Sep
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ミナミキイロアザミウマ

 キューバ

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 キューバは貧しい発展途上国だが、各地の都市間には飛行機便が充実している。ソ連製のおんぼろ飛行機だが、私もハバナからサンティアゴ・デ・クーバまでは二回ほど乗ったことがある。

 今を去ること10年前、1996年10月21日、10時08分。そんなキューバの民間機のひとつ、ハバナとラス・トゥナス間を結ぶ定期便、クバーナ航空のCU-170号が、高度2700mを時速400キロで飛行していた。
 そして、同機の機長と二人の副操縦士は、300mほど上空を北から南に向かって飛ぶ単一エンジンの一機の飛行機を目にした。だが、その飛行機は奇妙な所作をしていた。断続的に7回も灰白色の霧状の物質を散布していたのだ。その日は快晴で、場所は、マタンサス州のバラデロ南部の25~30kmの地点だった。

 疑問に思った機長は、管制塔に無線で連絡を取る。その機は、許可を受け、キューバ上空を北から南に飛行していた米国国務省所属のS2R型小型機だった。航空管制官は、「何か技術的なトラブルがあったのか」と米機のパイロットにたずねた。だが、パイロットは「何もない」と答えた。管制塔は機種も確認した。すると、「単発エンジンのAY-65である」との返事が戻ってきた。この会話はテープに録音されている。

 この目撃事件があった2ヵ月後、今日の主人公「ミナミキイロアザミウマ(Thrips palmi)」が登場する。アザミウマは体長が1~1.5ミリほどの小さな昆虫で、主に花の中、草や木の葉の間、樹皮下や枯葉の中、土壌中等に生息している。現在、200種類が確認されているが、うち吸汁性のものは作物に傷をつけて加害する危険な害虫である。もともとアジアには広く生息する害虫だが、これまでキューバでは知られていない害虫だった。

だが、12月18日、このアザミウマがマタンサス州のジャガイモ農場で異常発生したのである。翌1997年1月には、マタンサス州に接するハバナ州南部のムニシピオの畑にも広まり、とうもろこし、豆、かぼちゃ、きゅうり、その他の作物に被害がでた。

 キューバは発展途上国だが、優れた病害虫管理監視網を持っている。1997年2月14日には、植物防疫研究所は害虫をアザミウマであると特定。作物被害の原因が特定されると、キューバ政府は高額の化学合成農薬の散布も含め、直ちに緊急防除措置を講じた。だが、アザミウマは多くの殺虫剤に対して耐性をもつ厄介な害虫である。十分な効果はなく、6ヶ月後には、国土の3分の1にまで被害が広がり、甚大な被害が各地で広まることになった。

 キューバの植物防疫センターの職員たちは、どこで害虫が発生したのかを追及した。そして、害虫が最も高密度な地点から、最初の感染場所がホベリャノス(Jovellanos)ムニシピオの「レーニン園芸国営農場」であり、さらにそこから数キロ離れたメキシモ・ゴメス(Maximo Gomez)とボロンドロン(Bolondron)村の近くであると特定した。また、12月18日に検出されたアザミウマはすでに第三世代か第四世代のものであることもわかった。アザミウマの生理的生殖周期が15~21日間であることを考えると、アザミウマが発生したのは10月後半であることになる。
 つまり、アザミウマの感染地点も時間も、米国の飛行機が何かを散布した飛行ルートと通過した日付と一致したのである。


 1996年12月26日、キューバ外務省は、飛行事件についてきちんと解答するよう米国側に回答を求めた。そして、七週間後に米国から「パイロットの操縦士は、キューバの民間航空機が下に飛んでいるのを見た。そのため、位置を示すのに『煙発生装置』を使用したのである」との返事が戻ってきた。

 だが、キューバの機長は、農薬空中散布の経験を持っているが、「自分が見たのは、あくまでも煙ではなく、物質の放出だった」と断言している。また、SAR機は、麻薬取締り作戦に使われ、コカ葉栽培地などで枯葉剤を散布するために使用されている機で、その日は、フロリダ州のココア・ビーチのパトリック(Patrick United States Air Force Base)合衆国空軍基地から飛び立ち、グランド・ケイマン島経由でコロンビアに向かっていた。だが、同機には、液体粒子とエアゾールを散布する装置と固体粒子を散在する二基のシステムは備えているが、煙の発生装置は備えられていない。しかも、「煙の放出」という主張は、テープに録音された米国のパイロットとの会話にも矛盾する。

 1997年3月末、キューバ政府はFAOに技術・財政支援を申し込み、FAOの植物防疫の専門家、ジム・ポラード(Jim Pollard)が同年4月、確かにアザミウマがキューバが発生していることを確認する。

 1997年4月28日、キューバ政府はこれを「生物攻撃」であるとして、この事件とその後のやりとりの詳細な報告書を国連総長宛提出した。

 だが、米国側は「事実無根」と反論し、対立は1997年8月、ジュネーブでの生物兵器条約に基づく協議の場に持ち込まれた。そして、同年12月、委員会は、「問題の技術的複雑さのため、決定的な結論にいたるのは不可能である」と報告した。すなわち、ミナミキイロアザミウマが、はたしてキューバに対する米国の生物兵器として使われたのか、事実は闇のまま葬り去られたのである。

(追伸)
 「キューバの有機農業を邪魔するため、米国が害虫を空から散布している」
このとんでも本まがいの話を私が初めて耳にしたのは、はじめてキューバを訪問した時、有機都市農家、セグンド・ゴンサレス氏からだった。当時、まだキューバのことをよくしらなかった私は、カストロが経済危機で苦しむ国民の批判をそらし、独裁権力を守るために行っている自作自演劇ではないかと疑ったりもした。「外部からサリンの攻撃を受けている」と主張した某宗教団体の教祖の顔が浮かんだりもした。

 だが、疑われる向きの方は、世界的に著名な昆虫学者、桐谷圭治さんの以下の文章を読んでいただきたい。

「私も今時まさかと思い、日本で開催されたシンポジウムに出席していた米国の著名な2人の昆虫生態学者にその可能性を聞いてみたところ、返事は意外にも「Possibleだ。いままでにもそのような話は十数回あり、そのうちの6回ぐらいは証拠も出ている」という話だった」

 桐谷圭治著「ただの虫を無視しない農業」(2004)築地書館P128より

 なお、1997年、新たに公開されたCAI文書は、CAIが「1960年代に世界中の多くの国を標的とした作物破壊戦の秘密研究プログラムを行なつていた」ことを示している。常識を知らなかったのは、私の方だったのである。

(引用文献)
(1)Biological Weapons
http://www.globalsecurity.org/wmd/world/cuba/bw.htm
(2) J. Clancy,US Plague on Cuba, 28 May, 1997.
http://www.hartford-hwp.com/archives/43b/068.html
(3) Reprinted from the May 22, 1997
Leslie Feinberg,Is U.S. waging bio-war against Cuba?
http://www.workers.org/ww/biowar.html