政界は心肺停止状態に陥る:永久寿夫(PHP総合研究所常務取締役)(3)
「倒幕の志士」への期待
どうすれば理念に基づいた大政治が行なえるのだろうか、答えがあるわけではないが、1つの試みは渡辺喜美の動きであろう。渡辺は国務大臣として手掛けてきた改革がことごとく「骨抜き」になったことを、麻生政権が国民から断絶した政治を行なっているからだと非難し、自民党を離党した。その後、無所属の江田憲司とタッグを組み、「脱官僚」「地域主権」「生活重視」という理念を掲げて国民運動を開始した。
メディアではあまり目立ってはいないが、ナビゲーターという名称で各界から同調者を募ると同時に、全国各地でタウンミーティングなど、全国的な活動を展開している。地域主権型道州制国民協議会など共通の目的をもつ組織などとの連携も行なわれている。
衆院選を前に与野党からこの運動に参加しようという動きが顕在化しないのは、渡辺ほど強い怒りを覚えていないか、不満や疑問をもちながらも、あえてリスクをとりたくないものが多いからであろう。だが、衆院選後に混乱が生じれば、永田町の枠を越えたこの運動は、新しいかたちの政治集団に成長し、新党の母体となる可能性はある。
また、東国原・宮崎県知事や橋下・大阪府知事などの政府に対する奮闘ぶりが注目されているが、中央における政党対政党ではなく、地方対中央という構図で大政治を展開する道筋も考えられる。地方選挙のスローガンでよく書かれるのが「〇〇から日本を変える」である。石原都知事のスローガンも「東京から日本を変える」であったはずだ。
また、日本各地で展開される経済界などを中心とした道州制への動きも、中央による「支配」に屈してきた地方の我慢が臨界点に達しつつあるという証しであり、これら地方の力が束ねられれば、とてつもない影響力をもつだろう。
ただし、現段階では全国知事会や全国市長会などはあっても、日本をどうするかという理念を共有しているわけではないし、そのような組織がつくられる気配もない。
横浜、大阪、名古屋の市長が研究会を立ち上げ、府県から独立した新たな大都市制度をつくる構想を発表したが、これはこのビッグスリーが利害を共有するからできることだ。
財政力が弱い地域にとっては、中央から「支配」を受けることが楽な選択となり、それが中長期的には国全体の疲弊を招くことを理解しつつも短期的なリスクをとろうとはしない。
手っ取り早いのは、EUの一国ほどの力をもつ東京が自ら理念を打ち立て、それに基づいて政策を実施し、中央と闘うことかもしれない。
一方、まだスタートしたばかりで世間的にはほとんど知られていないが、先に「思想」ありきで始まった国民運動が、都議・衆議院議員を経て杉並区長となった山田宏が提唱する「日本よい国」構想であり、やはり衆議院議員から横浜市長に転じた中田宏などもこの運動に参加している。
山田は、政治とは「国家の運命を拓き、国民の幸福を実現するための、崇高な国家経営」であるとし、その前提として、「正しい人間観と国家観、歴史観」をもつことが必要だと論じている。
日本という国、そして日本人のアイデンティティを歴史の流れのなかで再認識し、そのアイデンティティを現代に発露しながら、国民の幸福を実現しようというのである。詳しい内容は自費出版の『「日本よい国」構想』で語られているので、ここでは紹介を割愛させていただく。
「日本よい国」構想は、理念を共有する組織をつくるには正統派であり、また「手段」や「政策」から始まる運動に比べスケールが大きいが、逆にいえば、具体的な政策論までには至っておらず、今後いかにして国民運動を展開し政治に足場をつなげていくかも課題となっている。だが、山田らのキャリアのなかで築かれた幅広い人脈が一気に多くの賛同者を糾合する可能性はある。
こうした運動やアプローチが成功するかどうかはわからない。また、成功して規模が大きくなり、政治の現場が近づくにつれ、既存政党と同じような性格を帯びてくる可能性もある。
だが、そうであっても、いま日本に必要なのは小政治ではなく大政治なのである。泰平の世を安穏とむさぼっていた江戸幕府は、黒船到来に始まった欧米列強の脅威の深刻さを理解せず、小手先ばかりで対処しようとした。生存すら危ぶまれたこの危機に敏感に立ち上がったのは、中央権力の外側にいた志士たちであった。
暗中模索のなか、志士たちはやがて団結し、敵対する薩長を連合させ、討幕、日本を近代国家へと導いていったのである。こうした動きがなかったなら、現在の日本はなかったであろう。
21世紀の現在、新しい時代の荒波のなかにあって、日本は未曾有の危機に見舞われている。にもかかわらず、永田町や霞が関は江戸幕府然としているのである。こんどもまた中央権力の外側に生まれる新たな勢力こそが、日本を危機から救い、日本の未来を切り拓いていく先導者となるのではなかろうか。
志士気取りになられたら鼻につくが、彼らが、坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎たちのような活躍を見せてくれることを期待する。
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