代表 日野 秀逸
梶谷剛教授(東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻)は、井上明久東北大学総長らが2007年に日本金属学会の欧文誌に投稿・公表した論文には学術的問題が多いので、その「取り下げ」を強く勧告されています。
2007年論文は井上総長の不正論文疑惑が持ち上がった際、東北大学の「調査報告書」が、匿名投書によって告発された論文ではないけれども、告発された1993、1995、1996論文で取り上げられたZrを基盤とするバルク金属ガラスの再現性問題に決着をつける論文として、わざわざ添付した論文でした。
梶谷教授は、この2007年論文について、8点の疑義を提起されています。今回上記「井上総長らの2007年論文における『4分割写真』の謎(1)」で取り上げたのは、梶谷教授が提示された疑義のうち第5番目に位置するものです。
ここでは、そもそも井上氏らの「4分割写真」とは何か?という問題から説き起こしています。今回は2つの「謎」を紹介し、「つづく」「『4分割写真』の謎(2)」では、この「謎」解きに進む予定です。
「井上総長らの2007年論文における『4分割写真』の謎(1)」は以下をクリックして下さい:4分割写真の謎 1.pdf
最近発売になった月刊誌『ZAITEN』2009年7月号は、「大学『絶体絶命』」を特集しています。フリージャーナリストの横田一氏が、この特集に「文部科学省を悩ませ続ける東北大学総長『論文不正疑惑』」(同誌、38-40ページ)という記事を寄稿しています。
横田氏は、独自の取材に基づき、本フォーラムが紹介した梶谷剛教授(本学工学研究科応用物理学専攻)による井上総長らの2007年論文への批判論文の草案が、本年4月1日に、岡本、西川両監事に送付されていたことを明らかにしています。横田氏によれば、梶谷教授は、その際、添え状で、2月2日付けの監事要望書の前提は、2007年12月の大学の「調査報告書」だが、「調査報告書」を正当化する総長らの2007年論文には多くの疑義があるので、監事要望書は撤回されるべきだ、と述べられていたとのことです。
横田氏によれば、これを問題視した植木委員会は、4月17日、梶谷教授に対しても「事情聴取」を行い、席上、植木、飯島両理事、北村副学長らが、論文不正問題は監事に問題提起するのではなく「学会で決着を付けるべき」だと主張したので、梶谷教授は日本金属学会への投稿を決意された由。
横田氏は続けて、梶谷論文の主要論点(「主題に関する矛盾」、「実験設備の情報不足」、「存在しない評価装置」)を紹介し、この「評価装置」に関連して「事情聴取」で次のようなやりとりがあったことを明らかにしています。
2007年論文では試料を検証するのに「電子顕微鏡JEOL-4000 FX」を使ったとされているのですが、梶谷教授はこの問題を4月17日に直接、2007年論文の第1著者、横山准教授に突きつけていたのでした。梶谷教授は横山准教授に「この論文に掲載されている電子顕微鏡写真は、ここの金属材料研究所にある装置で撮影したものですか」と聞いたと言います。横山准教授の回答は「そうです」というのもので、これを出席者一同が確認し、そのあと、梶谷教授は「論文に書いてある電子顕微鏡装置は、ここの金属材料研究所に今まで存在しないものです」と重ねて質問したそうです。対する横山准教授の回答は無言(「……」)であった由。出席者は驚いたそうです。
横田氏はこのやりとりを紹介した後、その後大学は、「電子顕微鏡JEOL-4000 FX」ではなく「電子顕微鏡JEOL-4000 EXの記載ミス」であると訂正したこと、さらに、アーク溶解炉の存否問題にも触れ、実際に使用したアーク溶解炉は20kW~30kWのものであり、金属材料研究所のものである、と述べた(注*)ことを紹介したうえで、東北大学は「梶谷教授や報道関係者、文部科学省の官僚らを招き、その実験設備を使って金属ガラスをつくる『公開再現実験』をしてもらうのが疑惑解明に最も有効だ。……文科省は東北大学での公開実験に立ち合うなど、科学立国・日本の汚点になりかねない疑惑の真相解明に乗り出すべきだ」、と結んでいます。
注*
本フォーラムは、この大学本部の「訂正」情報を事前に入手しました。複数の専門家に同研究所のHPで公開されているアーク溶解炉を鑑定して貰うと、冷却水の不足などからも、このアーク炉に20kW~30kWを投入すると大事故を誘発する可能性があるとのことでした。そこで、本フォーラムは、松井恵弁護士が5月25日に中嶋一雄金属材料研究所長に対して、大型アーク炉の存否問題を質問する際、大学の標準的な設備(10kW)下での、無謀な運転(20kW~30kW)は避けられるようにとの注意を促しました。
梶谷論文は次を参照して下さい:梶谷論文概要.pdf
松井弁護士の質問状は次を参照して下さい:20090525-金研質問状.pdf
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最新情報(2009年5月26日)
(1)松井恵弁護士が中嶋一雄東北大学金属材料研究所長に質問状を提出(5月25日)
本フォーラムの日野、大村両教授の代理人である松井恵弁護士が、昨日(5月25日)、中嶋一雄東北大学金属材料研究所長に対して、同研究所における大型アーク溶解炉の存否問題について質問状を送られました。これは、梶谷剛教授(東北大学大学院工学研究科)による井上総長の2007年論文に対する批判論文、および高橋禮二郎教授(東北大学大学院国際文化研究科)が5月22日の県政記者クラブで記者会見して明らかにされた井上総長の1995,1996年論文に関する問題点を踏まえたものです。
* 松井弁護士の質問状は以下をクリックして下さい(20090525-金研質問状.pdf)
* 梶谷教授の論文概要は以下をクリックして下さい(梶谷論文概要.pdf)
* 高橋教授の記者会見は以下をクリックして下さい(高橋記者会見.pdf)
