文化
新型インフルと報道 後藤正治さんに聞く
「報道に携わる者は事実への謙虚さを忘れないことが大切」と強調する後藤正治さん=神戸市中央区港島1、神戸夙川学院大 |
5月16日に神戸市で新型インフルエンザの国内初の発生が確認されて以降、メディアは連日、感染者数の推移や対処法などを大きく報じた。だがウイルスが弱毒性であるとの認識が広がるにつれ、市民から「危機感をあおりすぎでは」との声が出るなど、報道のあり方に疑問が投げかけられた。報道する側は、その情報が命にかかわる場合、どんな心構えが求められるのか。長年、医療現場を取材してきたノンフィクション作家で、神戸夙川学院大教授の後藤正治さんに聞いた。(黒川裕生)
-一連の報道をどう見たか。
「メキシコで死者が出たころの報道はかなりセンセーショナルで、恐怖心が植え付けられたまま国内で初めて発生が確認され、マスコミも社会も一気に雰囲気にのまれた、という印象だ。(弱毒性で重症化した患者もほとんどいないという)結果だけ見れば、もっと小さな扱いでよかったのかもしれない。だが、詳しい状況が分かるまでは大仰にとらえる方が正しい場合もあり、当初はウイルスの強度が不明だったことを考えると、やむを得なかったのかな、とも感じる」
「神戸新聞は他紙に比べて関連記事の扱いは大きかったが、地元紙としては当然で、違和感はなかった。未知の感染症が発生した場合、被害を最小限にとどめることを最優先し、社会活動は二の次にすべきだ。『過熱した報道が風評被害を加速させた』との意見もあると聞くが、マスコミは社会の鏡にすぎず、情報の受け手の行動を先導できるような大きな存在ではない」
-専門知識のない記者が大半で、取材方法や報道の切り口は手探りの面があった。
「確かに医療報道は高度で専門的な知識が求められる。臓器移植をはじめ医療ノンフィクションに約30年携わってきた経験から、この分野のニュースを正確に、かつ分かりやすく読者に届けることはひときわ難しいと感じる。もちろん記者は医師ではないため、検証には限界がある。だが普段の取材を通じて人間関係のできている専門医がいると思う。そうした人脈を生かして間接的な検証報道もできたはずだ。それが十分だったか点検する必要はある」
「海外での取材経験を踏まえて感じることだが、日本には『記者は素人感覚を忘れずに』という風潮がまだ強いのではないか。一般の人の目線で記事を書こうとする努力は大切だが、それはいつまでも無知でいてよい、という意味ではない。無知を許し続けることは傲慢(ごうまん)と紙一重だ」
-記事の内容はどうだったか。
「(感染者数の推移やマスクの売り切れなど)表層的な現象を追う記事が目立ったが、ウイルスの感染力や具体的な症状などが判明した時点で、情報の重点を変え、『過剰に恐れなくていい』と積極的に発信するなど、もっと柔軟に対応できていればと思う。報道の方向性をきちんと見極めるためには、目に見える状況の背景を探り、スタンスを見つめ直す-という作業を常に肝に銘じておきたい。例えば、最初にメキシコや北米の発生状況を外電経由で見聞した際、裏付け取材はどの程度、しただろうか。私は、メキシコで死者数が多かったのには生活環境など複合的な要因が絡んでいると見ている。正確な報道は、事実への謙虚な姿勢に尽きる」
-兵庫県や大阪府内の学校が休校になったり、街にマスク着用者があふれたりするなど、異例のリスク対応が続いた。
「当初は、死に至る病かもしれないという恐れがあり、大きく構えるのは無理もないことだった。ただ、恐らく現場の医師は早い段階で、ウイルスの毒性が季節性とそう変わらないことに気づいていたはず。マスコミは、パニックに歯止めをかけるこうした情報をもっと早くすくい上げられたかもしれない、という点は反省すべきだろう」
-3日に兵庫県が「安心宣言」を出すなど事態は収束に向かいつつあるが、今後も第2波や強毒性への変異、別の感染症の発生も懸念される。
「今回は市民に季節性インフルエンザの経験則があったため、個人レベルでもある程度の心構えはできていたように思う。ただ、未知のウイルスは世界中にいくらでもあり、治療法が確立されていないウイルスが広がれば、今回よりはるかに難しい対応を迫られる。人命にかかわる報道をする際は、警戒を促す一方で、致死率や感染力など客観的データへの目配りを怠らず、情緒に流されない姿勢を期待したい」
ごとう・まさはる 1946年京都市生まれ。臓器移植をテーマにした著作「空白の軌跡」や「甦(よみがえ)る鼓動」など、医療やスポーツ分野のノンフィクションを数多く手掛ける。2007年から現職。
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