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鳩山邦夫総務相が結局、辞任した。
日本郵政の社長人事で、麻生首相が西川善文社長の続投を認めたのに対し、認可権限をもつ鳩山氏が最後まで納得せず、自ら辞表を出した。
鳩山氏の西川社長批判に火が付いて半年がたつ。日本郵政が社内手続きを経て続投方針を決めたのに、攻撃は激しくなるばかり。果ては鳩山氏と、兄が代表に就いた民主党との連携話までおもしろおかしく取りざたされるなど、社会的にも異様な注目を集める「事件」になっていた。
火事が広がっているのに、火消しを決断できない。そんな首相の優柔不断は初めてではない。麻生内閣での閣僚辞任は3人目だが、中山成彬国土交通相の時も、「もうろう会見」で辞めた中川昭一財務相の時もそうだった。
鳩山氏は過去3回の自民党総裁選で首相の選挙対策本部長を務めた盟友である。それなのに首相の意に沿わせることができず、逆に政権の傷口を広げてしまった。
党内基盤のもともと弱い麻生政権を支えてきたのは、4年前の郵政総選挙で得た巨大議席だった。その首相の誤算は、郵政をめぐる党内対立の根深さを甘く見過ぎたことだった。
首相は2月、「郵政民営化に賛成じゃなかった」と語り、4分社化の見直しにも言及した。首相就任以来、小泉元首相の改革路線に対する党内や社会の風当たりの強さを見て、ハンドルを戻そうとの思惑だったのだろう。
「かんぽの宿」の売却に待ったをかけた鳩山総務相の派手な動きを黙認し、民営化見直しの潮流に身を委ねる構えを見せたのもそのためだ。
だが、民営化推進派が「民営化のシンボル」と呼ぶ西川氏の進退は話が違った。この人事が首相に突きつけたのは、民営化を進めるのか後退させるのか、小泉路線を継続するのか見直すのか、基本的な態度の表明だった。
この二つの潮流の両方に足をかけつつ、きたる総選挙に臨みたいと思い描いていた首相にとって、それは考えたくないことだったに違いない。
「かんぽの宿」をめぐる不適切な経過や郵便不正事件など、西川郵政にも問題はあった。だが、民営化が始まってまだ1年8カ月。色濃く残る官業体質を改革するには西川社長に頑張ってもらうしかない。首相がそう判断したとすれば理解できる。
だが、今回の混迷によって、郵政民営化の賛否を超えて、首相の求心力が決定的に弱ったのは間違いない。与党内では解散・総選挙の先延ばし論が広がる可能性がある。内閣改造や首相の交代を求める動きも出てきそうだ。
国民の願いは、信頼できる、実行力のある首相であり、政権だ。内外を覆う危機の中で、いたずらな政権延命は願い下げにしたい。
新型の豚インフルエンザは、世界的な大流行(パンデミック)の段階になった。さらに広がっていくことは避けられない。
世界保健機関(WHO)のマーガレット・チャン事務局長はこういって、警戒レベルを、これまでの5から最高の6に上げると宣言した。香港風邪と呼ばれた1968年の大流行から41年、いずれ出現すると予想されていた新型の流行がいよいよ始まった。
WHOによれば、メキシコから始まった流行は今や、世界で75の国と地域に及んでいる。感染者は確認されただけで3万人近く。実際にはこの何倍にもなるとみられる。
新たに、冬を迎えてインフルエンザの流行期になった南半球のオーストラリアで持続的な感染が起こっていることが、警戒度を上げる根拠になった。今後、南半球に多い、比較的貧しくて医療資源も乏しい国々で感染が拡大しないかと心配されている。それに警鐘を鳴らす意味もある。
WHOの発表によれば、今回のウイルスによる症状は「中等度」という。ほとんどの人の症状は軽く、すぐに回復している。これまでの死者は約140人で、それが急増する気配はいまのところないというから一安心だ。
その一方で、感染が25歳以下に多く重症者が30〜40代に目立つなど、ふつうのインフルエンザと違う点は気がかりだ。妊婦や、持病のある人が注意をするのはもちろん、健康な人でも感染したら早めの手当てが肝心だ。
油断は禁物である。
WHOのケイジ・フクダ事務局長補は、大流行への対策はマラソンと考えるべきだという。いくつかの波を繰り返しながら何年も続く、長い闘いの始まりだ。
このたとえを使うなら、そこには世界中のすべての国、すべての人が参加する。そして多くの人が遅かれ早かれ感染することになる。参加する私たち一人ひとりも、国々も、互いに助け合いながらゴールをめざすマラソンといえるかもしれない。ウイルスが世界のどこかで猛威をふるえば、巡り巡って自らの足元にもやってくるからだ。
日本も、この観点に立って積極的に国際貢献をしなければならない。途上国に目を向け、治療や調査に手を差し伸べることが求められている。
むろん、国内の警戒も怠れない。インフルエンザが流行する秋には大流行して不思議はないし、患者が増えれば重症者も出るだろう。ウイルスがどんな変化を遂げているかもわからない。
WHOは、感染が拡大した国では、人手のかかる患者の調査や検査から、治療に重点を移し、被害の軽減に力を注ぐべきだとしている。
果たして、そのための準備はできているだろうか。