北海道民医連新聞 2007年11月22日号 |
誰が日本の医療を殺すのか
本田宏・医療制度研究会副理事長(済生会栗橋病院副院長)
2007年11月17日に開かれた「医師不足問題を考える医療者と道民の集い」での本田宏・医療制度研究会副理事長の講演大要を掲載します。(文責は編集部)
1998年、当事の橋本首相が「将来高齢化社会を迎えるから医療費を削減しなければならない」と言い出しました。高齢化社会を控え医療費を増やすのなら分かるが、減らすというのが分からない。正しい情報がなければ正しい判断は出来ませんので、医療制度研究会を起ち上げました。
低い日本の医療レベル
日本の平均寿命は世界一で、一人あたり医療費は先進7ヵ国中最も低い。安い割には良い医療をやっているとWHOの評価は高いのですが、先進国の駐在員は日本の医療を敬遠します。医療水準が低いからです。
1992年、米国の研究班が日本を訪れ、国立がんセンターを視察しました。しかし、「雑魚寝共同浴室で、まるで1950年代の米国の病院、米国人には耐えられない」と学ぶことを諦めました。
マイケルムーア監督の「シッコ」はぜひトイレに行く前に観て頂きたい。この映画は日本を取り上げていません。日本の医療はレベルが低すぎて参考にならないからです。なのに国はもっと医療費を削減すると言っています。
60年前に決めた医師数も未達成
日本の標準医師数は1948年に決められました。医療が高度化し、60年前の標準医師数でやれるはずはないのですが、北海道・東北はその医師数さえ5割の病院しか満たしていない。最も多い近畿で87%です。日本全国どこでも医師は余ってなどいないのです。
人ロ10万人当たりの医師数は、北海道は207人で全国平均の206人を上回っています。しかし中核都市以外は極端に医師数が少ない。道路を造って解決する問題ではないですね。
OECD加盟国平均は2.90人です。日本で一番医師が多い京都や東京でさえ平均値に届いていません。それなのに「医師数は足りている。偏在していることが問題だ」と言う。こんなことを言う人は、脳みそが偏在しているんです。偏在ではなく絶対数が不足していることは、ちゃんと説明すれば幼稚園児でも分かりまちゅ。
医療崩壊仲間の英国は50%増員
政府は「日本の医師は毎年4千人も増えている」といいます。日本の医師数は 26万人。OECD並みにするには12万人不足しています。追いつくのに30年以上かかる。財務省は12万人も不足していることは言わず−「4千人も増えている」と繰り返しています。ずるいですね。サッチャー時代の医療費抑制で医療崩壊したイギリスは、医学部定員を 50%増やしました。日本でも定員を増やしましたが、わずか3%です。昔から日本の医師が少なかったのではありません。 70年頃まではOECD並みに医師はいました。ところが10万人当たり150人に近づいた83年に、厚生省の役人が「医療費亡国論」を唱え、医学部定員を減らした。当時、OECD諸国はすでに200人を超えていました。その後格差はどんどん広がり、今の日本の人ロ10万人当たり医師数はWHO加盟国中63位です。
日本の医師数は実質22万人だ
日本の医者は60歳になるまで毎週60時間以上働いています。軽く過労死ラインを突破している。こんな働き方をしている国はありません。しかも日本の医者は
80過ぎまで働いています。医師数が少ないから死ぬまで働かなくてはならない。最近療養病床に行くと、どちらが患者さんか分からない。怖いですね。
米国では医師数をフルタイム勤務の医師1人で換算し、医師免許があっても働いていない人はカウントしません。日本では医師免許があれば死ぬまでカウントします。厚労省によると、
65歳以上で働いている医師は約4万人中には98歳の人もいます。医者がもし65
歳で引退したとしたら、日本の医師は22万人になり、グローバルスタンダードからは16万人も不足していることになります。だから当直明けもないし、専門医もいないのです。ガッテンしてもらえましたか?
