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悲鳴が漏れる管理・警備業界の裏側
松平純昭
多くの中高年者が働く管理・警備業界から悲鳴が漏れてくる――。長い〈平成不況〉にもめげずに伸びてきた業界は、1兆円産業といわれてからこの10年足らずの間に3兆円産業にまでの驚異的な成長を遂げた。一握りの大手のほかは全国に3000社とも、1万社とも数えられている零細企業の集まる業界ながら、さらなる発展が見込まれる地味な有望産業の1つである。そんな中からの悲鳴とは?―― 業界を支えている人達のうち、中高年者の平均年齢は60歳を超えている。彼らの職場は小さな古ビルが多く、環境は極めて劣悪である。儲けに徹する中小の管理会社は、改善しようともしない。 また、大手の警備会社では、中高年者が嫌う交通整理を担当させるために、まやかしの採用方法を堂々と展開している。それも、大手新聞の求人広告を使ってである。 暗いベールに包まれた業界の隙間からの悲鳴は、なんと、驚異的な発展の影で〈使い捨ての100円ライター〉と称されている中高年たちの悲痛な叫びだったのである。 悲鳴の主の1人、高原清(本人の希望で仮名・65歳)は、2年間に3カ所のビルの管理・警備員として働いた。いずれも大手の新聞掲載の求人広告を見ての応募だった。悲鳴の原因を探るために高原の実体験話から、採用―勤務―退職の様子を順次ありのままに公開しよう。そこから管理・警備業界の裏側が一部なりとも透けて見え、管理・警備員たちの悲鳴の理由(わけ)も判明するだろう。 高原が新聞の求人広告を見て高栄警備会社(本社・新宿)に履歴書を送ったのは4年前の11月であった。季節はすでに晩秋だった。 反応無しに不合格かと諦めていた1週間後に「採用内定」の通知書を受け取り驚いた。「とにかく顔を出してみよう」と、内定書に記載されている日時に必要書類を整えて、同社の新宿本社へ赴いた。 道すがら履歴書だけの審査で採用内定に首をかしげた。が、高栄警備は業界では大手と聞いていたのと、着くなり「これから面接」と聞いて少し納得しながらも、再び首をかしげてしまった。「これから面接では、採用内定の意味が不明」と思ったからだった。 案の定、面接とは名ばかり。持参を要請されていた住民登録書と戸籍謄本などの確認だけで、全員(28人)が書類審査合格と言われて(ウン?)であった。「内定とは何だった?」であった。 そして、研修受講修了と健康診断に合格しない限り採用決定とはならないと知らされ、また(ウン?)であった。「そうか、最初に郵送されてきた『採用内定書』は、人集めの手だったのか」と判明して、はなからうさん臭い嫌なものを感じたのだった。 すぐに本社ビル内で警備業法による4日間(日当4000円也)の研修開始であった。こうなったら受講せざるを得ないと思った高原が注目したのは、研修の内容だった。 午前中のごく初歩的な刑事訴訟法や憲法概論などは、まだよかった。平均年齢60歳の男達28人は、午後の実地研修で音を上げた。高原の胸中には、(なんだ、この訓練は?)の疑念が渦巻いた。 というのも、実地研修は、敬礼の仕方と大声での上司に対する報告の訓練に終始したからだった。それも、敬礼の仕方では、手の動きに始まって手の角度、指の伸ばし方まで何回もやらされた。これを1時間も続けさせられたから、うんざりであった。 その後の口頭による報告の訓練には、さらに不満が募った。 習ったばかりの敬礼の後で「○○警備員、ただいま巡回警備を終わりました。異常なしであります」のごく簡単なものだ。が、順番にやらされた揚げ句に、全員がやり直しだった。 理由は、ただ「声が小さい」からだけであった。「手本を見せるから、よく聞いておくように」という教官の指示で、若い警備士がやってくれた。これには、みんなはびっくり仰天した。 その声の大きいこと。小柄な体のどこから、そんな大声が出るのかと、あきれてしまった。声は室内に響きわたり、その反響もあって鼓膜が破れそうであった。思わず耳に手をやった。 「いいかね。これくらいの声は出して当たり前。何も遠慮することはない」に、誰もがダーだった。 とは言っても、やらないわけにはいかない。頭の禿げたのや白髪の男達は精一杯の声を張り上げたが、簡単にはOKは出なかった。「もっと声を出して――やり直し」の連続だった。これは疲れる。 1時間後に休憩となった際に「こんなのバカらしくてやっておれない」と、3人が採用内定を辞退して帰っていった。 2日目の午後の研修は「回れ右」の訓練だった。回れ右など、ついぞやったことのない高齢者たちは、大半がよろけた。当然、やり直しの連続だった。ゴルフで足腰を鍛えてある高原は、どうにか3回目で「よし」となったが、これも1時間以上にわたって連続してやり続けたら、足も腰もおかしくなる。 「休憩中も練習するように」という厳つい顔の教官は、警察官か自衛隊員出身者のようだった。金ピカの襟章の付いた制服に威厳がある。怖いくらいである。 「すみません。回れ右を教えてもらえますか」 細身の弱々しい感じの人物が、高原に声を掛けてきた。 「いいですよ。ただ、みなさん、緊張のし過ぎじゃぁありませんか。