第一回大会では総四台のテレビとゲーム機が動員され、参加者も30人強と、まるでゲーセンのような異常な光景を作り出していた。
当初はさんおつ内のぷよぷよチャンピオンが決定されるという小規模な大会として企画されていたが、参加費なしの優勝賞金なし、得られるのは名誉だけ!というふれこみの下、いつのまにか参加者は最長老である僕から1女までと裾野が広がり、その種目もスマッシュブラザーズ・マリオテニス・ぷよぷよ・ウイイレにまで拡大。
多くのシーンでかんたの天才的ゲームセンスが披露され、スマッシュブラザーズ決勝ではまるで1ダブの応援様の光景が見られることとなったが、その裏で僕とこへとオーナーによるぷよぷよ最弱決定戦が行われていたことは誰の記憶にも残らなかった。
執筆 岩谷"the weak"健二郎