立春の今月4日、宮崎市内のシニア向けマンションで、一人の女性が眠るように息を引き取った。川上敏子さん、享年94。日本にセントポーリアを広めた第一人者だった。
敏子さんは50年前に外交官の夫と住んだカナダでこの花と出合った。そして肥料や薬剤の効果的な使用法などを研究。日本の気候に適した「川上式」と呼ばれる栽培方法を確立し、根腐れを起こしやすく弱いと言われていたこの花の生育を飛躍的に向上させた。
そして帰国した1974年以降、教室や著書の刊行を通してブームを巻き起こす。日本国際セントポーリア協会の会長などを務め米国や韓国、ニュージーランドなどのセントポーリア協会とも交流。「植物を通じた外交官」と言われた。
敏子さんが宮崎市に移り住んだのは7年前。20年前にホンダの宮崎営業所長を務めた次男の昌明さんの勧めだった。昌明さんはこのときすでに県外に住んでいたが「県民の人柄のよさを十分知っていたのでここなら万一のときも大丈夫だろうと思った」という。
その期待通り昌明さんの古い知人など多くの人々の厚意に囲まれ、敏子さんは縁もゆかりもないこの地で最後まで孤独とは無縁だった。葬儀でも葬儀社が故人のために1日がかりでセントポーリア80鉢を調達し昌明さんを感激させた。
「母をここに来させて正解だった。これほどの思いやりは、ほかでは経験できない」と昌明さん。セントポーリアの花言葉は「小さな愛」。晩年の敏子さんを見守ったのは、これら「小さな愛」と善意を惜しまなかった県民の「大きな愛」だった。
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