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社説

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農政改革―先送りする余裕はない

 日本の農業は崖(がけ)っぷちにある。総生産額は縮小を続け、いまは年間8兆円余り。パナソニック1社の売上高と肩を並べる程度でしかない。食糧自給率(カロリーベース)は40%と、主要先進国の中でも際だって低い。

 日本の農業をここまで弱らせた最大の原因は米価を維持する目的で政府が続けてきた減反政策にある。生産者保護の名の下に計7兆円もの税金をつぎ込んで生産を減らし、消費者に高いコメを買わせる一方、コメ作りへの意欲と工夫を農家から奪った。

 昨秋就任した石破農水相が現状を憂え、減反政策の転換に乗り出そうとしたのも当然だ。麻生首相の支持を得て関係6大臣による検討会議を発足させ、農水省で改革派を登用してきた。一気に廃止するのは難しいので、減反に参加するかどうかを農家が判断できるようにし、参加する農家への所得補償は当面継続するという「減反選択制」の導入をめざした。

 この制度にも欠陥はある。零細兼業農家が温存されるので、生産意欲が旺盛な大規模農家への集約がなかなか進まない恐れがあることだ。それでも将来の減反廃止への布石としてなら、意義は小さくないといえる。

 ところが自民党はこの見直し策さえも次の総選挙の政権公約(マニフェスト)に盛り込まない方針のようだ。米価が下落すると、農家の収入だけでなく、自民党の支持団体である農協のコメ関連収入も減る。このため農林族議員が強く反発したからだ。

 07年参院選で全農家への戸別所得補償を打ち出して支持を集めた民主党は、こんどの総選挙でも戸別所得補償を前面に掲げる。所得補償は欧米でも広く採用されており検討すべきだが、全戸に年間1兆円の予算をつぎこむ民主党案ではバラマキの要素が強すぎる。石破案がつぶれれば、自民党もこれに対抗して、改革を伴わない補助金拡大に走る可能性がある。

 だが、与野党がここでバラマキ策を競う余裕はあるのか。日本の農業の弱体ぶりを考えれば、抜本的な農業改革の先送りはとても許されない。

 農業人口の6割が65歳以上と高齢化しており、数年もすれば担い手不足は一層深刻になる。新規参入も望みにくい。1ヘクタール未満の稲作では最低賃金の半分以下の時給300円程度しか稼げないという厳しい現実があるからだ。農地も減り続け、耕作放棄地は埼玉県の面積に匹敵する39万ヘクタールにものぼる。

 処方箋(せん)ははっきりしている。減反政策をやめることだ。コメの生産量が増えて米価が下がれば、需要を上向かせる機会となろう。農家所得は減るが、減反につぎこんできた予算を所得補償制度に回せば解決の道は開ける。

 与野党は、真の農業再生の制度設計を総選挙で競うべきだ。

南ア新大統領―庶民派への不安と期待

 南アフリカにズマ新大統領の政権が誕生して1カ月がたった。

 欧米諸国には異色の庶民派大統領の登場を不安視する向きもあったが、今月初めの議会演説で「和解と統一」を強調するなど、まずまずの滑り出しを見せている。

 94年にアパルトヘイト(人種隔離)が終わって以来、南アを率いてきたマンデラ、ムベキ両氏の流れを継ぐ強力な指導者である。

 前任の指導者たちは人種間の融和をはかりつつ、欧米との協調、周辺諸国との協力を広げ、経済と社会の発展につなげてきた。

 ズマ氏も与党アフリカ民族会議(ANC)を率い、かつてマンデラ氏とともに10年間も投獄された過去を持つ闘士だ。貧しい母子家庭に育ち、満足な学校教育も受けていないが、ムベキ政権で副大統領をつとめたこともある。

 異色なのは、最大部族ズールー族出身であることを前面に出すなど、アフリカ土着の伝統を強調する政治姿勢だ。ズールー族の一夫多妻の伝統に従って、自らも3人の妻を持つ。

 英国で高等教育を受けたムベキ元大統領とは対照的な泥臭さだが、国内の黒人低所得者層には熱狂的な支持がある。一方、白人富裕層や欧米社会からは、部族や階層間の対立が強まるのではないかと心配されている。

 ズマ氏は、過去に婦女暴行事件や武器売買に絡む汚職事件で嫌疑を受けるなどスキャンダルは少なくない。それでもANC内の権力争いでムベキ氏を追い落とし、総選挙で勝利できたのは庶民派としての人気に加え、マンデラ元大統領の支持が大きかったようだ。

 南アはいま重大な岐路にさしかかっている。

 好調だった経済成長を背景に、有力新興国の集まりであるG20の一角にアフリカから唯一加わっている。来年6月には、アフリカ初のサッカー・ワールドカップがいよいよ開幕する。

 しかし、その経済が腰折れ状態だ。世界的な金融危機の影響は深刻で、昨年末にはマイナス成長に陥った。失業率は高く、治安状態も悪い。殺人発生率は世界で最悪と言われる。

 白人の地主や企業家と、黒人労働者の間の格差はなお大きい。不況で貧困層や失業者の不満が強まっている。この危機をどのように乗り切っていくのか。隣国ジンバブエのように白人地主の土地の強制収用といった強硬策に出れば、大混乱を招くだろう。

 新大統領のかじ取り次第では、一国の問題にとどまらず、アフリカ全体の安定にも影響する。

 ズマ氏の最大の強みは、黒人低所得者層など多数派の支持だ。それを危機克服に生かすべきだ。国内の声を聞きつつ、国際社会とも調和する。そんな地に足の着いた指導力を期待したい。

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