気楽にクルクルっとやってみては…」 そんな高原のアドバイスが効いたのか、安岡と名乗ったその人物は、「あれっーできた」と、びっくりしたような声と顔でほほ笑んだ。そして、「なんですかねぇ。62歳にもなっているのに、あの怖い顔に見つめられると体が硬直しましてね」と、苦笑した。 なんとか2日目も終了に近付いた時刻に、怖い教官が言った。 「きょうから帰宅の際に、1階の事務所で各人が挨拶していくように。それは…」と、また若い大声の警備士に手本をやらせた。 「研修中の○○であります。お陰様で今日の研修を終えました。ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」 これには一同が(エッ、どんな意味が?)と、顔を見合わせた。 「大きな声でやってもらいます。いいですね」 やむを得ず1階のドアに行列を作って、いい年をした男達が1人ずつ直立不動で大声の挨拶を続けた。ところが、驚いたことに、事務所の社員達は、挨拶の度に全員が立ち上がって言葉を返してきた。 「お疲れ様でした。明日も頑張って下さい」 声を合わせての返答に、みんなは呆然とした。(この会社はどうなっているのだ――。あれじゃぁ、仕事にならないだろう)だった。 この一同の疑念をくみ取ったかのような動きをする人物が現れた。見事な口髭の彼は、先頭に立って挨拶した後に列の景後に戻った。なんと3回もやってのけたのである。これにも一同は唖然とした。 そして翌日から、この口髭男は姿を消した。高原に回れ右の教えを請うた安岡もだった。 「彼は、教官から口髭を剃るように言われたようだよ」とのことで、精一杯の反抗として、わざと退勤の挨拶を3回もやってのけたようだった。安岡は、回れ右の特訓に嫌気がしたとみられた。 ★ 「なに、健康診断料は我々の自己負担? 阿漕だね、会社は――」 「だよ。採用判断のためなのに、個人負担とは…」 8000円の診断料の負担は、老齢者達には痛い。しかし、採用後の定着率を考えると、受診者側の負担にしてもらわなけれぱ――と言うのが会社の言い分だった。すべて、会社ぺースだった。 確かに、採用後に各職場に配属された老警備員達の定着率は悪いとのデータがある。体調不良をトップに、仕事に不満、職場になじめないなどの理由から、次々と脱落していく。やむを得ず会社は新聞への求人広告を出しては補充を繰り返す。その費用はバカにならない。せめて、健康診断料は応募者の負担に――となったようである。 納得しない研修生側は、小池という白髪の人物ら3人を中心にして、この件での団体交渉が行われた。が、会社は「自己負担」の方針を頑として変えなかった。そして、3人も研修最終日には消えた。 「採用係に個別に呼ばれていたぞ。内定取り消しを通告されたのでは…」の噂が流れた。真偽は不明だったが、解雇のようだった。 研修最終日は社長から辞令が交付されるとかで、その返礼挨拶の練習に終始した。(またか…)と、みんなは舌打ちしながら続けた。 「ただいま、警備士補の辞令を受けた○○であります。研修で学んだ事柄を守り、仕事に励みます」――そんな答礼語が並んでいた。そして、敬礼、回れ右を加えた辞令交付のための練習が続いた。4日間の午後の実地研修は、すべて社長出席の辞令交付という儀式のために過ぎなかったのだった。とんだ実地研修であった。 高原は辞令書を見ながら4日間の研修で誕生した即席の「警備士補」には嗤ってしまった。その間に、各人の配属先が告げられた。 高原は他の2人と共に自宅の近く(埼玉県S市)の大型スーパーD店だった。制服の貸与が始まり、各人の申告サイズにしたがって試着をさせられた。なんと、いずれも中古の制服だった。 帰路、高原らは明日からの仕事場となるDスーパーを下見した。制帽をはじめ制服一式を詰めた大きな紙袋を提げた60歳過ぎの3人の姿は、なんとも滑稽であった。高原には、そう思えた。 「どうです。9時出勤だけど(店の開店は牛前10時)、初日ですから8時半に集まって一緒に初出勤としませんか」 大森隆の提案に高原らは賛成した。もう1人の安田洋一が言った。 「いきなり、『敬礼――。配属となった新人です』――と、大声での挨拶をやってみませんか」に、高原らは笑って応じた。 ★ 翌朝、約東の定刻より10分も前に落ち合った3人は、スーパー裏口の警備室のドアをノックした。若い制服の警備員がドアを開けた。一斉に約東の大声挨拶をしようとした、その瞬間だった。 いきなり「新人かね。今、何時だと思っているのだ」の大声の罵声を浴びせられた。完全に機先を制された。彼の罵声は続いた。 「仕事始めの30分前には制服への着替えを済ませて、待機しているのが原則だろう。教えられてこなかったのか――」 キョトンとした3人は、言葉もなかった。さらに続けようとする彼をようやく制したのは、高原だった。 「待って下さいよ。そんな指示は受けてません。それに、今は8時25分。仕事始めの35分も前です。ご存じかどうか、今年の初めに最高裁から、仕事着の着脱時間も勤務時間とする――の決定が出ているはずですよ。お言葉は、それに反しませんか」 わざと、低音での反論だった。大声より低い声の方が、意外と効果があるものだ。 「ウン?――」と、考える表情になった彼は「まあいい、早く2階の控え室で着替えをして下さい」と言って、ドアを閉めてしまった。 息子と同年輩と思われる彼は、この職場警備長・長井朗だった。 