井上総長らが、1995、1996、2007年の論文で報告しているバルク金属ガラスは、全く同一の金属組成です。梶谷教授は次のような問題を提起されています。2007年論文ではこの金属組成と作製された試料の大きさから判断して140g超のジルコニウム原料が溶融されたことになるが、実験室で用いられる通常のアーク溶解炉の性能では、これだけ大量の原料を一度に溶融できるかどうかは疑問であり、井上総長らはどのようなアーク炉で原料を溶融したのかを明確にすべきである。
高橋教授が提起された問題は、1996年当時、200gの原料を一度に溶融できるアーク溶解炉が金属材料研究所にあったのかどうかでした。井上総長らは、1995年、1996年論文で、それぞれ70g、200gのジルコニウム原料を溶融し、高品位のバルク金属ガラスを作製した報告しています。両論文では、合金原料をアーク溶解炉で溶融し、「吸引鋳造法」という方法で溶融原料を鋳型に流し込み、金属ガラスを作製したことになっています。「吸引鋳造法」ではアーク溶解炉で再溶解された溶融原料が、一挙に鋳型に流し込まれます。現時点(2009年)でも、通常のアーク溶解炉で一度に溶融できる原料は25g程度、最大でも75g程度です。1990年代半ばに金属材料研究所に在籍していた研究者が、200gもの大量のジルコニウム原料を一挙に溶融できるアーク溶解炉は存在していなかったのではないか、といっていることから、高橋教授は、上の疑問を提示されたのでした。
松井弁護士の上記質問状では、中嶋金属材料研究所長が、この大型アーク炉の存否問題(1995,1996年当時の設備現況、および現時点で140gの原料を溶融できるアーク溶解炉の存否、付属電源設備など)について、調査の上、10日以内に回答して欲しい、と結ばれています。本フォーラムは、中嶋所長から回答が寄せられ次第、回答を公開する予定です。
(2)「井上総長論文(1995、1996年)の根本問題(2)」を公表します
本フォーラムは、上記の大型アーク溶解炉の存否問題を詳細に明らかにした「井上総長論文(1995,1996年)の根本問題(2)」を公表します。「密度問題」を扱った同「根本問題(2)」と共に、問題を深める参考にして下さい。以下をクリックするとダウンロード可能です(95,96年論文の根本問題(2).pdf )。
(3)追加情報(2009年5月27日)
その後の調査で、井上氏らは、上記3論文で作製したとしている Zr55Al10Ni5Cu30合金の密度をアルキメデス法で測定して、ガラス試料の密度: 6.82 g/cm3
結晶の密度 6.85 g/cm3、ガラス状態の密度と結晶状態の密度の差は、
(6.85-6.82)/ 6.85=0.44 %
だと報告していることが判明したのでご紹介します。
この報告された密度の実測値は、梶谷教授が仮定された値 6.8 g/cm3、高橋教授が仮定された値 6.84 g/cm3の、どちらも適切であり、両教授の議論の妥当性を裏付けています。
文献: A.Inoue, T.Negishi, H.M.Kumira,T.Zhang and A.R.Yavari: Materials Transaction JIM, Vol. 39, No.2(1998) p.318-321.
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最新情報(2009年5月25日)
「井上総長の論文不正問題の新展開」について
高橋禮二郎教授が記者会見(5月22日)
高橋禮二郎東北大学国際文化研究科・客員教授が、5月22日、13時から約1時間、(宮城県)県政記者クラブで記者会見し、「井上総長の論文不正問題の新展開」について話されました。この会見には、大村教授も同席しました。
記者会見で、高橋教授は、自己紹介され、ご自身は、39年間在籍した東北大学を昨年3月末に退職し現在は客員教授として退職後も同じ研究科で教鞭をとっていること、この問題には、鉄冶金分野の研究者として、30年余りを選鉱製錬研究所、素材工学研究所、多元物質科学研究所で実験研究に取り組んできた経験から大きな関心を抱くことになったこと、これまで大村教授と共に、井上明久氏(東北大学総長)、張濤氏(北京航空航天大学教授)の1993年および1998年論文に関する問題を検討してきたが、今回、梶谷教授による井上氏らの2007年論文批判に接し、これに触発され、改めて1995年、1996年論文を検討したところ、両論文について、これまで誰も ― 匿名告発書も、東北大学の調査報告書も ― 指摘していなかった、非常に深刻な問題が判明したので報告したい、とされた後、概要次のような問題点を指摘されました。
(1)「作製された金属ガラスの体積は原料重量から理解不可能ではないか?」
井上、張両氏の1995年論文では、直径16mm長さ70mmの金属ガラス棒が、1996年論文では、同じ合金組成で直径30mm、長さ50mmの金属ガラス棒が製造できたと記載されている。報告されている金属組成だと、理論的には、密度はいずれも6.84g/cm3となり、試作試料の重量は体積×密度で、それぞれ96.24gおよび241.66gとなる。ところが、1995年論文では原料は70g、1996年論文では200g使ったと記されているので、実験でそれぞれ37.5%および20.8%の重量増が生じた、と推断される。原料重量が製品で減じることはあっても増えることは、物理的に絶対あり得ない。考え得るのは、実験途中、何らかの原因で、試料に空隙が生じた可能性である。推定空隙率を計算すると、1995年論文では27.3%、1996年論文では17.2%となる。空隙率がこれだけあれば、試料の切断面、あるいは横断面をみれば、肉眼でも容易に検出できるはずだが、論文では全く報告されていない。理解できない。
(2)「この実験には大規模な実験装置が必要で、原料の溶解方法にも問題があるのではないか?」
① 実験できるアーク溶解炉があったのか否か?
