2009年6月14日14時20分
手のひらの上で豆腐を切る安武はなちゃんと見守る父信吾さん=福岡市、溝脇正撮影
安武千恵さん
小さな手のひらで豆腐が揺れる。柄がピンクの包丁を、そっと下ろした。
小学1年生の安武はなちゃん(6)は福岡市のマンション12階の台所で、みそ汁をつくっている。踏み台の上から父信吾さん(45)に聞いた。「なべに入れていいと?」。1年4カ月前の5歳の誕生日に始めた朝の日課だ。
母千恵さんから教わった。「みそをこした後のかすも入れてね」「野菜は根も食べると体が強くなるよ」。食材を丸ごと使う技も母譲りだ。
母は08年7月11日、33歳で生涯を終えた。その78日前、幼い一人娘への文章をブログにつづった。
〈心の準備はしている。ムスメには、できることは何でも自分でさせようと思っています。一人でも強くたくましく生きていけるように。〉
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千恵さんは福岡教育大大学院で声楽を学んでいた。コンサートの後援を頼みに訪ねた西日本新聞の支局で、記者の信吾さんと出会った。千恵さん23歳、信吾さん34歳だった。
北九州市で小学校の教員をしていた25歳の夏、乳がんで左乳房を切除した。抗がん剤の副作用で抜けた髪が伸びた翌01年夏、信吾さんと結ばれた。
03年2月、女の子を授かった。誰からも愛されてほしくて、「はな」と名づけた。
なぜか右のおっぱいを娘が吸わなくなり、病院に行った。肺に2センチ弱のがんが見つかった。一度は消えたが、骨と肝臓にも転移していた。
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信吾さんにパソコンを買ってもらった。06年冬、ブログ「早寝早起き玄米生活」を始めた。治療しながら食事や生活に気を使う日々をつづった。
〈ムスメは、お風呂で私の傷口をさわりながら言った。「ママ〜、おっぱい、ちょきんって切られたの? おっぱい、買ってあげるね」〉
迷ったけれど産んでよかったと思った。