スーパー店の営業時間は延長に次ぐ延長で、午後9時までにもなっている。当然、警備員の勤務時間も長くなる。警備長のいう通りなら、実に13時間以上のオーバータイム勤務となるのだった。 初日とあって、店内の諸設傭の説明と巡回の訓練が続いた。仕事自体は異変がなければ楽なものだった。それより、長い勤務時間には欠伸が出て困ったほどだった。眠気覚ましに大声での報告をと思ったが、そんな大声はまったく必要はなかった。3人の先輩警備員は、誰も普通の音量での報告であった。回れ右も不要だった。 「研修での大声訓練は、辞令交付の際の社長に対するオベンチャラのためだったんだよな。教官たちのね…」 昼休みに高原ら新人3人は、研修を思い出してもゾッとするといった感じの顔で、そんな話をして苦笑し合った。 勤務終了は牛後9時半。閉店後の巡回を終えて互いに異常なしを報告し合った頃は、そんな時間になっていた。長い勤務だった。 「これで本日の勤務を終わります。それで、新人の3人さん…」 長井警備長の顔が3人に向けられた。嫌な感じが襲った瞬間だった。やはり、高原の予感は的中した。 「明日からの土・日曜日は、スーパーの特売日ですから、3人は交通整理の担当となります。他店からの警備員の応援もあります。本社から佐藤靖次長がきて指揮します。頑張って下さい」 高原ら新人3人は驚いてしまった。 「ま、待って下さいよ。交通整理は本当ですか。研修の4日間を通じて、交通整理はやってはならない。車の駐車場への誘導さえも禁じられました。事故の発生を防ぐため――とのことでした。警備長の指示は間違いではありませんか」 高原は、ゆっくりと低い声で質問した。 「間違いではありません。先週の週末にもやりました。店周辺の交通混乱で周辺住民から苦情が出ましたのでね」 「しかし、我々は研修で禁じられたことをやるわけにはいきません。それに、私は車の免許もなく、交通整理の経験もありません。当然ながら、研修ではそんな訓練もありませんでした。大変恐縮ですが、本社に問い合わせてもらえませんか」 「この時間では無理だ。それより、私の指示を守って欲しい」 長井警備長は、そこまで言って、高原の要望を拒否した。 「では、明日の朝、私から、佐藤次長に訊いてみます」 最後にきて胸の晴れない初日の勤務となってしまった。交通整理禁止は、間違いなく何度も午前中の講義の中で繰り返し言われた。それで、高原としては安堵していたのである。4日間の研修に耐えられたのも、それが最大の支えだったからでもあった。 外に出ると、どんよりと曇った空に北風が吹くこの季節にしては寒い夜だった。自転車の前籠の中で空の弁当箱がカラコロと鳴った。 「なんだって、急に交通整理とは…。おかしいじゃぁないか」 怒りの治まらない高原のペダルを踏む足に力がこもった。不満と怒りが、しぜんと力走となった。また、弁当箱が泣いた。 ★ 「警備員の仕事の一つには、交通整理も入っている。こうして他店からの警備員も応援にきてくれている。お客さんあっての我々の仕事はある。お客さんの要望には応えなければならない」 翌朝、高原の問いに指揮官の佐藤次長の返答だった。彼の言うお客さんとは、一般の客を指しているのではなかった。高栄警備会社と警備の契約を結んでいるスーパー側のことだった。 「しかし、私は交通整理の経験がありません。事故が起きても責任は負えません。この点を明確に申し上げておきます」 高原の担当は大通りからスーパーの駐車場へ入る入り口の地点だった。うむを言わせず、制服の上に蛍光塗料が塗ってあるメッシュのベストを着せられ、手には赤灯の付く整理棒を持たされた。 さすがに心配なのか、佐藤次長は高原のそぱを離れなかった。 「いいかね。方向指示を出して入ってくる車に棒を振って誘導するのだ。その際に『いらっしゃいませ』を大声で言ってもらいます」 開店の少し前から、続々と車がやってきた。 「そらそら、棒を振って――。いらっしゃいませーだろう。忘れるな」 整理棒は意外と重い。懸命に振っているうちに手が疲れてきた。 「ほらっ、右折で入ってくるのもあるんだ。声が小さい――。何回注意されれば覚えるのだ」 寒さに弱い高原は、ゴルフ用の防寒着を下に着込んできたせいもあったが、もう汗だくだった。白手袋の下も汗が滲んでいる。 1時間やって10分間の休憩で持ち場を変える。 「なんだって、こんなに早くから大勢がスーパーへ来るんだ」 絶え間ない車の進入に、高原は腹が立ってきた。 「ほらっ、ぼやぼやしてると、事故だぞ」 少し目をはずすと、入り口で右折と左折の車がダンゴになった。疲れて座り込みたくなった。声も嗄れた。ようやく休憩がきた。 ★ 控え室に入ると、休憩中の仲間が苦笑で高原を眺めた。 「本当に交通整理は初めてのようだね」 初対面の前歯の抜けた白髪の男が、人懐こい顔で話しかけてきた。彼は、高原のぎこちない様子を見ていたようだった。 「ですよ。もう、くたくた。これは、約束違反ですな」 椅子になだれ込むようにして座った高原は、恥も外聞もなかった。溜め息をつきながら、ぼやいた。 「約束違反? いや、これは完全なサギそのものだよ。お宅の言う通り、我々も研修では、交通整理は禁止だった。それを採用になった途端に、無理やりやらせる。完全なサギでなくて、なんだよー」 「お宅はどこから?」 