■カップリング人気投票・優勝記念SS 『しあわせなにちようび』(1) ・ある日の夕食時 「ねえ、おとーさんおとーさん」 「うん? なんだい、もみじ」 片手のスプーンをリズミカルに揺らしながら、くりっとした瞳を僕に向けるもみじ。 今日の夕飯はもみじのご希望でオムライスだ。それだけじゃ寂しいので、マヨネーズで和えたサラダも付けた。そこにはもみじの苦手なブロッコリーも細かく刻んで混ぜてある。 もみじの好きな食べ物と嫌いな食べ物をバランスよく織り交ぜるのが、うちの献立の基本方針だった。 「あのえ、もうすぐチチの日なんだって。学校の先生が言ってたよ」 「チチの日? ああ、父の日のことだね」 そう答えながら何気なく見ると、娘の口元にチキンライスのご飯つぶがついていた。 僕は自然と手を伸ばしてそのご飯つぶを取ってあげる。ついでにケチャップの跡も指で拭うと、柔らかいほっぺのプニっとした感触が伝わってきた。 喋っている途中だったので、目だけで「ありがと、おとーさん」と暗に語るもみじ。そしてキレイになった口元をいっしょうけんめいに動かして、話を続ける。 「チチの日には、おとーさんありがとうってカンシャするんだよ。だからもみじも、おとーさんにいっぱいいっぱいカンシャしなきゃ」 「もみじ…そっか、ありがとう」 指についたご飯つぶとケチャップを舐め取りながら、無邪気で純真な娘の言葉に胸を打たれる僕。 僕こと槙野慶吾と一人娘のもみじは、父子家庭の二人暮し。今は海上ニュータウンと呼ばれる街にあるマンションの一室で、ささやかな営みを続けていた。 「それでね、日頃のカンシャをこめて、父の日にはおとーさんの喜ぶことをしてあげましょうって先生が言ってたの。だからおとーさん、何かもみじにして欲しいことない?」 そこまで話すと、もみじは宙を踊っていたスプーンを目の前の皿に向けて、オムライスを一口分すくい取る。それをはむっと口の中に放り込み、もごもごと口の中を動かしながら上目遣いでこちらをじっと見つめてきた。 そんな動作の一つ一つが愛らしくて、僕は目を細めて娘の方を見つめ返す。そっか、もみじは父の日を祝ってくれるくらいに成長したんだなぁ―― (ああ、ダメだ…そう考えるだけで泣いてしまうそうになるじゃないかっ) 熱くなってきた目頭を押さえ、思わず天を仰ぐ僕。もみじはスプーンを咥えたまま、そんな僕を不思議そうに眺めていた。 いかんいかん、こんなことでいちいち涙してどうするっ。我ながら緩すぎる涙腺をなんとか寸前でせき止め、僕はもみじに向き直った。 「えっと、して欲しいことかぁ…うーん、特に何もないかなぁ」 「そうなの? おとーさん、もみじに何もして欲しくないの?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど…急に言われても思いつかなくて」 ちょっぴり悲しそうな顔になるもみじに、僕は慌てて弁明する。 正直な話、そう言ってくれるもみじの気持ちだけで本当に十分満たされていたのだ。これ以上の幸せなんてちょっと思いつかないくらいに。 「そうだなぁ。あえて言うなら、もみじが元気ですくすくと育ってくれることかな。それがお父さんの一番の望みだよ」 「え〜。でもそれじゃあもみじ、何をしていいかわかんないよぉ」 「うーん…例えばオムライスだけじゃなくて、サラダも残さず食べるとか?」 「あぅ。そ、それはがんばります…けど、そういうんじゃなくてぇ」 細かく刻まれたブロッコリーに難色を示しつつも、反論するもみじ。確かにそれは父の日だからって特別にやってもらうことじゃなく、出来れば毎日心がけてもらいたいことだった。 「じゃあもみじが一人でシャンプーできるようになるとか?」 「それもなんか違うよぉ。それに、もみじはずっとおとーさんに頭を洗ってもらうんだもん」 「こらこら、どさくさに紛れて何を言ってるんだ」 「だってだってぇ…」 オムライスとサラダを頬張りながら、もみじはぶーぶーと拗ねた顔をしていた。 結局、父の日までに何かして欲しいことを考えておくことになった。もみじの気持ちはとても嬉しいんだけど、何も思いつきそうになくて困ったなぁ…。 |