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国民壊?保険:/1 家計思い受診拒んだ妻

 「無保険」という言葉は、公的には存在しない。国民健康保険(国保)料の滞納で保険証を失った世帯は、代わりに交付される証書の名から、「資格証世帯」と呼ばれる。運営にあたる行政側が、人命にかかわることが直感される「無保険」の語を遠ざける中で、日本の「国民皆保険」制度は崩れつつある。保険証があれば救えたと思われる命があり、抜本的な制度改革が放置される中、保険料が高騰して支払い能力に見合ったものかが疑われる水準に達した自治体もある。国保の現状を、全国各地で探った。

 ◇救える命だった…

 大阪府守口市の古びた賃貸マンションの屋上に、造花が供えられていた。07年6月、この屋上に放置された冷蔵庫から、衰弱死した女性(当時58歳)の遺体が見つかった。夫(61)が死体遺棄罪などに問われ、翌年春に懲役3年6月の実刑が確定、服役している。公判中、近所の住民約50人は情状酌量の嘆願書を大阪地裁に提出した。その一人でパート従業員の女性は、判決に執行猶予が付いて街へ戻ってくると信じ、新居まで探していた。

 地裁判決によると、07年5月下旬、ぜんそくなどに苦しみながらも診療を拒んだ妻は自室で息を引き取り、夫は数日後、冷蔵庫に葬った。所持金はほとんどなかった。判決は罪を指弾しつつ、「夫は愛情を持って介護していた。妻が病院行きを拒んでいたのは、家計の窮状をおもんぱかって我慢したため」と述べた。

 捜査関係者によると、夫は妻の足元に頭を置いて寝ていた。手を伸ばせば、おむつの状態が分かるからだ。弁護士によると、夫婦は無保険だった。

 保険証があれば、医療費は原則、3割負担で済む。なければ全額が必要だ。夫は清掃員で、収入は月十数万円。介護代もかかり、保険料を払えなかった。

 今回の毎日新聞の調査で、守口市の保険料は全国6番目に高かった。夫婦は自己破産しており、医療費が免除される生活保護を受給できた可能性もある。窮状を訴えれば、保険料が減免されたかもしれない。しかし、市への相談はなかったという。

 パートの女性はつぶやいた。「救えた命だったかもしれないね」

    ◇

 京都市で昨年9月に大腸がんで亡くなったトラック運転手の男性(当時61歳)も、無保険だった。相談を受けていた同市内の病院のソーシャルワーカー(27)によると、男性は体に異変を感じて区役所で国保加入を相談したが、「保険料は2年分さかのぼった50万円が必要」などと窓口で聞いて断念。3カ月後に病院の門をくぐった時は、手遅れだった。

 同市南区にある建設会社寮。宮崎県出身の男性は14年前、東京から移ってきた。日給1万3000円の仕事があるのは、月10日ほどだ。1日2100円の寮費を払い、食べるのに精いっぱいだった。

 約10年前から職場の健康診断で「心臓肥大」を指摘されていたが、無保険のため病院には行かなかった。動悸(どうき)が激しくなった昨年5月、意を決して区役所へ向かったが……。

 ついに病院へ駆け込み、入院したのは昨年8月。病院側が生活保護を手続きし、医療費は免除になった。しかし、がん末期で手術の12日後に死亡した。

 ソーシャルワーカーは「せめて5月時点で、保険証がもらえていたら」と悔しがった。=つづく

毎日新聞 2009年6月8日 東京朝刊

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