2月のある日の物語 Finale 書いた人:ZH
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※:一部のキャラに強い思い入れがある人には、ちょっと痛いかも知れません。 ここは、壱中からそう遠くない甘処屋。 学校帰りのヒカリが、なぜかジャージのトウジと一緒にお汁粉を食べていた。内容は栗と、炭火で焼いた餅が入った栗ぜんざい。食欲をそそる甘い香りが漂う。2人っきりでイヤ〜ンな感じ! これでつきあってることを認めないってんだから良い度胸だ。 しかし、その何とも言えないほんわかした空気の中にあって、ヒカリは深刻な顔をして対面に座るトウジの話を聞いていた。 「鈴原…その話本当なの?」 「ああ、間違いないで。ケンスケが話しとったわ。他にも30人くらいの人間が聞いとったそうや」 2人の会話の内容は、昼間のシンジの告白についてだった。 あのシンジが…。 正直ヒカリは驚いていた。目立つことを嫌い、積極的という言葉から最もかけ離れた人物が…。その彼が衆人環視の中、図書室どころかとなりの部屋にまで聞こえるくらいの大声でマユミに告白したとは。ヒカリでなくとも混乱することだろう。 「そう…」 「イインチョの考えてることはわかる。せやけどやめとけ」 「…私別に」 「惣流に話そう思ってたんやろ?」 「…うん」 うなずくヒカリに、やっぱりなと肩をすくめながらも、トウジは目だけで彼女のしようと考えていたことを制する。 「それはあかんわ。それにもう…惣流も知っとるやろ」 「そうよね…。そう言えば、鈴原は知ってたの?碇君の好きな人が山岸さんだって事…」 「まあな。夏休みに6人で(シンジ、トウジ、ケンスケ、渚、ムサシにケイタ)集まってキャンプしたとき、話してくれたんや。あいつ真っ赤な顔してな」 「そうなんだ」 「ほんま見物やったで。 …しかし、これからどうなるんやろ?渚もシンジの気持ち知っとるくせに」 トウジが誰に言うでもなくつぶやいたが、答えるものは居なかった。 ヒカリとトウジが仲良く、深刻な話をしているころ、週番だったマユミは溜息をつきながら帰り支度をしていた。 溜息の原因はシンジの告白。 シンジのことを考えると、また同時に溜息が出てくる。 「私…どうすれば…」 突然の告白。しかも多くの人間にそれを目撃されてしまった。 彼女の心は嵐の海のように乱れていた。 (明日からきっとみんなの注目を集めてしまう。渚さんだけじゃなくて碇君のファンも私をいじめるわ。 今度は惣流さんも綾波さんもきっと助けてくれない。それどころか一緒になっていじめるかもしれない。 イヤ、そんなのイヤ。でも…。 うれしい。碇君が、私のことを) 彼女は元々はシンジのことは好きでもなんでもなかった。そう彼女は思っていた。 ただ、いつも騒々しくて綺麗な女の子と一緒にいる、優柔不断な男の子程度にしか思っていなかった。いつも女の子と一緒にいる不潔な人。 優柔不断で、背が低くて運動も体操も苦手な平凡な人。 時々図書館で見かける人。 彼女の認識はその程度の物だった。はずだった。 それがいつの間にか変化していた。 真剣な顔でチェロの練習をする彼を見たとき、何気ない彼の優しさを見たとき、いじめられそうになったのを庇ってもらったとき、そして何より、彼の笑顔を見たとき。 シンジのことを考えるだけで顔が赤くなり、全身が熱くなるのを感じる。 きっかけはあの時の正面衝突だったが、遅かれ早かれ、彼女はシンジのことを好きなのだと理解していただろう。 実際はそのもっと前から彼女のシンジへの感情は好奇心から恋へと変わっていたのだから。 その一方で彼女はカヲルのことも考えていた。 嫌いなわけではない、いやはっきり自分に好意を向けてくれるのだから…自分もまた嫌いなわけではなかった。 ただ、それが恋愛感情なのか、憧れなのかわかってはいなかったが。 「はあっ…」 また溜息が出る。最近、溜息が多いな。