にもない。「『特需』がいつまで続くか予想できない」(デンソー)。「今の需要が定着するかはっきりしない」(古野電気)。三菱重工業も「お盆以降の需要はわからない」。
政府は高速道路の値下げ期間を今春から「2年」とするが、民主党は次の衆院選の目玉政策の一つに「高速道路の無料化」を掲げる。実現すれば大都市圏以外で、車載器は必要なくなる。あるメーカーの担当者は「今、生産ラインを増やすという設備投資はリスクが高すぎる」と話す。
国交省は4月、高速道路6社に計20万台の追加助成を要請。しかし、実施できたのは中日本高速道路(名古屋)と、西日本高速道路(大阪)だけで、確保数はわずか8千台。残る4社は車載器が確保できず、まだ助成が始められない。(歌野清一郎)
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■高速道路料金値下げ 3月下旬から、東京、大阪近郊など一部を除き、乗用車は休日一律1千円に値下げした。対象はETC搭載車のみ。運送業界向けに平日料金も3月末から終日、3割引きにした。値引き分の穴埋めとして、政府は2年間で計5千億円を投じる予定。千葉県の森田健作知事の要望を受け、東京湾アクアラインの通行料も8月から終日800円に値下げする。政府は一律1千円を8月のお盆の平日にも拡大する方針で、穴埋め費用はさらに膨らむ可能性がある。
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■早大商学学術院・杉山雅洋教授(交通経済学)の話 今回の高速料金値下げには税金が使われており、ETC車載器を入手できるか否かで恩恵に差が出るのはおかしい。衆院選で与野党は、料金の安さを競い合うのではなく、過去の道路建設で抱えた約40兆円の債務をどう返済するのかについて、きちんと有権者に説明していくべきだ。