両論文では、ガラスを作製する前の合金インゴットの溶解にアーク溶解炉を用いたとしている。アーク溶解法で一度に溶解できる原料は、大学の標準的な電源設備(10kAV)下の実験室に設置されている機種では、一般に25g程度、最大でも70g前後であるという。井上氏らの2007年論文を批判した梶谷論文は、2007年論文で作製されたバルク金属ガラスの重量を140g強と見積もって、これだけ大量の原料を一度に溶かすことが出来るアーク溶解炉が2007年時点で金属材料研究所にあったことを疑問視している。1995年論文、1996年論文で用いられた鋳造法は「吸引鋳造法」であり、この方法の特徴は、目的のサイズのバルク金属ガラス棒が、一度の溶解・鋳造プロセスで作製可能な点にある(原理的にも溶融原料が、数回に分けて鋳型に流し込まれることはない。模式図は、次をクリック:吸引鋳造法_概観.pdf )。1996年論文では、200gの合金インゴットをアーク溶解で再溶解したと明記されているので、当時、金属材料研究所に200gの原料を一度に溶かすことが出来るアーク溶解炉があったことになる。しかし当時在籍していた研究者に聞いたところ、そのような機器が金研にあったことは確認できない。論文著者(井上、張両氏)はどんなアーク炉を用いて実験したのか説明する義務がある。
② 不純物は析出しなかったのか?
アーク溶解炉は、高周波溶解法などと違い、原料溶解中に不純物が容器から析出しないメリットがある。アーク溶解では、アークが照射される合金原料上部は1万度、銅製ハース(受け皿)に接する下部は水冷されて、ほぼ水温に保たれるために溶解しない。すなわち、ハースと原料の合金インゴットとの接触部分は溶解せず、温度上昇も小さいため不純物析出を生じないためである。井上氏らの2007年論文で、共同執筆者(該当論文の第1著者)の横山嘉彦金研准教授によれば、この未溶解部分が、鋳型に溶解部分と共に流し込まれると、結晶を発生させ、高品位のアモルファスが生まれない。ところが、1995年、1996年の論文で用いられた「吸引鋳造法」は、アーク炉のハース中央底部に穴があり、そこから鋳型に溶融金属が流し込まれる構造になっており、最後まで残ると考えられる未溶解部分の一定量が鋳型内に流入する仕組みである。したがって、「吸引鋳造法」で作製したバルク金属ガラスの品位を落としていることが想定される。しかし、両論文では、高品位のアモルファス合金が出来たと報告されていて、この問題への言及が全くない。理解しがたい。
質疑応答
これに対する応答では、高橋教授からそれぞれ次のような回答がありました。質問(1)については、原料の重量がどの程度有り、それが実験によってどのように変化したか、などのデータ、あるいは実験方法についてどこまで記載するかは、初歩中の初歩、基礎の基礎であり、論文のレフェリーは、通常、査読に回ってきた論文なら、「間違うはずがない」と言う前提で点検しないのが普通である。それゆえ、このような基礎的情報の内容の正確さについては、著者責任だと思われる。 (2)については、1993年論文では、直径16mmという大きさの報告は世界初だったこともあり、多数の海外の研究者が追試し、全く異なる実験結果を報告している。私(高橋教授)は、そのうち4報で再現性に疑義が提起されているのを確認している。一方、1996年論文についての追試結果は、詳細に調査していないので不明である。さらに、材料研究のために直径30mm、長さ50mmという大型サイズの金属ガラス試料を必要とするかにも関わっているのではないか(他の研究者が、とくに必要性を感じなければ、通常追試しないという意味)。(3)については、実験に使ったアーク炉の規模や、成果物の断面写真が実物のものを撮影したものではなく、合成写真と判断せざるを得ないこと、試料の検証に使った電子顕微鏡の機種が論文に書かれたものであったのかどうか、たいへん興味深く読んでいる。
以上
松井恵弁護士が植木委員長、岡本、西川両監事に申し入れ(5月14日)
松井弁護士は、この「申し入れ書」の冒頭で、総長論文に関連して、この間、次のような2つの新たな問題提起があったことを紹介します。(1)本学工学研究科梶谷剛教授が4月28日に日本金属学会に投稿した論文で、井上総長の2007年論文に対して8つの問題点を指摘し、同論文の取り下げを強く勧告したこと。(2)高橋禮二郎、大村泉両教授が、井上総長の1995年、1996年論文には「密度問題」で理解しがたい問題があることを明らかにし、日本金属学会の加藤雅治会長に対して、善処を求める書簡を5月13日付けで送付したこと。
1. 植木委員会、および岡本、西川両監事は、「いまだに、フォーラムのHPが貴学の名誉を毀損する可能性が高いと考えておられるのか」。
2. 「貴学の名誉を毀損する可能性が高いと考えておられるのであれば、如何なる箇所が如何なる理由に基づいて名誉を毀損する可能性が高いと考えておられるのか。明らかにしていただきたい」。
3. 植木委員会の「職務に照らせば、貴委員会がなすべきことは、フォーラムのHPの内容には何らの問題もなく、大学の名誉と信用を守るためには、調査報告書の見直しこそ急務であることを貴学教育研究評議会に勧告することであると考えます。この点については、いかがお考えでしょうか」。両監事の「職務に照らせば、いま貴職らがなすべきことは、2月2日付け監事要望書の撤回と、平成19年12月25日付調査報告書の見直しを監事として勧告することにあると考えますがいかがでしょうか。貴職らの見解を求めます」。
