裁判員制度スタートで課題 「心の傷深い」「法改正を」
先月21日にスタートした裁判員制度で、性犯罪被害者のプライバシー保護の課題が指摘されている。事件そのものを知られたくない被害者にとって、一般の裁判員の存在は脅威になりかねない。4日、性犯罪の被害者、支援者らで組織する「性暴力禁止法をつくろうネットワーク」が最高裁との意見交換会を開き、二次被害を生まない対応を求めた。 (野村由美子)
性犯罪の被害者は心に深い傷を負い、他人に事実を知られることに強い恐怖を感じる。また「女性の側にも油断があった」といった無理解に傷つくことも多い。現在、性犯罪事件の裁判では、被害者の実名を読まない、証人尋問の際、遮へい措置やビデオでの別室での証言などが取られ、傍聴人に対して被害者の情報が守られるようになってきたが、事件を審理する裁判員は裁判官と同じ情報を知ることになる。同ネットの関係者らは次の点を特に問題視する。
<1> 裁判員を選出する際、候補者に事件の概要と被害者氏名が知られる。裁判員には守秘義務が科せられるが、選に漏れた候補者には科せられない。
<2> 裁判では6人の裁判員に事件の詳細な事実関係や写真が示され、裁判員が被害者に質問する機会もある。それによって、被害者が傷つけられる恐れがある。
意見交換会では、性暴力被害の当事者で実名の著書がある小林美佳さんが「被害者には何10年も誰にも言えないという人もいる。それを司法の場で一般の人に知られることでどれだけ傷つくか」と訴えた。
小林さんの著書には、性犯罪被害者1300人から反響の手紙が寄せられたが、そのうち刑事裁判を起こせた人はわずか3人。ただでさえ被害届を出す勇気を持ちにくい被害者が、裁判員を前にする恐怖感でさらに行動できなくなってしまう、と指摘した。
婦人保護施設の職員は、被害女性たちが「自分には汚い血が流れている」「膣(ちつ)から黒い虫がはい出てくる夢を見るので怖くて眠れない」と苦しむ姿を紹介し、心の傷への理解と配慮を求めた。
同ネットは、最高裁の担当者に対し▽可能な範囲で被害者と関係の少ない管轄の裁判所で裁判をする▽被害者とかかわりのある地域の住民を裁判員候補から除外する▽ある程度候補者を絞った段階で、被害者が希望するなら名簿を見せて関係者を除外する▽裁判員選任までは被害者の実名などを知らせない▽二次被害防止のための資料を配布する-を提案した。
その後、非公開の協議が行われた。同ネットによれば、最高裁の担当者は「被害者に名簿を見せて関係者を除外する」点については現行法でも可能との見解を示した。また、被害者名を知らせる候補者も「できるだけ絞り込む努力をする」との返事があったという。
意見交換会には超党派の国会議員も女性を中心に11人参加。「被害者への二次被害を防ぐために、性犯罪に対しては裁判員裁判の対象にしないという法改正が必要ではないか」という意見が相次ぎ、民主党の細川律夫衆議院議員は党のプロジェクトチームでも検討していくと話した。
性暴力禁止法をつくろうネットワークは、昨年5月に結成。勉強会などを通し、被害者の人権を守る法整備や予防教育、被害者支援センター整備などを目指している。運営委員の鄭(チョン)暎惠(ヨンへ)大妻女子大教授は「貞操を守りきれない女性が悪いのだと、今も被害女性が責められることがある。こうした社会の意識を変えるには、法体系や裁判の仕組みも変わらないといけない」と話した。
(2009年6月9日)