そう思いながら彼女が校門を出たとき、1人の少年が話しかけてきた。 「やあ、山岸さん。待っていたよ」 「渚さん…」 カヲルだった。相変わらず、笑顔を浮かべていたがその目は笑っていなかった。文字通り血の色の瞳でマユミをねめつけている。 「ちょっと良いかな?」 「えっ…」 「すぐ済むよ。ここでは人に聞かれかねないから、テニスコート裏にでも行こう」 それだけ言うと、カヲルは後ろも見ないで歩き始めた。その態度と言葉の端々から感じる雰囲気に不気味な物を感じながらも、マユミは素直に後を付いていった。興味があったのだ。彼もシンジの告白を知っているはずだ。それに対してどういうリアクションをするのか。 そして2人は、誰にも会うことなくテニスコート裏に移動した。その時彼女は不審に思うべきであった。いかに部活がない日だとはいえ、誰とも会わなかったことを。しかし、カヲルと一緒にいると言うことでぼんやりしている彼女は気が付かなかった。 これから自分におこることも気づかず、少し上気した顔でマユミが口を開いた。 「あの、なんですか?いつかの返事ですか?それだったら、明日します…」 「せっかちだね、君は。それももちろんあるけど…。まあいい、単刀直入に言うよ。 君はシンジ君のことをどう思っているんだい?」 言葉と共にカヲルの目がすっと細くなり、鋼鉄の鋭さを持った。 マユミの体が弾かれたように震え、知らず知らずの内に足が一歩後ろに下がる。その肉食獣のような目に、マユミは喩えようのない身の危険を感じた。いくらまだ明るいとはいえ、人気のない場所にカヲルと2人っきりで居ると言うことに、今更ながら恐怖を感じ始めていた。 彼女の頭にカヲルの良からぬ噂が蘇る。 カヲルの不純異性関係、同性関係、表沙汰になっていない暴力事件、怪しいヒゲのやくざとの交際。 どれもこれもあくまで噂であって、彼女が真偽を確かめたわけではないが、今のカヲルを見ているとその全てが確かな物に思われた。知らず知らずの内に体をかばうように抱きしめ、距離を取り出す。 「どうなんだい?」 「わ、わたし…」 言いよどむマユミにカヲルが近づいた。ハッとした顔でマユミは距離を開けようとするが、背後をブロック塀に阻まれる。動くことができなくなった彼女に、カヲルはどんどん近づいた。そして恐怖で硬直する彼女の片手を掴むと、前髪が触れあうくらいにまで顔を近づける。その顔からは笑いが消えていた。 「じゃあ、参考までに言わせて貰うよ。君とシンジ君は合わない。 シンジ君にはかまわない方が良い」 「どうして、そんなことを…痛い!放して下さい」 マユミの抗議の声にムッとしたのか、カヲルの腕の力が強くなる。 「失礼な言い方をすれば君は今いじめられているね。ほっといたら、それはエスカレートするだろう。 でもそうはならなかった。アスカ君がお節介を焼いたのもあるけど、僕がそんなことをさせなかったからだよ。どういうことかわかるかい?」 「………」 「僕には君を守る力がある。でもシンジ君にはない。そういうことさ。 彼とつきあうのなら僕は君を守ることはしないよ。そして君はまたいじめられる。僕たちの年頃の人間は、勘違いした大人の所為で限度という物を知らないからね。きっとひどいことになると思うよ。そして、今度は僕は勿論アスカ君達も助けてくれないよ」 「だから、渚さんとつき合えと言うんですか?」 震え、脅えながらも…はじめて見せる彼女のはっきりとした怒りに、カヲルは僅かに怯んだ。だが、怯みつつも肯定の頷きを返す。 「そうだよ」 その決めつけるような物言いと態度に、今度こそ完全にマユミは怒りに震えた。もう怯えはなかった。それよりも激しい、自分と…彼が親友と呼んではばからないシンジに対する裏切りに怒りが彼女の中を満たしていた。 「それじゃあ、脅しじゃないですか!ひどい、そんな人だったなんて! シンジ君のことも、裏切ってたのね!」 「なんとでも言いなよ。