以上です。松井弁護士の「申し入れ書」の回答期限は本年5月24日です。回答が届けば本HPで紹介する予定です。
なお、梶谷教授の投稿論文概要は、Conell 大学のURL http://arxiv.org/abs/0905.0172で公表されています。論文の日本語概要は、本HPの下記最新情報(2009年5月8日)を参照して下さい(なお、次のファイル名をクリックすると、同一の概要をpdfで読むことが出来ます:最新情報(2009年5月8日).pdf )。
井上総長の1995、1996年論文にみられる合金密度問題。加藤雅治日本金属学会長に対する「申し入れ」書(2009年5月13日)概要
高橋、大村両教授が、井上総長の1995、1996年論文に見出した合金密度に関する問題点は、概要次の通りです。
井上総長の両論文は、いずれも大きなサイズのバルク金属ガラスの作製に関するものです。前者は直径16mm、長さが70mmの、後者は直径30mm、長さが50mmのバルク金属ガラスの試作を報告していて、1993年論文の研究を発展させたものとして、世界的な成果とされました。(注:1993年論文はZr65Al7.5Ni10Cu17.5に関する結果で、合金組成を変更した理由は述べられていません)。
95年論文では原料は70グラム、96年論文では200グラム使ったと記されています。試作品は丸棒ですから、体積は底面積×長さで算出できます。密度は、原料がロスなく全てガラス化したと仮定すると、原料重量(g)÷体積(cm3)で算出できます。他方、両論文の試作品は同一の金属組成(Zr55Al10Ni5Cu30)です。簡便法(ベーガードの法則)およびガラスと結晶の密度の差を2%として計算し、これらの計算結果を一括表示すると下記の通りです。
|
論文 |
原料(g) |
バルク金属ガラス | |||||
|
直径×長さ(mm) |
体積(cm3) |
密度 (注1) g/cm3 |
密度 (注2)g/cm3 |
重さ (g) |
重量増(%) | ||
|
95年 |
70 |
16×70 |
14.07 |
4.97 |
6.84 |
96.24 |
37.5 |
|
96年 |
200 |
30×50 |
35.33 |
5.66 |
241.66 |
20.8 | |
|
(注1) 論文に明記されている原料重量を前提に算出 | |||||||
|
(注2) べーガードの法則に基づいて算出。ガラスの密度が結晶密度より2%小さいと想定 | |||||||
ここから明らかなように、1995年、1996年論文で報告されている試作品は、同一の合金組成でありながら、(1)相互に密度が異なり、(2)いずれの密度も理論的推定値と大きく異なり、(3)投下原料よりも試作品の重量が大きくなるという、実験科学の常識に反する結果が生まれています。
高橋教授と大村教授は、この数値を根拠に、日本金属学会の加藤雅治会長に対して、「事実関係をご確認の上、学会として、著者に事実を知らせ、該当論文の取り下げを含む実験科学分野の常識に従って、然るべき対応をとられる」ように申し入れたのでした。
以上の合金密度問題の詳細は「井上総長論文(1995年、1996年)の根本問題(1)」を参照して下さい。次のファイル名をクリックすると開きます:95,96年論文の根本問題(1).pdf
梶谷剛教授が井上総長らに論文取り下げを助言
- ガラス相形成を示す立証が不十分である。アーク溶解法で得た「ボタン状合金(25g程度)試料」の上半分に、ガラス相が形成されたと報告しているが、ガラス 相形成を示す十分な立証がなされていない。
- 主題に関して矛盾する主張がみられる。 この論文の著者らは、一方で、合金ガラス棒の作製を目的とする冷却プロセスでは、冷却速度が最も重要な因子と主張している。それを理由にキャップキャスト法を開発したと述べている。他方、酸素レベルの低い原料で作製した合金をゆっくり冷却することが、ガラス状態を得るのに重要な因子であると主張しており、同一論文の中に全く正反対の矛盾した主張がある。
- どんな実験設備を用いたのかが不明である。この論文を読んだ読者が、キャップキャスト法を理解するのに十分な説明がなされていない。例えば、論文のFig.4で外観写真が示されている直径30mm、長さ30mm程度のサイズの合金ガラス棒の作製には、この合金の密度の値(6.8 g/cm3)から、約144gの合金原料が不可欠である。しかし、このような大量の合金を、通常使われる実験室規模の従来型のアーク溶解装置では、溶解できない。少なくとも、従来型アーク溶解装置の4倍強力な、例えば最大出力が、40kWを超える程度の大型装置が必要である。144gという大量の合金試料を溶解するアーク溶解装置の冷却水も、大きな課題である。なぜなら、25g程度を溶解する従来型のアーク溶解装置でも、合金試料をのせている銅製炉床が溶けないようにするために、毎分20リットル程度の冷却水が必要であり、キャップキャスト法に利用したと思われるアーク溶解装置に用いる冷却水の量は、極めて大量と思われる。しかし、この論文では、そのような基本的情報が提供されていない。
