脂肪ゼロのヨーグルト、麦芽100%のビール……ゼロや100%が“売り物”になっている。
元々、日本人は「混ぜ物」が嫌いで、コーヒー、紅茶と違って日本茶は砂糖やミルクを入れない。「混ぜ物」が嫌いな民族なのかもしれない。
しかし、それほどゼロや100%にこだわる必要があるのか? 米100%の純米酒はうまいけど、醸造アルコール添加の「普通の酒」にも、また違った風味風格がある。完ぺき、潔癖の美意識はどちらかというと単純だ。
100%志向が食卓にとどまっているうちは良いのだが……「不動の価値観」になると面倒である。例えば、新型インフルエンザに対する「完ぺき主義」である。「水際で100%防ぐ!」という意気込みは結構だが、テレビで防護服に身を包んだ“完ぺきな検疫官”が国際便の機内を飛び回る映像が繰り返し流されると「死の感染病」のイメージが広がる。過去の新型インフルエンザは出現して1~2年以内に25~50%、数年以内にはほぼすべての国民が感染して、その後は通常の季節性インフルエンザになる。感染拡大を100%防ぐことは不可能だ。
この無理な「100%主義」のお陰で、観光地は商売あがったり。5~6月の修学旅行シーズンにキャンセルが相次ぎ、京都などの観光地は大きな損害を被った。修学旅行をゼロにしたら、100%生徒は安全……と思うのは幻想である。
昨今、日本人は完ぺき主義に陥っている。食中毒が起こったわけでもないのに「賞味期限が切れているのに販売した!」と世間(=メディア)が糾弾した(結果的にもっと大事なことが隠ぺいされた)ころから、極端な完ぺき主義に突入した。
中央大教授殺人事件。報道を垣間見ると、容疑者の教え子に「ゆがんだ100%主義」を感じてならない。彼は「まぶしい存在」の教授に恋をした。教授が自分を無視するのが許せない。でも、卒論・就職問題で教授が面倒を見てくれた。うれしい。でも、教授は「100%納得できる進路」を示してはくれなかった。なぜだ? なぜ100%納得できる進路を紹介してくれないのだ! 教授なのに許せない……そんなふうに彼は“愛する教授”のストーカーになってしまった?
言うまでもないけれど、100%の学校、100%の病院、100%の人生……なんて、どこを探しても存在しない。(専門編集委員)
毎日新聞 2009年6月16日 東京夕刊
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