(前回記事:
(6)倉庫を移動して在庫量を偽装)
前回まで考察してきたように、鯨肉は他の水産物に比べて異様に在庫量が多い。しかも今月と先月の水産物統計のデータからは、鯨肉の「隠されていた在庫が戻ってきた」としか解せない不自然な動きがあった。
さて、鯨肉在庫を低く装ってマスコミや国民の目を欺くことは、捕鯨関連業界にとって、輸送経費や代行引受先への手数料等のコストをかけるだけの価値はあるだろうか。もっとも、移転先の倉庫の持ち主はおそらく身内に等しい事情に通じた業界関係者であろうし、伝票上の操作だけで済ませて現物はそのまま元の倉庫で埃を被っているという可能性もある。
水産物流通統計は基本的に“協力者”の自計申告に基づいており、精度については何も保証していない。農水省の担当者が倉庫へ足を運んでいちいち箱を数えるわけではない。仮に虚偽の申告が発覚したとして、法的に罰則が規定されているわけでもない。つまり、誤魔化そうと思えば、かなり簡単にいくらでも誤魔化せるのである。
実際に在庫操作のための架空取引の存在を示唆する事例がある。今年3月12日、他でもない旧ニチロの元冷凍倉庫所長らが、冷凍庫に豚肉が入っているかのように装って9千万円を騙し取った罪で逮捕された。詐欺被害に遭った食品卸売業者は名義変更の書類等を信じ込み、倉庫へ実際にものを確認しに行くまでの2ヶ月間、まったくわからなかったとのこと。同様の手口で複数の業者が被害に遭い、被害総額は5億円(余談ながら、調査捕鯨に対する政府の補助金と同額‥‥)を超えるとみられる。ニチロ側は「勝手に名前を使われた」とコメントし、この所長を昨年11月に解雇している。
・
食品業界の謎…そのBニチロ疑惑に強制捜査(裏の裏は、表…に出せない!)
・
ニチロ元社員ら3人再逮捕 架空豚肉取引で1億2000万円詐取(4/12、MSN産経)
しかし、この事件は、どこの冷蔵庫に、何が、いつからいつの時点までしまわれているか/あるいはいないかを、当の倉庫を所有する会社も、買ったと思い込んでいた業者も、実にいい加減にしか把握していなかったからこそ起きたといえる。そして、日頃の冷凍倉庫の管理がいかに杜撰に行われているかを如実に示してもいる。ちなみに、冷凍倉庫に“存在したはず”の豚肉は1200トン以上。今年最高値である9月の在庫の3割、最低値の3月の在庫の5割に匹敵する量が、たった何枚かの書類で簡単に偽装できてしまったことになる。
11月15日、まだ記憶に新しい中国産ウナギの産地偽装の容疑により、販売業者魚秀の役員やマルハニチロホールディングスの子会社である神港魚類の担当課長らが逮捕された。魚秀の役員は報道機関のインタビューに対して「在庫をはきたいという一心で手を染めた」と答えている。消費期限や産地・等級の偽装、農水省地方局職員との癒着も疑われる汚染米事件(事故米転売)などが後を絶たず、今や日本は食文化が根底から崩壊した“食品偽装大国”と化した感もある。
そうした不正における伝票操作の手口はいずれも似通っている。鯨肉を取り扱っている流通業界としても、別に不正競争防止法などに問われるわけでもない“在庫偽装”くらい、頼み込まれれば嫌とは言わないのではないか。利鞘は稼げないにしろ。何より、調査捕鯨関係者には、一向に減らない在庫を低く見せる必要があるという、確かな動機がある。JARPAU(南極海)の増産計画を立ててしまった以上、発車してしまった以上、今更引っ込みがつかない。販売不振などは国民が許さないだろう──と。