- アーク溶解法は均一な合金ガラス作製には不向きではないのか?アーク溶解法は、25g程度の合金塊、とくに高融点金属(refractory metals 例:ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb))や 遷移金属(transition metals 例:鉄(Fe)、ニッケル(Ni))で構成される合金試料の溶解に有効である。ただし、アーク溶解法の欠点は、成果物の(組成)が不均一になりやすい。上部は1万度の高温だが、下半分は水で冷却されている銅製炉床に接しているので、合金塊の上半分と下半分では、1センチメートル当たり1万度を超える温度差があり、この論文で強調されている試料をアーク溶解法で溶かして、その溶けた合金を水冷した銅鋳型中に、キャップキャスト法で鋳込んだ場合、結果として組成が不均一な成果物が得られること、アーク溶解法で溶かした合金を、銅鋳型中に直接鋳造して均一な合金ガラス棒を得ることは難しいと推測できる。
- 合成写真を用いた理由が不明である。論文のFigure 3 (b) は直径20mm、 Figure 4 (b)は、直径30mmの合金ガラス試料の下から約10mm部分に相当する断面を示している。Figure 4 (b)が、何故4つの部分からなる合成写真なのか理解できない。この点について、論文中には、何の説明もなされていない。
- JEOL-4000 FX電顕は所属部局に存在しないのではないか?論文の Figure 5 は、JEOL-4000 FX 型装置を使用して得た非常に均一でスムースな高分解能電子顕微鏡写真(HREM photograph)が示されている。しかし投稿者(梶谷教授)の知る範囲では、JEOL-4000 FX 型装置が、この論文の著者の所属部局(東北大学金属材料研究所)に設置されていたという話は記憶にない。
- コンピュータによる画像処理の可能性を否定できない。論文のFigure 5 の高分解能電子顕微鏡写真(HREM photograph)は、これまでに、この論文の著者や他の研究者が報告している合金ガラスの高分解能電子顕微鏡写真に比べて、不自然な均一状態を示している。投稿者(梶谷教授)が添付した Figure 5 の拡大写真から容易に理解できるように、光学顕微鏡写真を示すFigure 4 に比べても、相対的に粗いピクセルが認められる。この粗いピクセルには、コンピュータによる画像処理の結果が現れている恐れがある。
- オリジナリティが欠如していないか?この論文のオリジナリティについても疑問である。井上氏らは、既に、1996年に、直径30mmのZr55Cu30Ni5Al10 合金ガラス棒が銅鋳型を用いた吸引鋳造法(suction casting method)で作製できることを報告しているからである。
(1) 東北大学本部は、フォーラム代表への名誉教授の称号授与を「留保」
2009年4月21日に開催された東北大学教育研究評議会で、東北大学本部理事会は、本年3月末日をもって東北大学を停年退職した日野秀逸フォーラム代表(大学院経済学研究科所属)および別の多元物質科学研究所所属の一教授に、名誉教授の称号を授与する手続を留保しました。担当理事の評議会での発言からも、両教授の所属教授会から提出された功績調書に瑕疵が全くないことは明白です。したがって、東北大学の関連規定によれば、この評議会で両教授に称号授与がなされて当然でありました。100年を超える東北大学の歴史の中で、このような異例な手続きが取られたのはこれが最初です。担当理事によれば、留保は、両教授の本フォーラムへの関与あるいはその疑いが唯一の理由です。本フォーラムが、東北大学の名誉と信用を回復するには、井上総長と理事会が、社会的説明責任をきちんと果たすこと、学会の回答要請に応じ、東北大学が独自に定めた『研究者の作法』に沿って調査報告書の抜本的是正を行う必要がある、と述べてきたことが、この不当な扱いの理由なのです。地元紙の河北新報は、「関係する教授会からは『露骨な言論封じだ』と批判の声が上がっている」と報じています。蓋し当然というべきでしょう。
(2) 東北大学本部は、本HPを「閉鎖」するように要請。フォーラムは「閉鎖しない」と回答
2009年2月2日付で岡本・西川両東北大学監事は、井上総長、植木コンプライアンス担当理事に書簡を送り、本HPは東北大学の「名誉と信用を毀損する」と断じ、事実関係の速やかな調査と「然るべき対応策」を取ることを要望しました。これを受けて東北大学は植木理事を委員長とする「監事要望書に係る調査委員会」を設置し、本フォーラムの関係者の「事情聴取」を開始すると共に、3月末にフォーラムに対して本HPの閉鎖を要望してきました。フォーラムの代表および世話人は、代理人弁護士を通じて、本HPの如何なる記述が大学の名誉や信用を毀損しているのか明らかにすること、閉鎖すべき具体的な根拠を尋ね、植木理事の回答次第で、HPの閉鎖を含め改善策を考慮する旨、回答しました。しかし、この間、そのような論拠は結局何一つ明らかにされず、調査中であることを繰り返されるばかりでした。そこで、フォーラムは、理由が明らかにされない以上、閉鎖することは出来ない、と回答しました。
以上の詳細は、本画面最下段の添付ファイルを参照して下さい。
(1)名誉教授の称号授与留保の経緯と問題点については「4月22日付 抗議および通告書」
(2)本HP「閉鎖」要望への回答は上記通告書および「3月27日付 回答と申し入れ」
(3)「監事要望書」の問題点と本フォーラムの基本的立場については「2月24日付 大学宛通告書」
(4)2009年4月22日付河北新報記事
Any reply comment on the inquiries about their experimental results for bulk metallic glasses is NOT GIVEN from both Dr. Akihisa Inoue and Dr. Tao Zhang at the end of March, 2009.
