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記者の目:3児死亡事故 危険運転罪に基準示せ=和田武士

 福岡市東区で06年8月に起きた3児交通死亡事故の福岡高裁判決(5月15日)は、今後の課題を浮き彫りにしたと思う。元福岡市職員、今林大(ふとし)被告(24)への判決は、業務上過失致死傷罪などを適用した1審・福岡地裁の懲役7年6月の倍以上の懲役20年(求刑・懲役25年)。1審からの争点だった危険運転致死傷罪の成立を認めたためだった。私は二つの判決の「差」に違和感を覚える。明確な適用基準が定まっていない危険運転罪のうち「致死罪」が、裁判員制度の対象事件となるからだ。今林被告側は上告した。制度の趣旨を生かすためにも最高裁は、危険運転罪の適用に明確な基準を示してほしい。

 判決朗読中、陶山博生(すやまひろお)裁判長は時折顔を上げ、傍聴席最前列に遺影を抱いて座った3児の両親、大上哲央(おおがみあきお)さん(36)とかおりさん(32)夫妻に視線を向けた。「経緯・動機に酌むべき点もない」「結果は誠に重大」。1審同様に今林被告への厳しい指摘が続いた。事故原因については、1審が認定した脇見による過失を否定し、危険運転致死傷罪の故意を認定した。

 閉廷後の会見でかおりさんは「悪質性がきちんと裁かれたと胸にこみ上げるものがあった」と語った。その姿に、「裁判官次第で懲役6年から18年に変わることに驚いた」という、愛知県春日井市での信号無視による6人死傷事故(06年2月)の遺族の話を思い出した。

3児死亡事故同様、1、2審で業過致死傷と危険運転罪に割れ、最高裁は2日付で被告側の上告を棄却した。「驚いた」という言葉には揺れた司法判断への疑念と苦悩がにじむ。1審が裁判員裁判だったら、より深いものになったかもしれない。

 飲酒運転による事故で危険運転罪を適用するには「アルコールの影響で道路や交通状況などに応じた運転操作が困難な状態だった」との証明が必要だ。この状態について明確な基準はない。客観証拠が乏しい3児死亡事故では「酔いの程度」を巡って検察、弁護側双方が激しく争った。

 1審は、飲酒検知で呼気1リットルあたりのアルコール量が0.25ミリグラムで「酒気帯び」とされたことなどから、同罪成立を否定。事故原因を長時間の脇見運転と認定した。

 「0.25が(危険運転罪の成立には)弱い」。1審判決後、検察幹部のぼやきを何度も耳にした。ところが高裁は、新たに検察側がDVD画像を使って立証した、事故現場・海の中道大橋の道路形状に着目。傾斜のため左に流され長時間の脇見は不可能とし、飲酒量や当時の言動・行動を重視。「前方注視に必要な視覚探索能力が低下し、状況に応じた運転操作ができなかった」と断定した。

 飲酒運転や、その前後の状況など、争いのない事実のどこを重視するかで、地裁と高裁はまったく異なる結論を導き出したわけだ。

 「飲酒運転をし、3人の子供の命を奪ったんだから20年くらい当たり前」。判決後、知人は「それが市民感覚」と言わんばかりに話した。こうしたことから、ある専門家は「裁判員裁判は感情裁判への移行。(応報感情と相まって)危険運転罪が拡大解釈される可能性がある」と危惧(きぐ)する。

 しかし、私はむしろ反対ではないかと考えている。裁判員候補者に選ばれた40代男性の話を紹介したい。

 男性は、二つの判決を比べ「1審判決は感情的に納得できない」と言う。ただ「なぜ1審がそうなったのか分からないから、2審判決に世間がほっとしている雰囲気は不自然に思う」とも話す。そして懸念を隠さない。「裁判員裁判で、素人は被告が悪いことをやったかそうでないかを考えるだけで精いっぱい。まして、どうにでも解釈できる法律だったら、気付かないうちに裁判官の解釈に誘導されるのではないか」

 プロでも解釈が分かれる法律で議論しても、市民感覚を反映させるどころか、裁判官に同調するだけで終わってしまいかねない--というわけだ。これでは何のための裁判員制度か分からないし、悪質運転厳罰化の世論の後押しを受けて創設されたはずの危険運転罪を、市民自らが葬り去るに等しい。

 危険運転罪創設にかかわった法務・検察幹部は「立証が難しいからといって条件を緩やかにすることは、刑法の根幹の問題にかかわる」と話し、法改正は困難との見方だ。ならば、司法に期待するよりほかない。その意味でも、最高裁は何らかの分かりやすい基準を示してほしい。

 立法経緯を思えば、被害者感情も適正に酌み取る法律であるべきだ。何より、裁判員裁判を、市民感覚を健全に反映し、被告の「公正な裁判を受ける権利」をも保障する、誰もが納得できる制度に成熟させることにつながるのではないか。

毎日新聞 2009年6月9日 0時04分

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