「新宿のデパート担当のはずなんだが、この1カ月間は応援の交通整理ばかり。先週は、千葉のパチンコ店の開店での交通整理だった。午前5時起きでないと間に合わない。もう、辞めたいよ」 「こんな会社とは思わなかったね。私も辞めたくなったですよ」 「それが…、会社はね。いくら辞められても痛くも痒くもないんだな。我々はね、使い捨ての100円ライターでね。新聞の求人広告で幾らでも集められる。大手の新聞社も、この実態を調べてから広告を許すべきだよ。警備会社なんて高齢者をいいように使い捨てにしてるのだからね。これ、どこに訴えたらいいのかね…」 「どうして、こんなサギみたいな扱いをするのですかね」 「当たり前でしょうが…。広告や採用前に交通整理やらせると公表したら、応募者が少ないからだよ。だから、研修ではわざと高齢者が喜ぶような『交通整理禁止』。『屋外での警備なし』を強調しているわけさ。してよ、採用してしまえぱ、会社のやりたい放題さ。だから、俺はサギだって言うんだよ」 こんな話の間に、休憩時間終了は迫ってきた。 「なるほど。履歴書だけで採用内定にして、法に定められた形だけの研修をやる。残った男達を本採用として、有無を言わせずに交通整理をやらせる…手だったのか。警備会社にとって、交通整理は儲けになるんだ」 今度は駐車場からの出口となる地点の担当である。駆け足でその地点に向かいながら、高原は独り呟いた。 この日の曇天のように、高原の胸の内は一段と重く曇っていた。 「これで、高栄警備会社の姑息な高齢者採用の実態を掴んだぞ。これは許せない。100円ライターにも五分の魂はあるんだ…」 やっときた昼休みに決断した。高原は昼食抜きで書き込んだ「退職通告書」をスーパーの有料ファックスを使って、高栄警備会社の本社へ送った。 添付した退職理由は次の通りだった。 先の研修で何回も講師から告げられた『交通整理禁止』とはまったく逆で、強制的に交通整理をやらせられたのは納得がいきません。明らかに雇用契約違反です。少なくとも約束に反しています。 勤務途中の離脱は不本意ながら、抗議の意味を込めての退職とさせていただきます。 応援警備員の証言では、御社は採用直後の警備員を動員して恒常的に交通整理をやらせていることが判明しました。つまり、この交通整理は臨時緊急のやむを得ない交通渋滞への対応でないのは、明らかです。我々は計画的な交通要員としての採用でした。 大手新聞の求人広告を使い、姑息なごまかしの雇用条件で高齢者を誘って採用し、有無を言わせずに自ら禁止を強調したはずの交通整理をやらせるのは、企業倫理にもとるものです。許せません。 御社の納得のいく説明を求めます。 その後に制服を着替え、長井警備長と佐藤次長に退職の挨拶をした高原は、たった1日半の警備員生活に別れを告げた。 2人は、何も言わずに、呆然としていたのが印象的だった。 ★ 高栄警備会社からは高原の質問に何の反応もなかった。ただ、クリーニングした制服、制帽の返還を受けた旨と研修の日当、交通費などを振り込んだという事務的な書面が届いただけだった。 そして、驚いたのは振り込まれた金額だった。なんと、口座には「18万円也」が入金されていた。 「なんだ。この金額は? 間違いだろう」 すぐに問い合わせたが、電話に出た経理担当の女性は「間違いではありません。その様な出金伝票が上から回ってきまして、その通りに振り込みました。どうぞ、受領下さい」との返事だった。 「間違いではない? では、どんな計算なんだ。ざっとだが、1カ月分の給料に相当するではないか――」 電話を終えた高原は、そう眩いて何度も首をかしげた。 「間違いでないなら、このカネの意味はなんだ? もしかして…」 あれこれ考えた揚げ句の高原なりの結論は、ひょっとして「詫び料」か、それとも「口止め料」か――であった。 そう結論付けると、一層腹が立ってきた。怒りが募った。 それから3カ月後、高原は近くを通ったついでにスーパーD店の警備室を覗いてみた。同期の2人の姿が見られない。 居合わせた警備員に聞いてみた。 なんと、一緒に採用された2人もすでに退職していた。 (ああー、なんと言うことか。老齢100円ライターの寿命は、3カ月ともたないのか…)が、高原の悲しい結論だった。 再び、「許せない」が、胸中に渦巻いた。 ◆ ――高原が「退職通告」をファックスで送った翌日の日曜日、高原からの連絡で、筆者はスーパーD店へ行ってみた。 高原の話の通りであった。駐車場担当も含めて十数人の警備員が開店前から周囲の路上の交通整理に当たっていた。 制帽・制服姿だけに遠目には年齢は不詳ながら、近付けば制帽の脇からはみ出た白髪が高原と同年代の人達と判った。 駐車場担当の1人に訊いてみた。 「応援部隊ですって?」の質問に一瞬怪訝な顔をした彼は、苦笑の顔に変えて「所沢からですよ」と、答えてくれた。 「大変ですね」と相槌を打ち、それが自宅なのか、勤務先なのかを訊こうとした瞬間、「おーい、そこ。誘導だ」の声が飛んできた。 どうやら、声の主は、高原の言う「怖い指揮官」のようだった。 改めて警備室に赴いて取材を申し込んだが、拒否された。高栄警備会社への電話での取材申し入れも断られた。 牛後8時過ぎ、再びスーパーD店へ。まだ営業中とあって、こうこうとした明りがともる店内。