3. ナノ学会編集委員会から井上、張両氏に対して、公式の回答要請があった(高橋、大村両世話人の)公開質問は(同上添付ファイル:reference 3)をご覧下さい。
4. ナノ学会の両世話人宛てe-mail、および学会の井上、張氏に対する回答の公式要請は(同上添付ファイル:reference 4)をご覧下さい。
朝日新聞(2009年4月18日付) http://mytown.asahi.com/miyagi/news.php?k_id=04000000904170009
東北大学新聞(2009年4月16日付) http://www.ton-press.jp/mtt/archives/2009/04/post_697.html#more
をご覧下さい。
平成20年12月16日
(前東北大学大学院経済学研究科長・教育研究評議会評議員)
学内の教授有志が、この点を要望書及び質問書の形で、繰り返し大学の責任者に提出しましたが、本部責任者は一貫して、教育研究評議会などの大学の正規機関での議論を避ける一方、要望書に対しては、質問事項の内容に具体的に立ち入ることはいっさいせず、もっぱら「両報告書は正当であった」、ということを繰り返すばかりでした。
そのため、調査報告書公表後約1年を経てもなお、総長の名誉回復も、東北大学の研究の誇り回復も達成されているとは言えない状態です。これでは、「研究第一主義」、「世界のリーディングユニバーシティ」を標榜する本学としては、極めて残念な状況です。このため、自然発生的に集まった数人が意見交換などを継続してきましたが、10月末に東北大学の現状を憂いている学内の幾つかの部局に所属する教員、名誉教授など約20名との懇談を行いました。その結果を踏まえて、「井上総長の研究不正疑惑の解消を要望する会(フォーラム)」として、新たな活動をはじめました。下記3つの事項ならびに、フォーラムの共通理解について、紹介します。
なお、疑惑の核心部分について、総長自身がこれまで他の論文で説明している事実と異なる新たな説明を含む論文が、2008年9月号に発行されたことが判明しました。そこで、高橋・大村両教授は、新たな公式質問を、本年12月3日に、日本金属学会に、前回と同様 Letters to the Editorとして投稿されたことも、合わせて後紹介します(contents/参照)。
昨年(2007年)5月以降、井上明久東北大学総長が1990年代に日本金属学会の機関誌で公表した論文4点について、再現性の問題を中心にその内容に疑義があるとして、数次にわたり、匿名で告発がなされました。東北大学は、「匿名投書に関する対応・調査委員会」を設置しました。委員会は昨年12月25日付で、「井上総長に係る研究不正等の疑義に関する匿名投書への対応・調査報告書」(以下、「調査報告書」と略称、http://www.tohoku.ac.jp/japanese/press_release/pdf2007/20071228_2.pdf)を公表し、匿名告発書が問題にした井上総長の論文不正疑惑をしりぞけ、本調査に入る必要はないと結論づけました。さらに、約1ヶ月後、本年(2008年)1月31日付で「井上総長に係わる匿名投書への対応・調査委員会による報告書の公表後における関連研究と再現性について」(以下、「追加報告書」と略称、
私たちは、いくつかの点で、両報告書が(1)その核心部分において、本学が「研究を遂行する上での基本的なルールと心構え」として定式化・公表している『研究者の作法 ― 科学への愛と誇りをもって ― 』(http://www.bureau.tohoku.ac.jp/kenkyo/fb/FFPleaf.pdf)に合致しない箇所があること、(2)また井上総長の利害関係者と目される教授が「調査報告書」の専門家レビュー者に選任されていること、この二つの理由から、社会的説明責任を果たしていないのではないか、という結論に達しました。問題点を整理すると、以下のようになります。
(1)材料創製研究の再現性 1
『研究者の作法』では、「研究への誠実さ - 自分を欺かない - 」を説明して、「研究結果が『真理』として認められるためには『追試可能』であることが必要です」、と学術論文の生命線は『再現性』にあることを示しています。 これに対して、「調査報告書」では、「物質・材料の創製においては極めて多様な因子が関与し、溶融状態における組成の揺らぎは本質的に避けがたいものであることに加え、その製造過程に関与すると考えられる全ての関与因子を制御下におくことは現状では不可能である」ことが繰り返し強調され、バルク金属ガラス創製の研究では、追試が不可能であることを容認しているかのように読めます。
(2)材料創製研究の再現性 2
厳密に当時の素材、装置でなくとも科学的に同一と考えられる素材、装置を用いることは可能なはずです。該当する組成の溶融合金について冷却条件を同じにすれば、結果として得られるガラスの構造(原子の不規則な並び方)は、何度やっても「一定の同じ範囲」に収まるはずです。その結果、同じ特性が観測できるので、バルク金属ガラスも学術研究の対象になり得るということが一般常識のはずです。
(3) 追試(=再現性実証)の手法 1
