出版業界が動いている。先月20日、講談社、集英社、小学館と大日本印刷グループ3社の計6社が、中古書販売最大手のブックオフコーポレーション(佐藤弘志社長)の株28.9%(議決権ベースで32%)を取得した。敵対的関係にあった出版業界とブックオフの間に何が起きたのか。どう変わろうとしているのか。【太田阿利佐】
■批判から一転
目利きが難しく参入が困難とされた古本業界。だがブックオフは「新しくてきれいならなんでも買う」手法で家庭に眠る本を集め、定価の半額から100円という低価格で販売してきた。90年に1号店をオープンさせ、09年3月末には全国に約900店と急拡大。フランチャイズ店も含めるとブックオフ事業(中古CD・DVDを含む)の売り上げは約850億円に上り、紀伊国屋書店(約1200億円)や丸善(約1000億円)に迫る勢いだ。
周辺の新刊書店の売り上げに影響が出たり、著作権者や出版社への利益還元がないことから「出版不況の一因」「業界のパラサイト」などと厳しく批判されてきた。そこにいきなり出版大手3社が各4・29%、大日本印刷が6・6%、大日本印刷グループで書店大手の丸善が5・57%、図書館流通センター(TRC)が3・86%の株を取得した。
■「健全化」への布石
「コペルニクス的転回と言われればそうかもしれないが、すでにブックオフがこれだけ大きくなった以上、株を保有して意見を言い、健全な流通ルールを作った方がいいと判断した」。講談社の森武文常務は、言葉を選びながらそう話す。
ブックオフ株は、不正経理問題などで経営から退いた創業者が08年3月にファンドに売却した。森常務は「ファンドが株を売りに出していると聞き、株取得の検討を始めた。新刊本が売れてこそ中古本市場が成立するとの認識がブックオフの佐藤社長と共有できたことや、出版3社で共同歩調が取れたため取得に踏み切った。他業種の業者に株を取得されるのも避けたかった」と語る。
具体的な取り組みについては今後6社で協議して決定するが、ブックオフの販売価格を上げるようなことはなさそうだ。「著作権者への利益還元方法と、万引き本の購入防止対策などから検討されるのでは」(森常務)という。
ブックオフの佐藤社長は「売却先がどこになるか心配していたが、出版3社が出資すると聞き『本当か』と驚き、うれしかった。当社の決算も近く20期を迎え、人間なら成人。もう勝手なやんちゃが許される立場ではなく、業界で認められる存在になろうと社内で言ってきた。著作権者への利益還元にも積極的に取り組みたい」と声を弾ませる。
■自由価格本の動向
業界関係者にはとまどいも広がっている。6社は「2次(中古書)流通も含めた出版業界全体の協力・共存関係を構築し、業界の持続的な成長を実現」するとするが、具体的な姿が見えてこないためだ。
なかでも議論になりそうなのが自由価格本だ。
出版物の流通は、再販制度(定価販売)と、書店から返本が可能な委託販売制度で成立している。本や雑誌は出版社、取次、書店の順に流れ、出版社が取次に本を卸す段階でいったん売り上げが計上される。
出版不況の中、売り上げアップのため新刊点数は増え、08年は約8万点(出版年鑑)にも。だが、書店に並びきれず約4割が返品されている。
自由価格本は、返品された本の再販を解除し、再び流通させるものだが、大手出版社は一部でしか販売していない。佐藤社長は6社側に期待することの筆頭に「自由価格本販売への理解と協力」を挙げる。
同社では、すでに「Bコレ!」として中小出版社などの自由価格本を販売している。中古市場も巨大になり、従来の消費者からの買い取りだけでは魅力的な本の仕入れが難しくなっているためだ。佐藤社長は「返品本でも、表紙を見せ、宣伝文を付けて低価格にすれば十分売れる。返品時の受け皿があることで、出版社側も思い切った企画の本や初版部数を増やすことが可能になる」と力を入れる。