…さ、どうするんだい? いじめられながらシンジ君とつきあうのか。それとも、僕のガールフレンドの1人になるのか。 そうか、どっちも選ばないという選択肢もあるね。その時は僕の持てる力を全て使って君を追いつめるとしよう」 そこまで言って、カヲルの顔にようやく笑みが戻った。多くの女子生徒を魅了した微笑み。しかし今のマユミにはその笑顔もいやらしい不潔な物としかうつらなかった。 (こんな人に一時でも惹かれていたなんて。私、馬鹿だ…) 黙り込むマユミに満足そうに笑うと、カヲルは唇を近づけた。 その距離がゼロになろうとした瞬間、 「いやああ!」 マユミは渾身の力を振り絞ってカヲルを突き飛ばした。油断していたカヲルははねとばされ、しりもちをつく。ほんの少しだけ、カヲルは呆然としていたが、すぐににこりと笑い立ち上がった。 「…そうか。君はシンジ君を選ぶんだね。この僕じゃなくてシンジ君を」 「来ないで下さい…」 「僕は屈辱は忘れないタチなんだよ。覚悟してもらおうか」 「いや、来ないで…」 カヲルの手が震えるマユミの肩にかかった。そのまま逃げられないようにしっかりと壁に押さえ込み、震えて目をきつく閉じるマユミを強引に振り向かせた。 「助けを呼んでも、誰もいやしないよ」 「いやあああ!シンジ君、助けて!」 次の日。 町中に甘ったるいチョコレートの匂いと恋人達の雰囲気が漂う日。まあ、もてない男のひがみが漂う日でもあるが。 とにかく、2月の14日は愛し合う男女がお互いの愛を再確認する日。 そんな世間一般の流れに逆行するかのように、洞木邸のリビングでは赤みがかった金髪が美しい1人の少女、惣流アスカラングレーと、お下げ髪の控えめな感じの女の子、洞木ヒカリが2人だけで話をしていた。 怒ったような顔をして、どこからか持ち出したビールをがぶ飲みするアスカに、ヒカリがおずおずと話しかける。 「ねえアスカ、良いの?」 「しつこいわね!もう良いのよ!」 「アスカがそう言うんなら私も何も言わないけど…」 「フンだ。あんな軟弱で取り柄のない奴、のしを付けてくれてやるわよ!」 そこまで言って、彼女はビール瓶を壁に投げつけた。その音にビクッとしながらもヒカリは辛抱強くアスカに話しかける。彼女のこわばった心を解きほぐすように。 「アスカ…」 「あんな、あんな、ヒックヒック…シンジぃ。いやだよぉ。あいつが、あいつが、ずっと一緒だったのに、これからもずっと一緒だと思ったのに…」 遂にこらえきれなくなったのか、顔をくしゃくしゃにして彼女は泣き始めた。それでも上を向いて涙を見せないようにしようとするが、後から後からあふれ出す涙は滝になって彼女の顔から転がり落ちる。 「アスカ、泣いても良いのよ。泣きたいときは泣いても誰も文句を言わないわよ。 女の子だモン、泣いたって良いのよ。泣いたって…」 「ううっ、シンジの馬鹿…ずっと一緒にいるって、約束したのに、幼稚園の時だけど約束したのに…」 第三新東京市中央公園の展望台の上で、一組の男女が話をしていた。銀色の髪と深紅の瞳を持った美少年と、水色の髪と紅い目を持つ美少女の2人が。2人はそこから遠く離れたところで、おたおたしながらチョコレートを渡す黒髪の少女と、それを彼女以上におたおたしながら受け取る少年を見ていた。しばらくするとぎこちなく2人は手を握りあい、連れだって公園から、彼らの視界から外に出ていった。 それを見送った後、銀髪の少年がゆっくりと少女に向かって向き直る。なぜかその頬は腫れあがっており、思いっきり何かに殴られたことを示していた。 痛むのか顔を少ししかめながらカヲルが、レイにたずねた。 「これで…良いのかい?」 「いい。だってそれが碇君の望むことだもの」 「だが、君は彼のことが好きだったんだろう?それをあっさり忘れられるのかい?」 「優しいのね、カヲルって。お芝居とはいえあんな事までやらせた私のこと心配するんだから。ホント、救いのないお人好し」 「質問に答えてないよ。