「毎日1冊!日刊新書レビュー」

毎日1冊!日刊新書レビュー

2009年6月4日(木)

どちらも最初は見下されていた〜『ユダヤ人とダイヤモンド』
守 誠著(評者:朝山 実)

幻冬舎新書、800円(税別)

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評者の読了時間9時間00分

ユダヤ人とダイヤモンド』 守 誠著、幻冬舎新書、800円(税別)

 こどものころ、学研の「科学と学習」を売り込みに、業者(あれは町の本屋さんだったのか)が学校にやってくることがあった。

 だいたい春先に、年間購読を募るのだが、希望者は申し込んでくださいというだけ。担任教師は、気乗りしない様子だった。

 月刊誌本体の記憶はあやふやだが、付録の鉱石セットだけはケースの色形まではっきりおぼえている。花崗岩などの石ころに混じって、ルビーやエメラルドの原石が入っていた。

 宝石=高価、それがオマケで付いてくる、すごい!! 大ニュースじゃないか。なんでこれが大騒ぎにならないのか、不思議だった。

 「どうや、センセ、すごいやろ」と箱から、グリーンの石を差し出すと、担任は「よかったわね」と、しげしげと見て返してきた。うらやましそうではない。「大切にしなさいよ」といいながら、ハナで笑うような顔だった。それらは加工されてはじめて、宝石になるというのを知ったのは、だいぶ後のことだ。

 そんなことをふいに思い出したのは、銀座にオープンしたフランスのジュエリーショップが、店頭で5000個のダイヤを無料プレゼントするというので、長い行列ができている、とニュースで取り上げていたからだ。

 ホンモノのダイヤには違いなかろうが、落とせば失せてしまいそうな小粒の裸石。何万円か支払えば装飾品にしてくれるという。早朝から行列をつくっているのは、ジュエリーとは無縁そうな男性たちという光景。イメージ戦略としてヒットしているのかどうかわからないが、テレビカメラが集まったのを宣伝費として考えたなら、タダで配ってもおつりはくるってことなのか。

 さて、本書は、価値があるんだかないんだかわからないダイヤモンドの歴史をひもとくものだ。著者は元商社マンで、ダイヤの輸入に関わり、調べていくうちにユダヤ人の歴史と深く結びついていくことを知ったという。発端は40年ちかく前のことだというから、研究はすでにライフワーク化している。

「三流の石」が「希少なもの」に

 意外なのは、ほんの200〜300年前まで、ダイヤモンドは硬すぎて加工しにくく、宝石としては「三流の石」扱いだったことだ。16世紀、いちばん高価だったルビーと比べたら1カラットあたりの価格は、8分の1に過ぎなかったとか。

 もともと加工職人や仲買商には、ユダヤ人が多かった。それには、当時のヨーロッパでは、ユダヤ人に対して職業規制が課せられていたことが関係していた。ダイヤは儲けがうすい。だから、働き手は少なく、就労の規制もない。つまり、ほかの人たちがやりたがらなかったわけだ。

 そんな日陰のダイヤが脚光を浴びるのは、17世紀になって、「ブリリアント・カット」なる研磨技術が開発されてからのことだ(開発者にあたる研磨工については諸説あって、特定されていない)。

 しかし、ダイヤの価格は一定しない。19世紀に入って、南アフリカで鉱山が次々と発見されるや、供給過剰となり、価格の暴落を招いた。このとき巨大な資本を注入し、強引に鉱山を束ねて、市場を安定させたのが、ユダヤ人のロスチャイルド家だった。

 そして、20世紀。「ダイヤモンド王」アーネスト・オッペンハイマーが登場する。1880年、ドイツのタバコ商人の子として生まれた彼は、17歳でロンドンのダイヤモンド・ブローカーに入社し、南アで原石の買い付け担当をしたのち、経緯はよくわからないが、金の採掘で得た資産を元手に、1920年、ダイヤモンド業界に舞い戻り、原石販売のカルテルを構築する。

 彼が歴史に名を残せたのは、過剰となりつつあったダイヤを「希少なもの」に見せかけ、高価格で安定させることに成功したからだ。その手腕は「限りなく詐欺師に近いビジネスマン」ともいわれた。

 オッペンハイマーがユダヤ人だったことから、「ダイヤとユダヤ人」のつながりを印象付けることにもなったといわれる。しかし、本書では、晩年のオッペンハイマーがユダヤ教からキリスト教に改宗したエピソードに触れながら、なぞの多いその真相に迫ろうともしている。

 また、エピソードとして驚きなのは、ナチス・ドイツとダイヤの関係だ。

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著者プロフィール

朝山 実(あさやま・じつ)

ルポライター。1956年、兵庫県生まれ。地質調査員、書店員などを経て、ライターとなる。イッセー尾形らの単行本の編集、井筒 和幸監督の映画「パッチギ!」ノベライズ(キネマ旬報社)などを手がける一方、 「AERA」「週刊朝日」ほかで人物ルポを執筆。 本サイトから生まれた初の書籍『イッセー尾形の人生コーチング』の著者でもある


このコラムについて

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