これに比べて街灯以外は明りのない暗闇の道端に警備員たちは立っていた。しきりと、彼らは足踏みをしている。「おお、寒いー」の声が聞こえた。 さすがに、この時間になると車の数も少ない。動かなければ寒い。北風の晩秋の夜は気温の低下が急だ。アミ目のベストの下は、長袖ながら上着なしの夏用の制服姿であった。高原が防寒にゴルフ用の下着を付けたというのも頷けた。当然、ズボンも薄い夏用である。 ピーッの笛が鳴って「全員集合」の声が掛かった。 「本日の交通警備は、これで終了とします」の声が聞こえた。 足早やに警備室へ向かう群れから遅れて歩く1人をつかまえた。 「お疲れの様子ですが、こんな遅くまで警備員が交通整理とは…」 「はい。交通整理が無しと言うので、他の警備会社から移ってきたのですが、同じでしたね。老齢警備員には交通整理をさせるのが、警備会社の手なんですね。会社を信用したのは甘かったですよ」 夜目にもはっきりとわかる白い歯が、悲しい苦笑の印だった。 「約東違反を平気でやる会社へみんなで抗議したらどうですか」 「無理ですね。仕事があるだけいい――という人もいますから…」 「それが、警備会社の思うツボですかね。建築現場などの交通整理専門の警備員なら、日当は高いですからね」 「日当は安くても、交通整理無しなら――の考えは裏切られました」 ここでも、高原の証言は完全に裏付けられた。それにしても、高原に振り込まれた「18万円」のカネの意味は何か。大手の1つ高栄警備会社が自らの欺瞞を認め、隠蔽しようとするためのカネとするなら、警備業界は〈闇の世界〉だ。今も高栄警備会社の求人広告(年齢制限に変化あり)は、頻繁に大手新聞に掲載されている。 ◇◆◇◆ 東京・銀座の4丁目。地下鉄から地上に出た1人の男が、メモの紙片を見つめながら歩き出した。Mデパートの横の路地に入って立ち止まった。「このへんのはずだが…」の呟きを漏らして、再び紙片を見っめた。うららかな陽気の3月下旬のことだった。 「これかな。このあたりで4階建てビルといったら、これくらいだが…。それにしても、相当な荒れビルだぞ」 周りのビルに囲まれた当のビルは、屋上から流れる雨水の茶色の跡が何本もの筋になって地図を描いている。窓という窓は灰色の樹脂板がはめ込まれているが、窓枠自体が錆び付いて変形しているために、樹脂板が外れそうになっているのもある。その隙間からハトが飛び立った。これが目指す「ニュー銀座第一ビル」だった。 「凄げぇな。まるでお化けビルだ。こんなのが銀座にあるのか」 〈お化けビル〉の側面に沿って歩くと四つ角で、その左が玄関。 (ウン?!)と、男は今時は珍しい片方だけが開いている玄関の観音開きのドアから中を覗いた。(ウン?)は、漂ってきた匂いだった。昔懐かしい田舎にあった肥溜めのあれである。 (ウン? ――昭和28年?…)――玄関脇の定礎石に刻まれた文字に驚いた。(とすると、50年も前のビル?)であった。 「高原さんですかね?」 玄関脇の管理室から、頭の薄い背の高い人物が、声を掛けてきた。 「はい。高原です」 そう。返事をした男は、スーパーの警備員をたったの1日半で辞めた高原清であった。家庭の事情で遊んでいるわけにはいかず、明けた翌年の3月下旬に、またも、新聞の求人広告で、今度はビルの管理員に応募したのだった。警備員としての研修済みの経歴が効いたのか、雇用主の「東峰実業」(本社・浅草橋)での面接を経て時間は掛かったが採用となったのだった。 「現場のビルヘ直接行って、先輩の管理員から3日間の実地見習いをやって下さい。2人とも、いい人ですから心配はいりません」 これには驚いた。しかし、べタベタしなくていかにも大人の感覚の採用見習い形式かと、電話でビルの所在地を教えられた際に記したメモを頼りに、なんとか当のビルを見つけたばかりだった。 しかし、「ニュー銀座第一ビル」の呼称に反して、あまりにも惨状そのもののビルに、「このまま、逃げ出そうか…」と、玄関先で躊躇していたのである。そこへ声を掛けられた。それも、「お待ちしていました」には、腫を返すわけにはいかなかった。 「さあ、どうぞ…」と開けてくれたドアは、今は珍しい鋼鉄製のいかにも重そうなもので、閉めた際の音は腹に応える音がした。 そして、部屋に入った途端に高原はゾーっとした。悪寒が襲った。管理室内の周囲の壁に無数の気味悪い虫の幼虫がビッシリと張り付いていたのである。 「ああ、これっー。驚きましたかね。虫ではないですよ。壁のペンキがはげましてね。細かくめくれているのですよ」 無言で、高原は溜め息を付いた。凝視すれば、確かにそれと判明した。しかし、気味が悪いのは、間違いなかった。 「まあ、座って下さい」 小型のソファが据えられていた。褪せた麻状のカバーは、座れば衣服がよごれそうに感じた。 「おいしいコーヒーを淹れますよ」 「おかまいなく…」 「コーヒーだけが、ここの自慢でしてね」 衝立の向こうを覗くと小さな流し台があり、その脇で電熱器が小さなアルミのデコボコヤカンの尻を赤く染めていた。 「ほー、電気コンロ?」 「戦後のビルですからね、この部屋だけガスが来てないのですよ」 3本足の瀬戸物の電熱器。戦中戦後期の〈三種の神器〉だったろう。渦状に巻いたニクロム線が埋め込まれた極めて原始的な形式のもので、1本の足の一部が欠けている。 