本当に良いのかい?」 「アスカに取られるよりは良いわ」 「レイ…」 「嘘。 本当は今すぐあそこまで走っていって碇君に告白して、あの女から奪い取ってやりたい…。 でもそんな事しても碇君に嫌われるだけ。だからしない。 …つらい。こんなつらいんなら、恋なんかするじゃなかった」 そこまで言うとレイは声にならないうめきをあげ始めた。顔を下に向け、横に立つカヲルに決して顔を見られないように。レイを寂しそうに、悲しそうに見ながらカヲルは素っ気なく肩を抱いた。 「本当はシンジくん用なんだけど、今は僕の胸を貸してやるよ。泣きたかったらいくらでも泣いていい」 「カヲル…ごめん。 碇君…。やだ、いっちゃやだ…」 (いつからだろう、彼女にこんな気持ちを抱くようになったのは。 僕ではダメなのかな? シンジ君、今は本当に君のことが愛しく…憎いよ。彼女の心を完全に奪い去っておきながら、彼女を選ばなかった君が…。 それともこれは戯れを起こした僕と彼女に対する天罰なのかい?) 空を見上げながらカヲルは複雑な目をしていた。 「碇君…」 「なに?」 「渚さんのこと許してやって下さい」 「わかってる…。君にひどい事したのは許せないけど、それはいつまでたっても行動しない僕を焚き付けてのことだからね。本当に悪いのは僕だって分かってるんだ。 だから、今は無理かも知れないけど、いつかは…」 そう、シンジの言葉が示すとおり、カヲルの告白はシンジを焚き付けるためのものだった。そうでもしないと彼は行動しないと思った、カヲルなりの友情だったのだ。結果話が大きくなりすぎて、カヲルの方が困ってしまった。考え無しとも言う。 そうこうするうちにシンジの告白が起こり、思い詰めた顔をしたレイがカヲルにお芝居をしろと言ったのだった。 そして後は想像通り、レイに呼び出されてコート裏に来ていたシンジがカヲルを殴り飛ばし、マユミを助けたのだった。 「…あの、碇君」 「何、山岸さん?」 「本当に良いんですか?私なんかで…。私より惣流さんや綾波さんの方が綺麗だし、明るいし、ステキな人ですよ…」 2人は寄り添うように歩いていた。もちろんお互いにドキドキしていたが、今では胸の鼓動が心地よい物に変わっていた。 「僕は明るいとか、綺麗だとか、そんなことで人を好きになるワケじゃないよ」 「じゃあ、何で私のことを好きになったんですか?」 「山岸さんこそ、どうして僕を好きになったの?」 「私は…」 シンジの質問に考えあぐねて言葉が出てこなくなる。それは当然のことだろう。面白がるように顔を見るシンジに、再びマユミは顔が赤くなるのを感じた。 「人が人を好きになるのなんて、理由なんか無いんだよ。強いて言えば、山岸さんだから、僕は好きになったんだ。 いつも真面目に仕事をする山岸さん、本を読む山岸さん、捨て猫を拾って助けてあげる山岸さん。いつの間にか山岸さんのことしか考えられなくなっていた」 「そんな、恥ずかしい…」 「山岸さんは知らなかったかも知れないけど、僕は毎日図書室に通っていたんだ。山岸さんと同じ本を読んだり、隣の席に座ったり、わざと音を立てて注目を集めたりした」 「碇君そんな事までしてたんですか?あはは。なんだか意外です」 「そうかな?」 「そうです」 「そうかな?」 「そうです」 そして若い2人の恋人達は、手を取り合って走り始めた。 とりあえず2人の物語はここで終わる。 まだまだ色々あるかも知れないが、それは今ここで語ることではないから。 「シンジ、私は諦めないわよ!」 「やっぱり、諦めるなんて私じゃないって感じだよね〜」 「転校してきたばっかりだけど、 えへへ、わたくし、霧島マナは碇君の為に朝6時に起きて、この制服を着てきました。 どう、似合うかしら?」
かなり前途に不安のある2人であるが唐突にここで終わり!
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