2月のある日の物語 2nd Impression 書いた人:ZH
|
|
廊下で出会い頭の衝突という、漫画みたいなファーストコンタクトの翌日。 「はあっ…」 漫画みたいな出会いをしたその少女、山岸マユミはやたら憂鬱そうに溜息をつきながら教室に入った。 扉が開く音に教室にいた複数の生徒達が視線を向けるが、その正体を確認すると再び元の会話に戻っていった。さながら空気でも見てるような…つまりは見えていないということだが…そんな態度で。 誰も彼女におはようの挨拶もせず、彼女もそれを当たり前のこととして、同じく挨拶をしなかった。無言で自分の席まで歩く彼女を、やはり誰も見ようとはしない。 普段はなんて事はないけど…今日は少しだけ胸が痛かった。 内気で、人とつきあうことを極端に避けている彼女には、友達という存在は居ない。少なくとも会うたびに何ごとか会話する相手はいなかった。一日に、仕事絡みのことで数回口をかわせば、それだけでたくさん話した一日と日記に書く…。 だからといって苛められているわけではない。そうなりそうになった事はかつてあったのだが、その時はクラスメイトの似非関西人と、彼の女友達であり、非公然な(つもり)恋人の活躍によって事なきを得た。 その時、彼女がほんのわずかな勇気を出して、礼を言っておけばあるいは彼女にも友達ができたかもしれない。 だが、彼女にはできなかった。たった一言「ありがとう」と言えなかった。 それは彼女の心に魚の小骨のように刺さり、彼女を更に暗く落ち込ませる原因でもあった。 (あの時…たった一言。そうすれば、鈴原君の友達だから、あんな形じゃなくてもっと自然に知り合いになれたかもしれないのに…) そう落ち込みながらも、彼女は自分の席に着くと、いきなり鞄から読みかけの本を取りだした。朝のホームルームが始まるまでの短い時間、一時とはいえ本の世界にひたるために。こう言うところに問題があると自分でも自覚していたが、今更それを改める勇気がなかった。彼女は変化を望む一方で、変わることを恐れていたからだ。 知らず知らずの内に昨日の出来事を思い返す。 戸惑ったシンジの顔が胸に浮かぶ。 そして、知り合いだったらもっと色々話せたかなと考える。 あんな出来事だったが、異性と話すことなど年に数回もない彼女にとってはアレもある意味良い思い出なのだった。 「はあっ…」 そして本日2度目の深い溜息。 「どうしたんだい?そんな深刻な溜息は、君みたいな美少女には似合わないよ」 「えっ?」 思ってもいなかったことに、彼女は文字通り体をビクンと震わせた。誰かが自分に…声を掛けてくるなんて思っても見なかった。突然のことに驚きながらも、慌てて彼女は振り返った。 銀色の髪と、白磁のような肌、そして深紅の瞳の持ち主がそこにいた。 クラスメートでなくとも、恐らく彼女が知っていたはずの少年が。 そう、彼こそは壱中1男子ナンバーワンの美形にして、マユミのクラスメイト、渚カヲルである。 怪しい言動と、某男子生徒に対するひっじょーにクソ怪しいアプローチにより、危険人物としてもトップ3(一位は右手が友達な某軍事眼鏡オタク)ではあるが、その神秘的な容貌と世の女性達を魅了するアルカイックスマイルにより、上は奥様、下は幼稚園児まで多数の女性に慕われている。なんとファンクラブが壱中だけで三つもあったりする。 実はマユミも周りがキャーキャーと黄色い声を上げて騒いでるのに感化され、ラブレターを書こうかと思ったこともあったが、その人気の高さと自分への劣等感からそれはしなかった。 ともあれ、彼女にとってはまさに雲の上の存在が声をかけてきた。そのことに、彼女の心はざわめいた。 「渚さん…」 呆然とつぶやく声が知らず知らずの内に震える。 「渚さん…か。まあ、いいよ。どうしたんだい?」 「いえ、別になんでもないです…」 「なんでもないと口では言ってるけど、顔はそうは言ってないよ」 ぐっと顔を近づけて囁くカヲルの言葉に、心を見透かされたような気がして顔が紅潮していく。それでなくともカヲルと話しているということで、教室中から注目を集めている。人の視線を恐れるとまでは行かなくても、あまり心地よく思わない彼女はもじもじしながら、神経質に周囲を盗み見るように見回し、恥ずかしさと恐れに改めて顔を紅くした。 カヲルはマユミの変化を相変わらず笑みを浮かべたまま見つめていたが、ふと時計を見た後、小さいが、教室中によく通る声で話しかけた。 「他人と交わるのが怖いのかい? 水晶のように純粋だね、君の心は。