自宅で療養する末期のがん患者などの急変に備え、福岡県志摩町の鷺坂(さぎさか)英輝医師(49)が九州で初めて「ホスピスカー」を導入した。4月の道交法施行令改正で、往診車も救急車やパトカーのように赤色灯やサイレンをつけ、道路を優先走行できるようになったためだ。半径10キロを超える糸島半島全域を日々走り回っている鷺坂医師。まだサイレンを鳴らして走行したことはないが「患者と家族に安心を与えている」と話している。
「痛いところはないですか」。8日午後、志摩町の70代女性宅。鷺坂医師は、神経の難病で寝たきり女性の手を取って話し掛け、胃に栄養を直接入れるためのチューブを交換した。女性は長く入院していたが、自宅へ戻った昨秋からは容体が安定している。女性は鷺坂医師の手を、笑顔で握り返した。
医師空白区だった同町桜野地区にクリニックを開いて今年で丸20年になる鷺坂医師。負担の重さから往診を断る医師も多いが、開院当初から往診を行い、近年は患者を自宅でみとる「在宅ホスピス」にも取り組む。昨年は老衰を含め10人近い患者の最期にかかわった。
平日午後は毎日、2人の看護師と車で患者宅を訪れ、片道20キロを出向いたり、深夜や早朝に往診することもある。
ホスピスカーは、死が迫っている患者宅への緊急往診が認可の条件。車は自由に選ぶことができ、鷺坂医師は白いセダンに、屋根に回転灯をつけ、ステッカーを張りサイレンを鳴らす。普段は回転灯もステッカーも外すため、一般の車と見た目は同じだ。
守備範囲の志摩半島は、海水浴シーズンの夏場などにひどい渋滞が起こるため、緊急時は心配だったという。鷺坂医師は「緊急走行をしないで済むよう先手先手でケアをするのが基本だが、どうしても容体の急変はある。少しでも早く駆け付けられれば、患者や家族の苦痛軽減につながる」と話している。 (報道センター・南陽子)
=2009/06/09付 西日本新聞朝刊=