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政府が10日、2020年までの日本の温室効果ガス削減目標(中期目標)を「05年比15%減」と決めたことで、製造過程での二酸化炭素(CO2)などの排出量の10%以上の削減(05年比)が迫られる産業界は一様に「大変に厳しい水準」(電気事業連合会)と受け止めている。ただ、低炭素社会実現が世界的潮流となる中「環境に不熱心と見られれば、顧客離れを招き、生き残っていけない」(大手電機)のも事実。企業の中には独自の長期目標を設定し、一段の削減を目指す動きも出始めた。一方、メーカーの環境対応を商機と見る大手商社は排出権取引事業を拡大する構えだ。
「大変厳しい目標」。日本自動車工業会の青木哲会長(ホンダ会長)は、家計も含めて05年比15%減とする中期目標にこうコメントした。自動車業界は従来、京都議定書の削減目標に合わせ「国内の製造過程で排出するCO2排出量を10年度までに90年度比22%減」を公約し、目標を08年度時点で前倒しで達成する見込みだ。ただ「さらに10%以上削減しようとすれば、工場の海外移転を進める必要が出てくる可能性もあり、空洞化に拍車がかかって雇用に影響を与えかねない」との懸念も出ている。
電機業界も危機感は強い。製造過程でのCO2排出量の大幅削減には工場設備の刷新が必要だが、世界不況で業績不振の中、多額の環境対応投資は経営の重荷となりかねない。このため「省エネ製品の普及による削減効果と、製造過程での排出を相殺するトータルな評価をしてほしい」(日本電機工業会)というのが本音だ。
製造過程での排出量が多い鉄鋼業界は、「すでに世界最高のエネルギー効率に達している」と強調。「米欧や中国などと平等な競争条件を確保してほしい」と指摘し、日本だけが環境対応で過度に負担を強いられる事態を懸念している。
一方で、この機に環境先進企業のブランドを確立しようと、独自の長期目標を立て、取り組みを進める企業もある。三菱電機は創立100周年の21年までに、グループ全体で90~05年度比でCO2排出量を3割削減することを宣言。各工場に太陽光発電を導入する。
富士ゼロックスも20年度までに05年度比で30%削減する目標を設定。コピー機やファクスなど製品1台当たりの消費電力を80%低減する一方、再生可能エネルギー導入などで製造工程での温室効果ガス排出量も75%削減する計画を推進している。【大場伸也、大久保渉、和田憲二】
政府が温室効果ガス排出削減の中期目標を策定したことを受けて、大手商社などは、途上国などで実施する温室効果ガス削減事業と引き換えに「排出権」を確保し、国内企業などに販売する排出権ビジネスに、より本格的に取り組む見通しだ。
商社などが進める排出権ビジネスは、12年に期限を迎える京都議定書での削減目標達成をにらんだ内容だ。日本は温室効果ガスの排出量を90年比で6%削減する義務を負っているが、国内努力だけでの達成は困難で、このうち5・4%分は海外から購入する排出権や植林による加算分を充当するというのが政府の目算だからだ。
各社がこれまでに国連に申請して取得が認証された排出権は、三菱商事が29件(5月13日現在)、丸紅が20件(10日現在)、住友商事が10件(同)など。いずれも中国などの新興国でCO2削減事業を実施した。ただ、昨年秋以降の世界的な景気低迷で、多額の追加投資が必要な途上国での対象事業の勢いが鈍り、各社のビジネスに停滞感が強まっている側面もある。企業の生産活動が大幅に低下したことでCO2排出量も減り、企業の排出権購入ニーズが減少していることや、国連の認証基準が厳格になっている事情もある。
ただ国内企業には、現状よりさらに大幅な排出ガス削減を実現するのは困難との声が強く、政府の中期目標の達成には、京都議定書の時以上に「排出権」購入のニーズが強まる可能性が高い。大手商社各社は「『ポスト京都』の枠組みがある程度見えた段階で動ける備えは必要」(丸紅)などと、排出権ビジネスの拡大に取り組む姿勢だ。【秋本裕子】
中期目標決定を受け、財界のトップからは、今後国際交渉に臨む麻生太郎首相への注文が相次いだ。日本経団連の御手洗冨士夫会長は国際交渉について「主要排出国が意味ある形で参加するとともに、公平な国際競争条件が確保されるよう断固とした姿勢で臨んでほしい」と注文した。日本商工会議所の岡村正会頭も「主要排出国が参加し、国際的公平性が担保されることが必須条件」と求めた。
一方、今回の中期目標に近い案を支持した経済同友会の桜井正光代表幹事は「責任ある中期目標で敬意を表したい」と高く評価した。【三沢耕平】
毎日新聞 2009年6月11日 東京朝刊