好意に値するよ」 「な、渚さん?」 意味不明な言葉を聞かされてパニックに陥るマユミ。そんな彼女の反応に実に気をよくしながら、カヲルはだめ押しの一言を付け加えた。 「ふふっ、わからないかい?好きってことさ」 「ええええぇっ、そんな、困ります!」 一瞬の静寂───、 カヲルとマユミという、とても珍しい組み合わせに注目していた女子生徒達が、カヲルの言葉の意味を理解するのにおよそ3秒、マユミの叫び声の意味を理解するのに5秒かかった。 そしてきっかり8秒後。 ええええぇぇぇっ〜〜〜〜!? 『そんなぁ!カヲル君いったいどうしてぇ!?』 『何であんな目立たない子を!?』 『碇君と耽美な世界を築いていたんじゃないの!?』 『碇君とだったら諦めもついたのに!!』 『あんなさえないのが良いの!?』 教室中に女子生徒達の悲鳴と遠慮のない怒声、そしてカヲルに対する質問の声が台風のように響きわたった。 「ちょっと、みんな!静かにして!他のクラスに迷惑よ!!」 2−A名物、妄想委員長ヒカリンの叱咤の声も効果無し。 刺すような視線を集め、すっかり恐縮するマユミに、カヲルが周囲の騒ぎが聞こえていないかの様に優しく話しかける。 「困る?どうしてだい?僕の見たところ君には特定の彼氏が居るわけでもないんだろ?」 「そうですけど、でも…」 本来ならシンジとカヲルは比べることも失礼なくらいに違っていた。運動神経、成績、家柄、顔。更にシンジには守護天使のように張り付く女性が2人もいる。正直、誰かがその隙間に入る余地があるとは…とても思えない。カヲルの申し出を断る理由は彼女にはないはずだ。 しかし、その時彼女の心に浮かんだのは、周囲のやっかみや、カヲルが自分の彼氏になったときの想像ではなく、昨日の出来事だった。 眼鏡を手渡してくれたシンジ。 ちょっと照れたような顔をしているシンジ。 「また明日」と言って別れたシンジの背中…。 (渚さんが…私を?渚さんが手伝ってくれれば私…変われるかも。でも…ならどうしてさっき「困りますっ」て私は言ったの? !? どうして、昨日のことが…碇君の顔が浮かぶの?たった一度、あんな形で話しただけなのに…) 決してそれはよい出来事などではなかった。だが、なぜか彼女の心に、春雷のように激しくハッキリと刻み込まれた出来事が心の中で渦を巻く。 彼女は知らない、わからない。だからこそ今混乱していた。自分がどういう状態になっているのかを。 「どうしたんだい?沈黙は肯定と受け取っていいのかな」 「…私…」 「…」 「…」 2人ともそれっきり押し黙り、周囲もそれにつられてシーンと静まり返る。それはここぞとばかりに激写する眼鏡オタクも、鈍感ジャージも、潔癖委員長も同様だった。グビビッと唾を飲み込みながら、渦中の2人に注目する。一般女生徒達も、やっかみとかはしてもとりあえず成り行きを見守る。 鉄より堅い沈黙というベールが教室にかかり、誰にもそれをうち破れないように思えた。 だが…! 「はあ、はあ、はあ、ぎりぎりセーフ!もう、遅刻なんてシャレにならないって感じだよね〜〜」 「もう、シンジがさっさと起きないからいつもいつもこんな走って通うことになるのよ!!」 「な、なんだよアスカ、僕が悪いって言うのかよ!?」 突然教室に飛び込んできた3人によって、その沈黙はあっさりと破れた。風船が破れるように緊張が消えていく。 「ちょ、ちょっと一体どうしたのよ?みんな固まって?」 「ああ、アスカ。後で教えてあげるわ」 怪訝な顔をしながら周囲を見回す3人に、ヒカリが少し困った顔をしながら近づいていく。 「ええ〜〜〜!?ナルシスホモが告白〜〜〜〜!? 山岸マユミぃ!?あいつ両刀だったの!?それはともかく、誰それ?」 「ちょっと、アスカ!クラスメイトに失礼よ!いくら影が薄いったって」 「あ、私知ってる!出席番号が最後の子よ」 横で失礼なことを言っているアスカ、ヒカリ、レイの背後で、シンジが無表情なままで席に着いていた。漏れ聞いた話の内容から、何があったか悟って複雑な顔をしながら。 何も言わずに席に着くシンジをちらちらと見ながら黙り込むマユミに、カヲルはフッと鼻で笑うとゆっくりと話しかけた。 「今は君も混乱して即、答えなんて言えないだろうね。だから、返事は来週の14日でいいよ」 「渚さん…」 「…カヲル君、僕のこと知ってて…」 「悪いねシンジ君」 すれ違いざま、カヲルとシンジはお互いだけに声を掛け合った。 カヲルの指定した日…それはバレンタイン。
続劇
|