民主党が小沢一郎代表代行(前代表)の政治資金問題を受けて設置した「政治資金問題第三者委員会」(座長・飯尾潤政策研究大学院大教授)が10日まとめた報告書で、法相が検察の個別捜査について検事総長を指揮・監督する「指揮権発動」に言及したことに対し、法務・検察関係者らに波紋が広がっている。【石川淳一、坂本高志、岩佐淳士】
報告書は今回の事件に関し「法相は高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断に委ねるという選択肢もあり得たと考えられる」とした。
検察庁法は個別事件に対し、法相による指揮権を認めるが、「検事総長のみを指揮できる」と制限している。戦後、実際に指揮権が発動されたのは1954年の造船疑獄事件だけ。当時の自由党の佐藤栄作幹事長への捜査が事実上ストップし、発動した犬養健法相は辞任に追い込まれた。その後、歴代法相は指揮権を事実上の「抜けない刀」と位置づけている。検察捜査が政治的に利用されないための配慮からで、今回の事件を巡っても森英介法相は「私は検察に全幅の信頼を置いている。指揮権行使は毛頭考えていない」と、国会答弁で繰り返した。
ある検察幹部は「法律専門家も入っているのに、信じられない議論だ。独立性が保たれているから公正な捜査ができる」と不快感を示す。また、法務省関係者は「民主党が政権をとったら積極的に指揮権を使うべきだとも読める内容で、恐ろしさを感じる」と漏らした。
小林良彰・慶応大教授(政治学)は「第三者委員会は独立したものであるべきだが、小沢氏への批判は薄く、検察批判や報道批判に多くを割いた。多くの人は、民主党の別動隊かとの印象を持つだろう」とした上で、「昨今、自民党も取り上げない法相の指揮権発動に言及したことに違和感がある。三権分立との関係をどう考えているのか」と批判する。
元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授は「仮に自民党側に捜査が及んでいた場合でも、指揮権に言及するような報告書を出しただろうか」と疑問を呈した。
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飯尾座長以外のメンバーは▽郷原信郎・名城大教授(元東京地検特捜部検事)▽桜井敬子・学習院大教授▽服部孝章・立教大教授。
民主党の第三者委員会がまとめた報告書は「有罪視報道」「過大・歪曲(わいきょく)報道」などと批判した。しかし、報道は疑惑や事件の構造的問題などを幅広く解き明かし、全体像に迫る役割を持つ。報告書はそうした視点に乏しいと言わざるを得ない。
報告書は、検察の捜査や組織のあり方を批判する一方で、報道について厳しい調子で問題点を指摘している。だが、「捜査、起訴を巡る疑問が指摘されているにもかかわらず『有罪視報道』が展開された」といった批判の立脚点は、メディアの事件報道の役割について根本的に認識を誤っているのではないか。
小沢氏は野党第1党の党首のみならず、次期衆院選が行われ政権交代が実現すれば首相になるとみられた権力の中枢の人物である。そういう立場の人の「政治とカネ」をめぐる疑惑が表に出れば、最優先で取材・報道するのは報道機関として当然である。その視点がまず報告書には欠けているように思える。
さらに、その報道は「捜査」に縛られることはない。逮捕容疑と直接関係なくても、政治家の職務に密接した疑惑は、道義的に問題があれば報道するのは当然だ。政治資金規正法による捜査批判の延長線上で、メディアの報道をとらえた報告書は、あたかも捜査を超える自由な報道があってはならないと言っているかのようだ。
毎日新聞では、報告書の指摘にあるような「有罪視報道」にならないよう、総選挙前の着手を検察OBが疑問視していることや、献金額を政治資金規正法に記載している「表の献金」だけの起訴は異例であることなども取り上げ、「政治資金透明化への挑戦か、『暴挙』なのか」と両論を併記する形で報道した。
報告書は「検察あるいはその関係者を情報源とする報道が大きく扱われた」と、検察当局の情報を中心にして報道が行われたかのような指摘もしているが、検察は取材先の一部でしかない。昨年6月に西松建設に家宅捜索が入った段階から、検察のほか西松建設や他のゼネコン、小沢氏周辺など多くの関係者に取材を重ねてきた。独自取材と裏付け取材を積み重ねており、第三者委が指摘するような実態にはなっていない。【伊藤正志、小出禎樹】
民主党の「政治資金問題第三者委員会」の報告書のうち、検察・法務省のあり方や報道のあり方に関する部分の要旨は次の通り。
■検察・法務省のあり方
西松事件では、検察の権限行使が野党に対して向けられた事案であるため、検察当局は自らの権力行使の正当性について、主権者たる国民に向けて踏み込んだ説明をすることが求められる。
検察の権限行使が国民の政治的選択に影響を与えることが容易に予想され、直接的な民主的正当性を持たない検察官がその権限行使に踏み切るにあたっては、幾重にも慎重な考慮がなされることが求められる。現場レベルでの判断があったとしても、法務行政のトップに立つ法務大臣は、高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検事総長を通じて個別案件における検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断にゆだねるという選択肢もあり得たと考えられる。
■報道のあり方
今回の事件は政治資金規正法違反で立件されただけで、贈収賄や入札妨害などの罪は立件されていない。しかしながら、西松建設の東北地方における公共工事受注と政治献金が関連しているかのような印象を与える報道が続いた。政治資金規正法違反にとどまらず贈収賄等の刑事事件に発展することを前提としたような事態が、新聞やテレビ等の報道で続いたのである。
裁判員制度開始に伴い、情報源の明示を報道機関各社は模索している。「関係者」はもちろん「捜査関係者」といった表記すら、情報源明示とはいえない。本来なら、関係者の氏名を載せるべきである。
報道には検察側からと見られる情報に依存したものが少なくなかったといえよう。総選挙が近く実施されることが予測される状況での異例の捜査であるだけに、報道は多くの問題点を残した。背景に、記者クラブに象徴される当局と報道機関との不透明な関係があると見られる。
毎日新聞 2009年6月12日 0時24分(最終更新 6月12日 0時29分)