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大手6銀行グループの09年3月期の連結最終(当期)損益が、合算で1兆円超の大幅赤字に沈んだ。経営体力が急低下した各行は大規模な増資に走る一方、積極的な融資などには乗り出さない「守り」の姿勢を強めている。10年3月期は黒字回復を見込むが、景気の先行きは予断を許さず、「薄氷のシナリオ」(アナリスト)が続く。銀行の体力維持を優先した「貸し渋り」が広がれば、景気の一層の冷え込みは避けられない。【清水憲司、小倉祥徳、宇都宮裕一】
「日本の金融機関は景気の下降局面で非常に脆弱(ぜいじゃく)。今は自己資本を増やす時期だ」。みずほフィナンシャルグループ(FG)の塚本隆史社長は、決算発表の会見で最大6000億円の普通株増資を決めた理由を説明した。
三井住友FGは普通株で最大8000億円の増資計画を発表し、三菱UFJFGも1月までに普通株で4000億円を調達した。昨秋まで金融危機で業績不振に陥った米欧金融機関に相次いで出資し「救済役」となってきた邦銀の立場は大きく変わった。
危機の震源地でない邦銀が窮地に追い込まれたのは、不良債権急増に加え、邦銀特有の「株式の持ち合い」を株安が直撃したためだ。6グループ合算の09年3月期の赤字は03年3月期以来の規模だが、不良債権処理額は約1・7兆円で03年3月期(約5兆円)より少ない。だが、株式減損処理額は約1・4兆円と03年3月期(約2兆円)に迫る。
邦銀が増資に奔走するのは、危機再発防止のために米欧で資本の「質」を問う動きが広がっていることも大きく影響している。
自己資本でも質が高い「中核的自己資本」は普通株や優先株で構成されるが、議決権のない代わりに高配当を払う必要のある優先株に対し、無配や減配にしやすい普通株は損失を吸収する「緩衝材」となる。米金融当局が実施した特別検査は、資本不足と判定された米金融機関に資本増強を求めたが、判定の基準を普通株主体の自己資本比率に置いた。このことも、普通株重視の流れにつながった。
一方、邦銀の自己資本に占める普通株の割合は低い。普通株で資本増強すると、優先株と異なって市場に出回る株式が増える。そのため、1株あたりの利益が薄まり、株価下落の懸念があるとして敬遠されたからだ。
市場では「株安が再燃して損失がかさむと、自己資本を取り崩さざるをえず、増資効果もそがれる」(野村証券金融経済研究所の守山啓輔氏)との指摘が出ている。
「数年前は無担保で6000万円貸してくれたのに」。東京都大田区のねじ製造会社の社長は銀行のひょう変ぶりを嘆く。
この会社は従業員15人だが、鉄を自在に曲げる独自技術を武器に、過去10年はほぼ毎年黒字を確保してきた。しかし、今春、運転資金2000万円の融資を取引先の大手行に相談したところ、銀行側は足元の業績悪化を理由に「500万円しか貸せない」。社長は地元の信用金庫などを駆け回り、ようやく資金を手当てしたが「下手をしたら追い詰められていた。足元の数字だけで融資を判断するのは本来の銀行の姿ではない」と怒る。
「貸し渋り」が広がったのは、各行の業績悪化で自己資本比率が低下、融資余力が乏しくなったためだ。3月末の中小企業向け融資残高は、みずほが前年同期比1兆2400億円減、三菱UFJが6500億円減、三井住友が4600億円減。
政府は中小企業向けの緊急保証制度、日銀は社債やCP(コマーシャルペーパー)の買い取りなどの「貸し渋り」対策を繰り出した。こうした効果もあり「資金繰り逼迫(ひっぱく)はやや緩和」(日銀)しているが、4月の全国倒産件数は1329件と6年ぶりの高水準を記録。大手行は「預金を原資にする以上、融資をどれだけ回収できるかは基本」(三井住友FGの北山禎介社長)と慎重で、政府・日銀の肩代わり頼みだ。
大手行は10年3月期の黒字を予想。ただ、「景気は上向きつつあるが、まだ相当な不況」(三菱UFJFGの畔柳信雄社長)と厳しさを認める。増資も自己資本比率の維持が優先されそうだ。
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■ことば
銀行の自己資本を融資などの総資産で割った数値。比率が高いほど経営が健全とされ、海外業務を展開する銀行には8%以上の確保が国際ルールで義務付けられている。自己資本は、中核的自己資本と、保有株式の含み益などの補完的項目で構成されるが、株安などで目減りする補完的項目よりも中核的自己資本が質が高いとされる。自己資本が減少した場合、比率維持には、資本増強か総資産圧縮が必要。総資産減らしは、「貸し渋り」につながりやすい。
毎日新聞 2009年5月20日 東京朝刊