「上野の骨董品店で見つけましてね。だましだまし使っていますがね、良く働いてくれますよ」 その向こうにポスター類で破れた布をふさいであるもう1つの衝立があって、そこに鉄製のベッドが――。ござが敷かれ、隅に布団が畳んで積んであった。場違いな赤い花柄の掛け布団に、下は湿り気十分のような薄い敷き布団がのぞいている。 「ここで、眠れますか」 「眠れると思いますか」 逆に訊かれて、高原は絶旬した。 管理員といっても、警備員並みに24時間勤務態勢で宿直がある。雇用契約には、5時間の仮眠が認められている。 「まるで、女郎部屋のような派手な布団ですな。敷き布団は悪臭が漂うような…」 「アッハハー。女郎屋とは、お互いに年齢がわかりますな」 「布団は干すことがありますか…」 「さあ、そんな場所はないですよ。私はもう3年になりますがね。その前からある布団でしてね。ダニの巣でしょうなぁ」 と苦笑した彼は、「大川保」と名乗った。 「では、大川さんは眠らないのですか」 「そのソファでウトウトと…。相棒の松緒さんは、自前の寝袋に潜るようですがね」 高原は(玄関で逃げてしまうのだった)と、臍をかんだ。 「まあ、ご覧の通り、職場環境は最悪です。が、気楽にやって下さい。松緒さんは、いい人ですから…」 小さく頷いた高原は、改めて室内を見渡した。よく見れば、テレビも小型の冷蔵庫もある。 「テレビも冷蔵庫も粗大ゴミの中から拾ってきたものです。テレビの映りは悪いですが、声ぐらいは聴こえますよ」 (やっぱり、逃げるのだった…)と、思った途端に大川が言った。 「暫くやってみて下さいよ。15年も勤めて75歳になる大先輩が急に体調不良を理由に辞めましてね。その後釜がなかなか――。いや、2人来たのですがね、共に1日で採用辞退でした。お陰で我々2人は、この1カ月間は大きな声では言えないが、36時間勤務の明け暮れ。さすがに疲れましたよ」 (それで、採用決定までに時間が掛かったのか…。補欠採用だったのか…。それで、お待ちしていました…なのか)――高原は、徐々にわかってきた状況に、とめどもなく溜め息が出た。 (これじゃぁ、ここでは、どうしても働かなければならない何か事情がある我慢強い老齢者しか勤まらないわなぁ。そういう、自分もだが…)と、思った。 ★ ビルの内部は、予想通りひどかった。5人のオーナーがいて、何回も建て直す計画を立てながら、資金面で計画は流れた。このために、小手先の補修工事の連続で現在に至っているのだった。 「ここは、台風のような風を伴った豪雨の際は、窓から雨水が入ってきて階段を滝のように流れます。徹夜の排水となりますな」 大川は淡々と説明しながら、ビル内を案内した。エレベーターはなく、東西にある2つの階段の踊り場の窓は、先ほど見た外観の通りで、雨水が吹き込むのは当然であった。 しかし、新管理員として各テナントの部屋を挨拶して回って、高原は驚いてしまった。 各部屋は見事なほど内装が施されていて、一瞬、他のビルの部屋に迷い込んだような、錯覚に陥った。共用部分は目を瞑って放置しても、自分の〈城〉は手を加える。今の日本とどこか似ている。 1階には5店の飲食店が入っていた。うち、トンコツラーメン店は、テレビの「旨いもの店」に紹介されてから、毎晩長蛇の列。年中休みなしの午前3時まで営業というから、びっくりだった。 「そんなに美味いのですか」 「食べたことがないので。しかし、電波の威力は怖い」と、大川は笑った。ラーメン店の従業員も1階の悪臭漂う共同トイレを使うが、彼らが手を洗ったのを見たことがないために食してないという。 そのトイレ。これはひどい。便器も木製のドアも荒れ放題。しょっちゅう詰まり事故の連続で、換気扇が2つも唸っているのに気温が上がると、悪臭が漂う。トンコツラーメン特有の匂いとミックスすると、それは吐き気を催すほどだった。 「そう言っちゃあナンですが、いい点は1つもないですね」 「気楽な点だけ――かな。ですから、頑張らなくてもいいですよ」 「頑張らない?」 「はい。松緒さんなんか、徹底してますよ」 「ほー。それは?」 「やがて、彼がきます。語し合ってみて下さいよ」 時間は、いつの間にか午後の5時になろうとしていた。 ★ 初対面の松緒安男は学習塾の講師もやっている関係から、昼の勤務が中心だった。そして、大川は画家だった。 「頑張らなくてもいい――の考えの根拠ですかー。我々の雇用主の『東峰実業』は、日本ビルメンテナンス(日本ビルメン)の下請けなのを知っていますよね。しかも、このビルのオーナーたちで結成している管理組合には、下請けを内緒にしているのも…」 「ええっー、内緒? 面接で教えられましたが、内緒なのは…」 「だから、我々は表向きは日本ビルメンの契約嘱託です。下請けがばれるのを極端に警戒して東峰実業の担当者は、我々の給料明紬書を持ってくるだけ。下請けの分、経費節減ばかりを言いますな」 「ほー。元請けにピンハネされているからですね。だから、宿直用の布団は3年以上も同じ物? 湯沸かしも自前の電熱器――ですか」 「その通り。頑張ったら、管理員としてあれもこれもと気になることばかり。相手なりに気楽に。そして、決して頑張らない――ですよ。長く勤めるなら、それが一番ですなぁ」 高原は呆然とした。これが、学習塾講師の考えか――であった。 