原爆症認定集団訴訟で原告側が勝訴した東京高裁判決について、舛添要一厚生労働相が9日の記者会見で上告見送りを表明した。一連の訴訟では全国17地裁に約300人が提訴し、国側は高裁段階も含めて18連敗となっている。裁判は、高齢化した被爆者にとっては大変な負担であり、苦しめることになる。上告断念は当然だ。
原爆症認定をめぐっては、広島と長崎の被爆者が原爆の放射線が原因で病気になったと主張するのに対し、疾病と被爆には関連がないなどとして認定されないケースが相次ぎ、2003年以降に各地で集団訴訟が起こされた。国敗訴が続いたことから厚生労働省は昨年4月、爆心地から3・5キロ以内での被爆などで、がんや白血病など5疾病になった場合は積極的に認定する新たな基準を導入した。しかし、東京高裁判決は新基準の対象外だった肝硬変(肝機能障害)と甲状腺機能低下症の原告も救済した。
上告断念によって「積極認定」の基準に2疾病が加わる公算となった。今月下旬に厚労省で開かれる専門家による分科会の審議を経て新基準が見直される予定だ。
だが、2疾病の追加だけでは十分といえまい。東京高裁判決は、新基準は残留放射線の評価手法などで問題があり「適格性を欠く」と批判した。国の基準について「被爆者援護法の国家補償的性格や被爆者の高齢化に留意するべきだ」とも述べた。
判決が強調するのは、疾病と被爆との関連を機械的に判断すべきでないとしたことだ。原爆の投下によって、放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、国の責任で総合的な援護対策を講じるとうたった援護法の精神にのっとっての幅広い救済を求めたといえよう。
原爆による人体への影響は、いまだに解明ができたとはいえないとされる。因果関係がはっきりしないからといって苦しむ人たちを切り捨てることは許されない。唯一の被爆国として、原爆の恐ろしさを訴えるためにも被爆者の健康被害と真剣に向き合う必要がある。
被爆者の高齢化を考えれば、全国の訴訟の一括解決を図ることが重要だ。河村建夫官房長官は記者会見で「どういう方法があるか、できるだけ早く結論を導き出すよう努力したい」と語った。被爆者だけでなく、司法からも厳しい批判を受け続けた被爆者対策の充実を、政治決断で急がなければならない。
長時間勤務や成果主義など厳しい労働環境が、また浮き彫りになった。厚生労働省がまとめた2008年度の労災認定状況によると、過労が原因でうつ病などの心の病にかかり、労災認定された人が過去最悪の269人に上った。
年代別の内訳は30代が28%、20代と40代がともに26%だった。職種別では専門技術職が26%で最も多かった。技術系の若年層が仕事上のストレスを強く受けていることがうかがえる。このうち、未遂を含む自殺に認定されたのは66人で、過去2番目に多かった。
心の病にかかった人が、労働基準監督署へ労災申請するには、家族や会社の十分な協力が欠かせず、申請から認定に至るのは氷山の一角とされる。08年度の精神疾患の労災申請は927人だが、実態はもっと多いに違いない。また、当初は労災と認められず、審査請求などで逆転認定されたケースが22人あった。労基署の体制整備も重要な課題となろう。
一方、脳・心臓疾患の労災認定者数は377人で、このうち過労死と認定されたのは158人だった。02年度の160人に次いで多かった。認定された人の年代別は50代が38%、40代が31%の順で、精神疾患に比べ、年齢層が高かった。
厚労省は正社員と非正社員別のデータを取っていないが、正社員並みに厳しい仕事を課される非正社員にも近年、過労死や過労自殺が広がっているという。昨秋以来の経済不況の深刻化による労働環境の一段の悪化も影響していよう。
特にうつ病については、専門家による原因究明や治療法の研究が急務という。企業、家庭、地域など社会全体で心の病に向き合い、理解を深めていくことが必要だ。
(2009年6月10日掲載)