盲腸で死ぬ時代に戻りつつある
日本の医療水準は低開発国なみです。医者を眠らせず、サポート体制も薄く、勉強する時間も与えず、事故が起きたら逮捕する国は日本だけです。必死に救命しようとして逮捕されてしまうのでは、医者は心が折れてしまいます。勤務医の「立ち去り型サボタージュ」は、労働基準法違反の長時間労働だけでなく、人が少ないので一人何役もしなければならないことが原因です。しかも生涯賃金は大企業のサラリーマンより低く、死ぬまで働かなければなりません。私だって、今着ているのはユニクロ3点セット、飲むのは発泡酒です。
ユニクロは好きだし、発泡酒も慣れたから給料は安くてもいいんです。せめて精根尽き果てるような働き方をせずとも安全な医療が提供できるようにしてほしい。このままでは2018年には日本外科学会への新規入会者がゼロになるという予想もあります。外科医がいなくなれば盲腸で人が死ぬ時代になるんです。
先進国中最低日本の医療費
医療費が高すぎると財務省は言います。日本の医療費のGDP比は8%で先進7ヵ国中最低です。しかも最も高齢化が進んでいるのに医療費をさらに抑制しようとしている。日本と同じように医療崩壊したイギリスは、医療費をGDP比10%まで高め、医療を立て直そうとしています。米国は
15.3%と最も高いのに、もっと医者を増やそうとしています。将来の高齢化に備えるためです。日本は現に高齢化社会を迎えているのですから最低でも10%、世界標準に合わせれば11〜
12%にすべきなのです。盲腸の手術で日本の病院に入る収入は約35万円、ニューヨーク244万、ロンドン114万、パリ47万。薬価や医療機器の値段が世界一高く、物価も高い日本の医療費が一番安いのですから、病院が黒字になるはずはないのです。百円ショップでルイ・ヴィトンを売っているようなものです。赤字病院はつぶせということになれば、自治体病院は一つもなくなります。
逆に、患者負担は10万で日本が最も高く、イギリスはゼロです。つまり日本は医療費が世界一安く、国民負担は世界一重い。日本の医療費は高いと言われますが、パチンコ産業の売上30兆円とほぼ同じ。葬儀関連が15兆円。日本は血が通った温かい医師には金を出さず、冷たい石(墓石)には金を出すんです。
日本には医療に回す金はないのか。日本の公共事業費は85兆円で他のサミット参加6ヵ国合計より多い。日本は社会保障国ではなく社会舗装国なんです。高速道路には1台250
万円(原価40万円)の緊急電話を1qおきに道の両側に設置しています。こんなことをしていて病院に金が来るはずがありません。国民の負担も下がるはずありません。まずくないですか
?緊急電話250万円盲腸の手術35万、胃がんの入院手術で120万円ですよ。お産は30万円で、福島の産婦人科医はこれで逮捕されました。
医療は命の「安全保障」
日経新聞11月10日付に、「上場企業経常利益11% 増」「独立15法人欠損金税金で5兆円穴埋め」「厚労省医療費抑制ねらう」という
3つの記事が載っていました。金はあるんです。米議会筋は日本は民主主義国家の体裁をとっているが、官僚と癒着した与党専制国家=クリプトグラシー国家だと言ってます。特権階級が自己の利益だけを追求している。医療崩壊は日本崩壊の氷山の一角です。
自衛隊27万人、警察官26 万人、、医師26万人。しかし自衛隊員、警察官は80過ぎまで働きません。医者は90
過ぎても働いている。自衛隊、警察は赤字で潰されることはないのに、最も身近で国民の命を守っている病院は、なぜ潰されるのか。テポドンが飛んでくる前に病院に行けなくて国民が死んでいるのです。
医療は命の安全保障なのだから病院は守らなければならない。このまま医師が増えなげれば、20年後には必ず大量の医療難民が発生します。財源論から医療・福祉・教育を考えるのは為政者の思う壺です。彼らは正確なデータを出しません。国民は負けるに決まっている。今後、どのような国にしたいのか、今まさに私たち国民は問われています。