記者の目

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記者の目:新型インフル対応の課題=川口裕之(神戸支局)

 国内で初めて新型インフルエンザ感染が確認されてから、1カ月が過ぎた。神戸市と兵庫県は「安心宣言」を出し、街には以前のようなにぎわいが戻った。14年前の阪神大震災で神戸市と兵庫県が学んだのは「備える」ということ。今回の新型インフルエンザ禍では、震災で得た教訓が生かされた面もある。しかし、感染症拡大という新たな危機を克服するためには、教訓をより深く、さらに幅広く生かさなければならない。今回の取材を通して、秋以降に想定される第2波の流行の可能性や、強毒性ウイルスへの「備え」を考えた時、自治体間での情報共有のあり方に多くの課題があると痛感した。

 5月16日に最初の感染者が確認された直後から、発熱外来は感染を心配する親子らであふれ返った。発熱相談センターの電話は鳴りっぱなし。発熱外来に駆け込む人も急増し、混乱の中でパンク状態になる。1日当たりの相談件数はあっという間に3600件を記録した。3日後の19日、神戸市は独自の判断で、国の方針に先んじて一般医療機関でも感染の疑いがある患者の受け入れを決めざるをえなかった。

 学校の休校措置でも独自判断で先手を打った。高校生の感染が濃厚になった16日未明の会議は、既に拡大阻止がテーマだった。「渡航歴がないのは想定外。一刻の猶予も許されない」「拡大の恐れがあり、待ったなし」。生徒が通う学区の全公立校75校の1週間休校を即座に決断した。

 神戸市が国の方針にとらわれず、臨機応変に対応したことは、震災の経験が実を結んだと思う。「現場は刻々と変化する。その場の判断で変化に対応しなければ、手遅れになる」。ある神戸市幹部はこう指摘した。瞬時の判断が求められた今回の状況は、震災と重なる部分が少なくない。

 一般医療機関が速やかに患者を受け入れられたのは、神戸市医師会が昨年11月から神戸市と協議を重ね、新型インフルエンザに「備え」ていたからだ。医師会の川島龍一会長は「震災の被災地の医師会として、常に危機管理を意識している」と言い切る。兵庫県では、縦割り組織の中で情報過疎が起きないように、危機管理部門が感染症対策部門と机を並べて情報共有を図った。

 一方で、問題点も浮かび上がってきた。神戸市は、一般医療機関でも患者を受け入れることについて、兵庫県に事前の相談や協議をしていない。今回は弱毒性だったからこそ、神戸市が単独で判断できた。もし強毒性であれば、患者の診察や受け入れなどで兵庫県との協議は不可欠だ。

 また兵庫県は、神戸市など県内の一部の自治体の患者の情報を把握できず、少なからず混乱している。5月9日に成田空港の機内検疫で大阪府の高校生らの感染が確認された際、同じ航空機に搭乗していたとして厚労省から県に伝えられた県内の乗客の情報に、神戸市の乗客の情報が含まれていなかった。県は慌てて、神戸市のほか西宮市などの保健所設置市に確認する羽目に陥った。神戸市の高校生の初感染が濃厚になった際も直前まで県に連絡はなく、テレビ報道でしか情報を得られなかった。一報を聞いた県の担当部署は、急きょ職員を市に派遣して情報収集に当たらせた。

 混乱の原因は感染症予防法にある。神戸市のような保健所設置市と都道府県は同等の権限を持つため、保健所設置市は厚労省と直接やりとりし、都道府県はかやの外になる場合があるからだ。幸い今回は、市民レベルで実害はなかったようだ。しかし、現状のままでは、正確な情報が速やかに提供されないのではという不安は否めない。

 感染者の移動ルートや濃厚接触者の把握には自治体を超えた対応が必要になる。感染症対策には広域自治体である都道府県の役割が極めて重要だ。自然災害を想定した災害対策基本法では、都道府県知事に市町村の対策を調整する権限が与えられている。拡大阻止という危機管理の観点から見れば、感染症予防法にも知事の調整権限を盛り込むことが必要ではないだろうか。

 兵庫県と大阪府は5月29日、新型インフルエンザへの対応を経験した立場から、政府与党に要望書を提出した。その中で「都道府県、保健所設置市が一体的に対応できる危機管理システムの構築」を求めた。裏を返せば「今回は一体的な対応が十分にできなかった」と認めたことになる。

 震災から学んだ「備える」。来年、阪神大震災から15年を迎える神戸市と兵庫県は、その経験を危機管理のさまざまな施策に生かしつつある。今回の新型インフルエンザの経験を全国の自治体が生かすことができるかは、これからの「備え」にかかっている。

毎日新聞 2009年6月18日 0時28分(最終更新 6月18日 0時39分)

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