2003年6月5日 海老原・大塚
DNA鑑定
T.DNA鑑定とは?
DNAの特徴により個人をグループ分けする方法
@沿革
1985 イギリスの人類学者A.J.ジェフリーズによるDNAフィンガー
プリント法(DNA指紋法)の開発
同年、指紋法以外の鑑定方法が次々と開発される
1989 科学警察研究所が初めて実際の事件で鑑定を行う
1990 科学警察研究所がMCT118法の使用を開始
1992 警察庁によるDNA鑑定法の犯罪捜査への本格的導入開始
同年、水戸地裁下妻支部が強姦事件の判決で、初めてDNA鑑定の信用性を認める
1995 都道府県警察の科捜研でのDNA鑑定の整備が完了。鑑定が行われるようになる
1997 「DNA鑑定についての指針」(日本DNA多型学会より)
*1992〜2000年3月までに全国の警察が実施したDNA型鑑定は約2300件、うち約200件が裁判で証拠として採用された(警察庁より)
ADNAとDNA鑑定
Ø DNAの構造(細胞>核>染色体>DNA>塩基)
Ø DNA鑑定の原理
「DNA鑑定は個人を特定する方法ではなく、あくまで個人をグループ分けする方法である」
DNA鑑定は約30億個ある塩基のうち、個人差が認められているごく一部の塩基配列を調べているにすぎない。
特定の塩基配列を一単位としてその反復数
異なる塩基配列とは が異なるもの(ex. MCT118法)
塩基の並び方自体が異なるもの
Ø DNA鑑定の方法
DNA指紋法
TH01法
PM法
HLA−DQa法・・・染色体の特定の部位にあるDNAの塩基配列の違いに着。目。6通りのパターンがあり組み合わせ数は21通り。
MCT118法・・・・染色体の特定の部位にある、一定の塩基配列の反復回数に着目。29通りのパターンがあり組み合わせ数は435通り。
U.他の科学捜査方法との比較
@血液型鑑定
DNA鑑定同様、個人のグループ分けをする方法。絶対的な識別力はない。
血液型鑑定ではABO式血液型、Rh式血液型、MNSs式血液型、Lewis式血液型等を調べて区別する。
DNA鑑定との相違点=個人識別能力
A指紋鑑定
個人特定が可能な点でDNA鑑定とは異なる。また、指紋に関しては1968年以来データのコンピュータ管理が進められている。
DNAデータを管理する点での問題=指紋が個人の特定以上の情報を含まないのに対して、DNA型は潜在的に血縁関係等の情報を含む。
V.足利事件
【事件の概要】
1990年5月12日の夕方7時頃、足利市内のパチンコ店から行方不明になったMちゃん(当時4歳)が、翌13日、栃木県足利市の中心部を横切る渡良瀬川の河川敷で死体となって発見された。本件は、被告人がMちゃんを猥褻行為をする目的で近くの渡良瀬川河川敷へ連行して誘拐し、頚部を両手で締めて殺害した後、死体にいたずらをするなどして河川敷内の草むらに遺棄したとされた事案である。現場では、ごく少量の精液の付着したMちゃんの半袖、下着を同川の水中で、泥だらけの状態で発見された。警察は事件発生直後から180名の捜査員を投入し、いわゆるローラー作戦によって見当を付けた犯人像に合致する人物を捜索した(←@幼児に性的な興味があるA現場に土地勘があるB血液型が現場付近の川底から発見された被害者の下着に付着した精液斑と同じB型の男性)。
1990年11月 聞き込み捜査により幼稚園バス運転手、菅家利和さんがマークされ、任意提出を受けた唾液から血液型がB型であることが判明するなどしたため、約一年間にわたって、捜査員によって行動を監視され続けた。
1991年3月 兼務先への刑事の聞き込みが原因で解雇され、以後失業。
6月23日
菅家さんが集積所に捨てたゴミ袋の中から、精液の付着したティッシュペーパーを採集した。
8月21日 科警研に半袖下着とティッシュをDNA鑑定依頼。
11月25日
DNA鑑定報告。123マーカーを用いたMCT118法で同型であると判定した。
12月1日
菅家さんに任意同行を求めて取調べを行う。当初は弁解したものの、同日中に自白し、直ちに通常逮捕された。