オーナーたちに内緒で下請けに出している元請けの日本ビルメンの担当員は女性だった。30代半ぱの内藤佳子。「タベは、専務と飲んだら、二目酔いで…」と、汚いソファにドンと座って短い足を組み、煙草をふかした。高原が最も嫌うタイプだった。 「下請け?――。こんなビルの管理はさ、手ばかり掛かって、うちの儲けは少ないのよ。だから下請けに出して、少しばかりいただくのよ。オーナーたちは煩いだけで、経費のかかる事は嫌うし…」 後日に、新人の高原に会いにきた際の、彼女の様子だった。 「しかし、何か大きな事故になってからでは遅いでしょう。管理員として気が付いた点は、その都度報告が必要でしょう」 これは、松緒との話の続きである。 「それが正しい考えですがね。経費節減の下請け管理会社は、歓迎しませんよ。テナントが騒ぎ出して初めて動く――で十分ですよ」 噛み合わなかった。それなら、それでいい。そして、元請けの女性担当員までが同じ歩調では、「頑張らない」になるのだった。 何と言うことだ。警備会社は会社主導の姑息な手段で、老警備員をいいように使った。一方、管理会杜は下請けという二重構造の手段で管理員を抱き込んでオーナーたちもテナントもごまかしている。 「下請けはね。1件につき、月に10万の純益があればいいのですよ。100の物件管理を下請けすれば、儲けは1000万ですからね」 下請けの東峰実業の営業部次長の言葉だった。これには、当然ながらひたすら経費節減を貫いて儲けを挙げようとする前記のような「頑張らない」が下地になっているのだろう。そこには、管理会社としての自覚も誇りもない――だった。高原には、そう思えた。 ★ そんな阿漕な儲け主義が一段と具体的になったなケースが出現した。銀座の〈お化けビル〉勤務が1年8カ月続いた頃に、高原は下町は深川のMビル勤務へと異動させられたことからだった。 突然の異動の原因は、松緒の勤務中の飲酒がテナントの従業員に目撃され、管理組合に通報されたのが発端だった。が、なんと、そのトバッチリは真っ先に高原に降り懸かった。「全員、他へ異動してもらうことになった。高原さんは、警備員の研修を受講済みなので、警備員の資格が必要なMビルに移っていただく。松緒さんは引継ぎもあるので一カ月後に異動してもらう」 飲酒騒動は、そんな全員へのペナルティーで収拾となった。下請けの東峰実業としては、元請けと管理組合への謝罪でもあったろう。 「連帯責任と言うのならやむを得ないですが、私には何の非も無い点は認めてもらわねぱ納得がいきませんよ」 もちろん、お化けビル勤務に何の未練もない高原だったが、その程度の抵抗は示した。 「Mビルは、うちの100パーセント契約のビルですからね、これまでのような下請けの肩身の狭い想いはしなくてすみますよ」 そんな慰めも受けての異動だった。が、Mビルも築20年は過ぎた中古ビルの上に、テナントがエアコンの補修・修理会社とあって警備・管理は、銀座の比ではなかった。深夜の出入りや未明の出動が激しく、規定の仮眠はままならなかった。 それだけではなかった。銀座同様に、警備室の環境は劣悪であった。宿直用の布団はここも3年以上も更新されておらず、さらに前代未聞ながら、警備室に電話が架設されていないのであった。 「これで、警備が勤まるのかね」 「ポケベル利用で…。そんなに電話する必要もありませんし…」 昼勤務専門の50代という毛呂要は、ケロリとして答えた。昼はいい。深夜の異常事態発生では、ポケベルでは間に合わない。 ここも3人体制で、最古参の村木利一と高原が夜勤務であった。これはきつい。銀座では、絵描きの大川が夜勤務だけを希望したことから、同じ3人でも何とかなった。ここでは、そうはいかない。 高原は銀座時代同様に動いた。まず、布団の更新、湯沸かしポットと電話の設置を東峰実業に要求した。電話は少し遅れると言う事だったが、設置が約束された。布団とポットはすぐに運ぱれてきた。 続いて高原は勤務態勢の改革に取り組んだ。昼勤務専門の毛呂にも宿直をやってもらって、3人平等の勤務とした。もちろん、毛呂も村木も賛成した。が、村木は「会社はノーでしょう」と、言った。 「どうして?」 「俺の手の障害ですよ」 村木は若い頃に仕事で右手の指2本を切断した。身障者の雇用促進に協力している東峰実業に拾われた。が、会社は村木を昼勤務にはしようとしなかった。昼勤務は、朝の玄関先での立哨があるためだと、されてきた。(それは、おかしい)が、高原の考えだった。 ★ 「村木さんの昼勤務反対は、手の障害のためなら障害者雇用促進協力の精神に反します。会杜は身障者雇用の補助金狙いだけですか」 「…………」 「本部長、お答え願えますか。3人で仲良くやっていきますよ」 「彼は、今でも右手に白布を巻いているのかね」 「それが、原因ですか?」 「朝の玄関先の立哨は、気分が大切でしてね」 「何をおっしゃいますか。ビルの人達は、誰も気にしてませんよ」 「考えてはおくがね…」 高原の手紙に対して、森口道生総括本部長(取締役)がMビルにやってきての回答だった。が、明快なものではなかった。身障者は雇うが、表面には出せない。そこに東峰実業、いや、管理・警備業界の考えがあぶり出されているといえるだろう。 「ところで、もう1カ月が過ぎました。松緒さんの異動は? 