これに対し、出版3社は「(返品された本をブックオフで販売することは)今は全く考えていない」(講談社・森常務)、「現時点で、具体的なことは考えていない」(集英社広報室)、「すべて今後の話し合いによるもので現在は何も決まっていない」(小学館広報室)とそろって慎重な物言いだ。自由価格本が本格化すれば、実質的に本の値崩れが起き、ただでさえ経営の苦しい新刊書店からの反発も避けられない。
一方、大日本印刷や丸善は「再販制度は維持すべきだ」としながら、自由価格本に一定の理解を示す。丸善の小城武彦社長は「ブックオフがここまで大きくなったのはお客の支持があったから。4割の返本率は出版社の経営面でも、地球環境面でも大問題。自由価格本はすでに当社でも町のスーパーでも扱っている」と話す。
大日本印刷の森野鉄治常務も「不況でもあり、この本が1000円では買えないが500円なら買う人がいるなら、提供すべきだと思う。ただ一物二価は避けるべきで、そのためには新刊本と、それ以外の自由価格本・中古本の識別が大事だ。カバーを付け替えるとか、ラベルを張るとか、将来的には最初の出荷時にICタグを付ければいい。両者が交ざらなければ、それぞれの市場で適正価格で販売できる。とにかくルール化が大事だ」とする。
■大日本印刷の戦略
今回の一件では、大日本印刷の戦略にも関心が集まった。印刷最大手の同社は、昨年2月に図書館流通センター、同8月には丸善を子会社化。今年は3月にジュンク堂、5月に主婦の友社を子会社化している。
森野常務は「最近はICカードなどエレクトロニクス部門に力を入れてきたが、当社はもともと出版印刷業。出版業界が縮小し続ければ、長期的には当社の経営にも影響する」と話す。背景には、苦い思い出もあるようだ。
森野常務は「インターネットという印刷にとって破壊的技術が普及した90年代後半、出版各社は急速に電機メーカーに接近した」と振り返る。電子本のハードやソフト関連の開発が盛んになされたが、どれも大成功とは言い難い。なぜか。森野常務は「各電機メーカーが、自社製品の普及のためシステムをオープンにしなかったから」と分析する。「当社は出版業界の下請け140年。一つの素材をアナログ印刷、デジタル印刷、ダウンロード配信など読者の求める形で、読者の求める場所で、読者の求める機器に提供できる本作りのシステムを書店や出版社と開発し、広く提供したい」と話す。
議決権ベースで3分の1超を取得すれば拒否権を発動できるが、6社の合計株数はそこまでには至っていない。6社とブックオフがまずどんな手を打ち出すのか、注目されている。
出版ニュース社の清田義昭さんに聞いた。
--6社の出資をどう見ますか。
出版年鑑によると08年の出版界の総売上額は2兆1272億円で、前年比3.2%減。減少に歯止めがかからず、出版社も書店も自転車操業状態だ。中小書店は、中古書店やネット書店、コンビニエンスストアに押され、年間約1000店が廃業している。大手書店も既存店の売り上げが伸びず、新規出店で売り上げを伸ばしてきたが、景気の冷え込みで資金繰りが難しくなっている。資金力のある大日本印刷が駆け込み寺になり、今後もグループは大きくなるのではないか。凸版印刷も、紀伊国屋書店との業務提携を発表し、出版業界の再編が始まったということだろう。
--大手出版3社の狙いは。
小学館、集英社の2社はほとんど発言しておらず、気になる。著作権者に利益を還元させる、としているが、3社に秋田書店、白泉社を加えるとコミック売り上げの約7割を占め、ブックオフを放置しておくとますます新刊コミックが売れなくなると判断したのだろう。にらみを利かせるために出資したのでは。
--自由価格本の課題は。
取次の大阪屋は、すでに系列店に自由価格本を提供している。本が安く手に入ることは読者にとってはいいことだが、自由価格本が無原則に広がると書店が混乱し大変なことになる。自由価格本の提供元となる出版社側や流通が協議しルールをしっかり作るべきだ。
毎日新聞 2009年6月8日 東京朝刊