いや、果たして本当にそうだろうか? 鯨肉の価格は、下げれば赤字が増え、上げたらますます売れなくなるという、深刻なジレンマに陥っている。今はいったん下がったものの、今年は燃料の重油高騰の波をまともにかぶった。鯨研(財団法人日本鯨類研究所)は、同じ水産庁管轄の公益法人である海外漁業協力財団から多額の低利融資を受けているが、要するにこれは国民の税金からの借金に他ならない。本シリーズのはじめ(1)でもお伝えしたように、農水省の水産物統計の最新値が載ったのと同じ11月10日、日経新聞は鯨研・共同船舶が苦境に陥っている事実を伝えた。
また、11月17日に因島を出港したと見られる今期の調査捕鯨では、辞職した乗組員の代わりに外国籍の船員を雇用するのでは、という情報もある。日本の海運業界で合理化が進むなか、これまでは全日本海員組合の強力な支援を受けて船員を確保してきた共同船舶は、そこまで「背に腹は替えられない」状況にあるということかもしれない。しかし調査捕鯨に“科学”の錦の御旗を掲げているとしたら、認識が甘いのではないか。
統計に表れてこない大量の鯨肉在庫が、日本全国の冷凍倉庫にたくさん埋もれているという事実を、私たちは念頭に置く必要があるだろう。昨期・2007/08は、シーシェパードの妨害、グリーンピースや豪軍の監視を口実に生産を抑え、いったんは在庫の表向きの数字を減らせたはずだったが、それも元の木阿弥となり、もはや言い訳は利かなくなった。
今年度以降計画どおり、3500トンほどの調査捕鯨を強行すれば、在庫がまた一気に膨れ上がるのは火を見るより明らかだ。このままでは、古びた鯨肉の箱詰めが日本中の冷凍倉庫を埋め尽くす事態にもなりかねない。
<グラフ4>は、2005年以降の鯨肉在庫曲線のごく簡単なシミュレーションである。“隠し在庫”を表に晒したケースAが基準。ケースBでは2007年の火災事故と2008年の妨害活動による影響がなく、計画どおり(2006年と同水準)の捕獲を行っていた場合。ケースCでは、さらにそのうえ鯨食ラボによる各年7月の出庫量の異常なピークを取り除いた場合である。事故と妨害と採算度外視の売り込みキャンペーンがなかったら、来年には在庫が1万トンを突破していただろう。それも把握できない“隠し在庫”を除いて。一方、ケースDは、増産をしなかった場合。漸減傾向だが、在庫の適正水準から考えればまだまだ余裕があり、一部の愛好家たちが怒りだすほど需給が逼迫する事態には当分至らないはずである。
鯨研/共同船舶/水産庁は、そもそも無理のあったJARPAUの増産計画−アクシデントによって“助けられ”未達成のままの目標設定(推定:3500トン/1期)を直ちに見直すべきである。鯨肉の過剰在庫の事実と現状認識を、国民に対してまずしっかりと伝えるべきである。そして、科学的なプライオリティと、事業に伴う社会的なコスト − 近隣諸国などとの外交懸案を抱え、食料(食糧)・エネルギーなどの海外依存度も高いこの国にとって、決してゆるがせにできない外交上の得失を含む − を、公正に秤にかけ、なぜ南極海調査捕鯨を”国益”と判断するのか、選択の理由を明示すべきである。
過剰な鯨肉在庫を抱えながら、国際的な非難にあらがって調査捕鯨を強行する必要は、少なくとも私には見当たらない。日本政府や関係者は、いわば「南極海では、捕鯨ではない形で調査を行おう」などとするオーストラリア環境相の呼びかけなどにも、真摯に耳を傾けるべきだろう。
(シリーズおわり)
【増える在庫/消える在庫 鯨肉在庫統計のカラクリを読む】
・
(7・完)需要と在庫の大幅な乖離 2008/11/22
・
(6)倉庫を移動して在庫量を偽装か? 2008/11/21
・
(5)水産業界の再編も影響 2008/11/20
・
(4)減っているように見えたワケ 2008/11/18
・
(3)不自然な在庫の動き 2008/11/17
・
(2)順調に減っていた筈が…… 2008/11/16
・
(1)2年減産が続いた調査捕鯨、今年は再び増産へ……? 2008/11/15
◇ ◇ ◇