1992年2月13日 第一審初公判(宇都宮地方裁判所)
検察側161点の証拠申。弁護側、DNA鑑定に関する鑑定書3通以外全証拠に同意。従って以後ほとんど一切証拠調べ行われず。
12月22日
第六回公判。被告人が犯行を否認。
1993年 1月28日
第七回公判。再び犯行を認める。
5月31日 弁護士にはっきりと犯行を否認し無実を訴える手紙を出す。
7月
7日
第十一回公判。被告人に無期懲役を言い渡す。
7月
8日
東京高裁に控訴。
1994年 4月28日
第二審の初公判。
1996年 5月
9日 判決。控訴棄却。(一審判決をほぼそのまま追認)
同日、直ちに最高裁に上告。
2000年 7月18日 最高裁、上告棄却の決定。弁護団の主張に対する具体的判断を一切せず。
7月19日 直ちに異議申し立て書提出。
7月27日 最高裁、異議申し立てを却下。
7月28日 菅家さん、日弁連人権擁護委員会および栃木県弁護士会同委員会へ人権救済申し立て。
2001年 5月
日弁連足利事件調査委員会発足。
2002年12月20日
日弁連、足利事件を冤罪と認定し、その再審支援を機関決定。
12月25日
菅家さん、宇都宮地裁に再審請求。
足利事件の特徴は判決文で、DNA鑑定の説明が半分にも及んだことである。
判決で有罪の根拠とされたのは「自白」と「DNA鑑定」であった。
本来はDNA鑑定は単なる可能性を示すに過ぎないものだが、本判決はこの鑑定結果の証
拠能力を全面的に認め、過大評価している点で争われている。犯人とされている菅家さん
は2002年12月に再審請求しているため、いまだに解決されたとはいえない。
以下は弁護側・裁判所双方のDNA鑑定に関する主張である。
弁護側の主張
@
123ラダーマーカーの不適格性
DNAパターンの鑑定に使われた123ラダーマーカー(いわゆる物差のこと)が、適切な結果を示さないものであることがその後判明し、93年限りで使用を止め、これ以降はアレリックラダーマーカーを使用している。マーカーの変更によって各パターンの出現頻度は違ってくる。
A
鑑定資料の質的な欠陥
本件鑑定まで一年余り、被害者の下着は乾燥させ、ビニール袋に入れて常温で保存され、そのため、下着に付着した精子のうちの相当量が変質したと考えられる。本件鑑定よりも後にできた警察庁によるDNA鑑定の取り扱いの指針に定められている「超低温下」で保管されておらず、質的な欠陥があると言えるのではないか。
B 鑑定資料の量的な欠陥
被害者の半袖下着は、渡良瀬川の水中に没し、かつ、泥だらけの状態で発見されたため、付着した精液はそのほとんど全てが離脱してしまった状態であったはずであり、本件鑑定資料は量的にDNA鑑定に必要な精子数に足りなかった可能性があり、したがって、本件DNA鑑定の結果の証明力には疑問がある。
C 再鑑定不能に対する不信
また、本件では現場資料の全てを最初の鑑定で消費しており、再鑑定が不可能な状況にある。追試や再鑑定の積み重ねがあってはじめて客観的な科学的証拠となりえるのではないか。
D
頻度に対する過大評価
DNA鑑定は統計的確率を示すものであるのに、その前提となる出現頻度作成のため
のサンプル数が不十分である。本件においてDNA鑑定が実施された際に用いられた、
MCT118型の日本人における頻度分布では、調査人数がたった190人しかいな
い。この時点で出された計算によると、被害者の衣服から検出されたDNA型の持ち
主は「1000人中1.2人程度」ということだったが、その後のサンプル数増加
(調査人数957人)に伴ってその出現頻度は「1000人中約5.4人」に変更
された。これは、当時の人口で考えると足利市内に被告人と同一のDNA鑑定結果に
なる人が900人以上いることになり、さらに周辺市を比べればもっと多くなる。
これではとても犯人と決めつけるわけにはいかないのではないか。
E
DNA鑑定結果自体に対する不信
弁護団側が被告人の髪の毛を使って独自に行ったDNA鑑定の結果が、科警研DNA鑑定の結果と違っていたと、上告の際に弁護団側が主張。
