[掲載]2008年6月8日
■世界に広がる「江戸前」を徹底取材
米国ですしがブレークしたのは、あのカリフォルニア巻きからだという。
60年代後半、カリフォルニアの日本食レストラン「東京会館」で、オーナーの小高大吉郎は、白人受けするすしができないかと考える。板長の真下一郎が職人と頭をひねり、タラバガニの脚とアボカドをマヨネーズであえた巻きずしを考案した。これが当たった。 のりを内側に巻く「裏巻き」は、米国人がのりを気味悪がり、はがしているのを見た職人が思いついた。
19世紀、江戸の町でファストフードとして登場した「江戸前にぎり」は20世紀末、こうして世界に広がった。米国だけでも1万店という。
すしファンの米人ジャーナリストである著者は、日米を往復しながら当事者一人ひとりを探し出し、その歴史を実証していく。なにせ、関係者のほとんどが実名で登場してくるのだからすごい。
一方、すしネタとして最高人気のマグロ。すしのグローバル化につれて高騰していくが、その生産と流通にも焦点をあてる。
リビアは領海から外国船を締め出し、地中海マグロの乱獲を続ける。オーストラリアでは投機目的の養殖が盛んだ。すべてはすしのため、である。インターネットと飛行機の発達で、ついにマグロは空を飛びはじめる。
さらに著者は築地市場を訪れ、セリ人、仲買人、すし店経営者たちに会っていく。
05年12月29日の築地。著者の目の前で、壱岐のクロマグロが1本1120万円で競り落とされる。しかし仲買人は、それを7割引きで得意先の料理店に売ってしまった。
一回ごとの商売では損をしても、いつも最高のマグロを届けるという信用を得ることの方が、仲買人にとっては長期的な利益につながる。一見非合理な「日本方式」の裏にあるリスク分散の構造を、著者は現場で見抜くのである。
すしとマグロという二つの標的を追っているためやや拡散した印象はあるが、徹底した取材は圧倒的で、迫力がある。「ジャーナリズムの手法」の勝利だろう。
◇
小川敏子訳/Sasha Issenberg 米ジャーナリスト。
著者:サーシャ・アイゼンバーグ
出版社:日本経済新聞出版社 価格:¥ 1,995