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停滞前線が列島に絡み、田んぼとカエルが喜ぶ季節が来る。週間予報に傘印は少ないが、思案顔で空を見上げる朝が多くなろう。引力の導くまま、不意に落ちてくるのは雨粒に限らない▼水田からどう舞い上がったか、石川県七尾市で「カエルの子」が100匹ほど降ったという。ボタボタという鈍い音に駐車場の男性が振り返ると、オタマジャクシがたくさん落ちていた。80キロ離れた白山(はくさん)市でも約30匹、別の町では小ブナ約10匹が見つかった▼00年、英国東部でやはり小魚が降り、民家の庭を埋め尽くしたことがある。海から魚群を吸い上げたのは竜巻だった。竜巻はカエルやカメも降らせるが、石川県の例では考えにくいそうだ。鳥が獲物を吐き出したのかもしれない▼ところ構わず降る物があれば、折り目正しく落ちる物あり。きのう、日本の月探査機かぐやが月面に落下し、役目を終えた。打ち上げて21カ月。高精度の月面図や、「満地球」が「月平線」を出入りする映像など、精勤のあれこれを浮かべてご苦労様とつぶやく▼運用チームの最後の仕事は、地球から見える側に落としてやることで、予定通り信号が途絶えると拍手がわいた。月に願いをと募った約41万人のメッセージも、うさぎの傍らに届いたはずだ▼昔人は、想像するしかないものを雨夜(あまよ)の月に重ねた。世には想像を絶する未知もまだ多いが、最たるものだった月世界は科学の力でぐんと身近になった。煙る夜のはざまに月がのぞいたら、宝の山のデータを残し、音もなく消えた「働き者」を思い出したい。