「調査報告書」に添付された専門家のレビューで、弘津禎彦教授(当時大阪大学教授、現同大学名誉教授・(財)次世代金属・複合材料研究協会RIMCOF大阪大学研究室 特別研究員)は、総長グループによる2007年の論文(Materials Transaction, Vol. 48, No.12 (2007)3190-92)を引き合いに出し、この論文の「最新の作製技術」によって「優れた30mm径のバルク金属ガラスが得られていることが示されている」ことから「疑義が呈されたZr系バルク金属ガラス」の「再現性」が「確認されている」と説明しています。しかし研究者の研鑽によって材料創製法が改良されて素晴らしい方法が確立していくことと、再現性の実証実験は同一ではありません。
(4)追試(=再現性実証)の手法 2
「追加報告書」の「4つの論文に対する再現性の整理」という一覧表において、1993年論文、1995年論文、1996年論文の前提になっている作製装置について「現有装置無し」と明記され、追試に関する具体的な説明がないにも拘わらず、一覧表の「再現性」欄では、いずれの論文も「再現性有り」と記されています。この説明は全く理解できません。
(5)1993年の論文で用いた実験手法と得られた実験結果に関する異なる説明
同一論文について、2人の著者の説明が異なるという不自然なことが認められます。これはどのように考えればよいのでしょうか?
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著者 |
用いた実験方法 |
得られた合金試料の状態 |
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T. Zhang |
改良した水焼入れ法 |
ガラス相 |
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A. Inoue |
水焼入れ法 |
ガラス相+均質に分布した結晶相 |
追加報告書の2ページでは、「1993年の論文についての他者の再現性に係わる相違点を示し、詳細において手法が異なっている。改良した手法で直径16mmサイズのバルク金属ガラスの再現が可能である」と説明されています。詳細において手法が異なっているとは、説明が不備で読者が理解できなかったことを意味します。また、もし、「再現できた」と公言したいならば、少なくとも写真で提示した試料の評価を第三者に依頼し、1993 年の論文のFigure 3の結果と科学的に同等(結晶相に相当するピークが認められないブロ-ドなX線回折パターン)の結果を示すことが求められます。
(7) 金属ガラス研究史の整理
「調査報告書」には、「1990 年代前半ではアモルファス合金(金属ガラス)の定義が定まっておらず、結晶を含む場合もアモルファス(ガラス)に含めた」との説明があります。この点ついて、材料の専門家である理系教員有志は異なる見解、すなわち、1970 年代前半に種々の議論があったことは事実であるが、それも1970 年代後半には決着したというものです。また、井上総長ら自身も1990年の論文で、ガラス、ガラス+結晶、結晶を明瞭に区別して論文を書いている事実が確認できます。
(8) 1993年の直径16mmサイズの試料の位置づけ(もし「ガラス単相」でない場合)
PdやPt 以外の合金系(Zr65Al7.5Ni10Cu17.5 合金)で、しかも直径10mm以上の大きさで、バルク金属ガラスが得られるという結果が1993年に井上総長らによって報告され世界的な注目を集めました。外国人研究者から1996年以降になって、公表された組成の合金で実験した場合に、ガラス相は直径16mmのような大きなサイズではなく、直径1~4mm程度であるという「異なる実験結果」が報告されています。しかし、多数の研究者が異なる結果を報告しているにも拘わらず、井上総長らは、この点を何ら説明していません。もし、1993年の論文がガラス単相(あるいは限りなくガラス単相)ではなく「結晶が共存するガラス相」の結果を報告するものだったとすれば、この論文の学術的意味や位置づけが従来とは全く異なったものになることは明白です。
(9)DSC曲線
調査報告書では、「DSC曲線において3mmと5mmのサンプルの結果が殆ど同じである点」が「不可解」とされていることについて、「その曲線を詳細に見比べた場合、極めて類似した曲線ではあるが詳細においては同一ではなく、異なる曲線であると判断する」と説明しています。しかしオリジナルデータの確認なしで、このように判断することは、多くの実験研究に携わる研究者には理解し難い説明です。金属ガラスの物理現象としては、3mmと5mmのように試料サイズが違えば冷却され方が異なる。したがって、得られた試料の構造緩和量が違うので、通常は、この違いを反映したDSC曲線を得ることが一般常識です。
「調査報告書」の専門家レビュー者は、弘津禎彦教授で、井上総長の共同研究者であり、平成19年度は、井上総長を研究代表者とする文部科学省の特定領域研究「金属ガラスの材料科学」の研究分担者、NEDOの「革新的部材産業創出プログラム」では、弘津教授の研究室は、「再委託先」研究室となっています。