(当初使用していた123ラダーマーカーの不正確性に対するアレリックラダーマーカーへの変更に伴う問題)
最高裁による判示
「本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原
理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学
的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値について
は、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等を加味して慎重に検討され
るべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当で
ある。」
弁護側の主張に対する裁判所の見解
@
123ラダーマーカーの不適格性
以前から行われていた123マーカーを用いたMCT118法のDNA型の型番号とアレリックマーカーによる型番号の相互対応は可能であることが認められる。したがって、123マーカーを用いたMCT118法で得られる型番号は、そのままMCT118部位の塩基配列の反復回数そのものを表しているとは、必ずしも言えない場合もあるが、異同識別のため対照すべき複数のDNA資料について、123マーカーを用いた型判定作業が同一条件下で行われる限り、異同識別に十分有効な方法であることには変わりはないと認められる。
A
鑑定資料の質的な欠陥
本件鑑定まで一年余り、被害者の下着は乾燥させ、ビニル袋に入れて常温で保存され、そのため、下着に付着した精子のうちの相当量が変質したと考えられるが、関係証拠によれば、精子のDNAは強固なたんぱく質で保護されており、かなり安定しているから、本件鑑定よりも後に出来た警察庁の取り扱い指針の定める超低温下で保管してなかったからといって、鑑定結果の信頼性が損なわれるとはいえない。
B
鑑定資料の量的な欠陥
流水中では、下着からある程度の精液が自然に流出することは当然考えられるが、精液は粘性が高く、また、本件半袖下着は木綿製で短繊維の細かなものであるから、これに粘性の高い精液が付着した場合、意識的に洗うなどして、強力な作用を加えない限り、比較的短時間、水中にあった程度ではかなりの量が繊維内に残存すると考えられる。
C
再鑑定不能に対する不信
被告人の精液が付着しているティッシュペーパーからは比較的変性の少ない相当量のDNAを抽出・精製できたため、MCT118法による型判定とHLADQa型判定の二つのDNA型の判定作業を行ったが、下着の精液斑二個から採取した資料からはごく少量のDNAが抽出。精製されたに止まり、MCT118法による型判定の作業で全量を消費してしまったため、HLADQa型判定の作業は行うことができなかったというのであって、そこには、追試を殊更に困難にしようとする作為は窺われない。一般に、鑑定の対象資料が十分あれば、鑑定作業を行った後、追試等に備えて、変性を予防しつつ残余資料を保存しておくのが望ましいことは言うまでもないが、犯罪捜査の現場からは、質、量とも、限られた資料しか得られないことの方がむしろ多いのであるから、追試を阻むために作為したなどの特段の事情が認められない本件において、鑑定に用いたと同一の現場資料について追試することができないからといって、証拠能力を否定することは相当ではない。
D
出現頻度に対する過大評価
その後のデータ量の増加に伴い頻度の統計値が増したことは指摘の通りだが、そのような出現頻度の変動を当然の前提とした上で、「同一DNA型の出現頻度に関する数値の証明力を具体的事実認定においていかに評価するかについては慎重を期す必要がある。しかしながら、この点を念頭におくにせよ、血液型だけでなく、著しい多型性を示すMCT118型が一致したという事実がひとつの重要な間接事実となることは否定できない」と判断した。
E
DNA鑑定結果自体に対する不信
上告棄却理由でもこの点に対しては具体的判断を一切行っていない。