大川さんは自主退職でしたから、私だけが割りを食ったようで…」 「松緒さんの異動は、目本ビルメンとの関係もあってね…」 「それでは、私への約束はその場限りの糊塗だったようですね。銀座へ私を戻してもらえますか」 「考えておくよ…」 高原の勤務態勢改革は実らなかった。そして、なんと銀座の飲酒事件は、いろいろと会社へ要求を出す高原へのペナルティに利用された感じが強いのであった。 それが間違いないと判断した高原は、「長く居るところではない」と、退職を考えるようになっていた。「頑張り過ぎた」であった。 ★ 「エッ――10年前以上から、消防ポンプは故障していた?」 消防法の改正で、火災に対して建物の所有者、防火管理者の責任が重くなったとして、Mビルでは消防ポンプの取換え工事が実施されることになった。それも、古くなったからではなかった。10年以上も故障したままだったというのだから、高原はびっくり仰天した。 「じゃぁ、これまでの防災関係の設備点検はどうなっていた?――。3年に1度は、消防署に点検結果を提出していたはずだが…」 「さあー」と、昼勤務の毛呂は首をかしげた。 「管理契約を結んでいた東峰実業は知っていたのだろう? ビル側も…。じゃぁ、みんなで隠蔽していた?――のかね。もし、火災が発生していたら、大変だよ。みんな刑事責任を問われるよ」 高原は机の前の壁に貼ってある「自衛消防隊組織図」に目をやった。ビル側が作成したものだが、当然、管理の東峰実業も関わっている。(何なんだ、この自衛消防隊は?)と、高原はむかついた。 消防ポンプが故障したままなのに、消火隊まで編成してある。 「すみません。火災報知(火報)ベルの接続工事です」 警備室へ突然現れた工事人に、高原は「接続工事?」と訊いた。 「はい。火報ベルと消防ポンプがつながっていなかったのですよ」 「エッ!――いつから?」 「多分、相当前から?――でしょうね」 高原は、毛呂と顔を見合わせた。毛呂が目をふせた。 「お宅はポンプの故障も火報への接続無しも知っていた? そして、当然、ビル側も管理会社も…」 毛呂は答えなかった。高原はゾッとした。この無責任さにである。 高原は再び、森口本部長に手紙を書いた。手紙の趣旨を一言でいうなら「御社は、管理会社の資格なし」であった。 数日後に、再びやってきた森口本部長は「会社の都合により、1カ月後の解雇を通告する」であった。高原は無言で受けた。さばさばとした気分だった。1カ月後といわず、今すぐにも――であった。 ◆ 高原が最初に勤めた銀座の〈お化けビル〉の管理室は、人間が寝泊まりして勤務する環境ではなかった――。 実は高原の訴えで、ビルを訪問した筆者は、管理室をつぶさに見せてもらっていた。その際の偽らぬ感想である。あまりのひどさに呆れたくらいであった。 ビル全体の改修は、オーナーたちで組織する管理組合の責任だろう。しかし、管理室の必要設備の設置、内装の改修は、管理組合の了解を得れば管理会社が独自でやれる。費用は管理会社負担ながらも、それは、自社が雇用した働く者たちへの職場改善の義務だろう。 高原の要求がなければ、宿直用の布団さえもダニの巣となるまで放置していた管理会社。確かに、高原の宣告通り東峰実業は「管理会社の資格なし」は間違いなかった。 高原が異動させられたMビルも見た。ビルの裏口に設置されている粗末なプレハブの警備室。最初は、専用の電話さえ設置してなかった。数年の間に染み込んだ人の油と汗の悪臭がした布団。湯沸かし施設さえなくて、24時間勤務が可能と考えていた管理会社のずさんさと怠慢。ここでも呆れてものが言えなかった。 そして、消防ポンプの長年にわたる故障と火報ベルとの接続無しの放置。もし、設備点検会社と結束して隠蔽していたとしたら、法的な責任を免れ得ないだろう。それにしても、この無責任さは、どういう感覚からきたものだろう。ビル側にも責任はある。が、それを知って放置していた管理会社の責任は、さらに重大である。 管理会社は、早期の補修のためにビル側を説得しなければならなかった立場ではなかったか。それも、管理会社の役割であるはずだ。 この管理会社・東峰実業の創設者は、管理・警備業界団体の理事を歴任している。「管理・警備会社としての資格なし」の最高責任者が理事を務めていたことに、業界も考えてみる必要があるだろう。 以上の2社の例は、業界全体からみれば氷山の一角にすぎない。それだけに筆者は大声で叫びたい。 「成長を続ける管理・警備業界の裏側には、儲け主義のための阿漕さと無責任、さらには欺瞞が満ちあふれている。業界は、その払拭に努めるべきである。また、大手の新聞社は、求人広告の内容調査をしたうえで掲載とするべきである。新聞社が、まやかし採用の片棒を担ぐ結果となってはならない」 (了) 〈筆者・注〉 文中の会社名、会社所在地は、二社ともに実在の通りである。登場人物のうち主人公の高原は、文中で断りを挿入した通り、本人の希望で仮名とした。また、その他の登場人物、特に2つの会社関係者や高原の同僚は、姓だけを実際のものとした。理由は、その後に退社するなど出入りが激しい業界のためである。さらには、本人たちのプライバシー擁護のためでもある。
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