科研費等の公的研究資金の審査や、公的機関が行うさまざまな外部評価で、審査委員や評価委員として外部委員を選任する際、直接的な利害関係者を原則排除するのが、今日では一般常識になっているのではないでしょうか。
この要望書で、私たちは、社会的説明責任のあり方の指針を、『研究者の作法 ― 科学への愛と誇りをもって ― 』(東北大学研究推進審議会、参照)に求めました。『研究者の作法』は、日本学術会議や産業技術総合研究所、米国科学アカデミー等での議論や先行研究を踏まえて、研究のミスコンダクトを防ぐために、東北大学で「研究を遂行する上での基本的なルールと心構え」を定式化していて、東北大学全学の教職員、院生・学生が等しく準拠すべき研究上の指針として、広く学内に配付され周知されています。
『研究者の作法』閲覧サイト:http://www.bureau.tohoku.ac.jp/kenkyo/fb/FFPleaf.pdf
要望書で書きましたが、『研究者の作法』では、「研究への誠実さ - 自分を欺かない」を説明して、「研究結果が『真理』として認められるためには『追試可能』であることが必要です」、と明記されています。ここでいう「追試」が、当該の研究成果を得た手法による「追試」を意味することは明白です。この説明に続けて、「日々の研究の詳細をラボノートに記載しましょう。第3者が再現できる正確さ、詳細さが求められます。自分の思考を整理、確認するためにも重要です」、と記されているからです。
このように、『研究者の作法』では、論文の再現性の検証は、あくまで当該論文の前提になっている実験設備や手法によって行われるものとされています。これに対して、上記「調査報告書」および「追加報告書」は、いずれも、この検証では、当該論文の前提になっている実験設備や手法にはとらわれる必要はない、としていました。要望書は、両報告書に内在する最大の問題点をここにある、と考えました。
要望書を提出後、私たちは、両報告書の立場を支持する見解に接することになりました。そこでは、「論争すべき本質は用いた製法でも特殊な技法・熟練度でもなく、いかなる手法であれ当該論文で報告された合金組成・寸法でバルク金属ガラスが生成できるか否か」(櫻井利夫「黎明期のバルク金属ガラスに関する学術論文に対する匿名告発についての私見」、平成20年2月6日、私信)にある、とされていました。こうした『研究者の作法』と抵触するような見地が、金属ガラスの専門家にも一般的であるのかどうか、同じことですが、最先端の研究では、分野次第で『研究者の作法』は無視して良いものなのかどうかが、たいへん気になりました。
そこで私たちは、物質・材料研究の専門家に対して、『研究者の作法』の追試=再現性の記述
の妥当性について意見を聴取しました。結果は、以下3点に要約でき、私たちが納得できる内容のものでした。
(1)
既掲の「論争すべき本質は用いた製法でも特殊な技法・熟練度でもなく、いかなる手法であれ当該論文で報告された合金組成・寸法でバルク金属ガラスが生成できるか否か」という見解、これは、言い換えれば、「ガラスのような非平衡物質(準安定)の研究は、再現性がなくともよい」と述べているに等しい。確かに、ガラス構造の特徴=「原子の不規則な並び方」が、厳密には常に同じになるとは限らないという主張そのものは、誤りではない。しかし、金属ガラスを含む、全てのガラスに関する論文として公表された結果は、そこに書いてある条件で実験すれば、少なくとも実験誤差範囲内で、同一結果を得ることが「常識」である。これは、ガラスという非平衡状態を研究対象にしている関連分野の研究者の共通理解で、この常識によってガラスの研究が成立していると言うべきである。
(2)
溶融合金の冷却方法、例えば冷却を開始する温度、冷却手段等の条件を一定にすれば、結果として得られるガラスの構造(原子の不規則な並び方)は、何度やっても「同じ範囲」に収まる。だから、同じ特性(例:電気的・磁気的性質が実験誤差の範囲で同じ値)が現れる。だから、材料として使えるし、非平衡物質(準安定)であるガラスも学術研究として成立している。もし、同じ特性が確認できないようでは、ガラスは科学、特に物質・材料研究の対象にならない。ガラスの研究は活発に行われているが、それは実験結果が追試できることに基づいている。
(3)
「ものづくり」としては、何回かに1回しかできない場合もあり、それでも目的の試料(製品)が必要という工学的要請、科学的興味から重要という場合もありうる。そのような場合、例えば100回に1回しか目的の試料(製品)が得られないとき、「歩留まり1%」と表す。このように追試が容易でない実験結果でも、研究者が重要と判断して公表することを誰も禁じていない。ただし、この場合、例えば「採用した実験方法の歩留まりOO%である」ことを同時に公表するのが普通である。この歩留まり情報が付記されてさえいれば、再現性が必ずしも十分でない結果でも「違和感」を感じる研究者はいない。なぜなら、これは研究者の常識の範囲だからである。
私たちは、自らの研究成果を過大、過小評価せず、適切な位置づけを示すことが重要だと思います。公表した論文内容について、追試した他人が異なる結果を公表した場合、自らの公表結果に間違いがあれば、直ちに訂正することが研究者責任だと考えます。これらのことも、東北大学の『研究者の作法』に書かれていることです。