コラム
杉浦大介
スポーツナビ

松井秀に残された逆転劇のシナリオ

2009年6月5日(金)

■地元で取りざたされる「松井不要論」

契約最終年を迎え、不要論が出ている松井秀。すべては今季の活躍次第だ
契約最終年を迎え、不要論が出ている松井秀。すべては今季の活躍次第だ【写真は共同】

 5月下旬に『ニューヨークポスト』紙に掲載された「松井秀喜不要論」については、多くの日本メディアでも報道されたのでご存じの人は多いはずだ。

「DH(指名打者)でしか出場できない選手は起用法を狭める。どんなに好成績を収めても松井が来季もヤンキースに残る可能性はない」

 上記がジョエル・シャーマン記者によって書かれた記事内の松井に関する記述の要約。しかもシャーマン氏の個人的提言でなく、情報源としてヤンキース内部の人間の存在が挙げられている点が見逃せない。
 
 実際にロースター(ベンチ入り登録選手)の平均年齢がメジャーで3番目に高いヤンキースには、現時点でDHが最適と思われる選手(ホルヘ・ポサダ、ジョニー・デーモン、ハビエル・ネイディー、松井)が多過ぎる。加えてデレック・ジーター、アレックス・ロドリゲスらも年齢的に来季以降はDHでの半休養が必要となる機会が増えていくだろう。そういった状況を考慮すれば、シャーマン氏の指摘通り、大事なロースタースポットを1つ費やして松井をキープする可能性は確かに低く思える。

「現状では再契約は難しいんじゃないか?」
「来季も残留するようなことがあればむしろ驚くべきかもしれない」
 
 顔見知りのアメリカ人記者に水を向けても、最近は大抵はそんな反応が返って来てしまう。そして中にはこんな意見を語る者もいた。

「何らかのソースから確かな情報を得ているわけではない。ただ休養日が不自然なほど多い今季の起用法を見ている限り、私には松井はヤンキースの構想から少しずつ外れて行っているように思えるね」

 松井の存在感が以前ほどではなくとも、今季ここまでのヤンキースはまずは順調な戦いを続けている。C・C・サバシア、マーク・テシェイラらの大物移籍選手は徐々に持てる力を発揮。新入団のベテランに守られて、1年前は総じて期待を裏切ったメルキー・カブレラ、フィル・ヒューズ、ジャバ・チェンバレンといった若手ホープ群も芽を出し始めた。
 ジーター、マリアーノ・リベラらの神通力が頼りだった時代はようやく終えん。パワーや経験値だけでなく、スピードや守備力でも勝負できるチームにヤンキースは徐々に移行している印象を受ける。
 6月2日(日本時間)まで続けた18試合連続無失策記録はその象徴。そしてそんな過渡期を迎えたチーム内で、守備と走塁で貢献できないベテラン打者の松井は極めて苦しい立場にあると言って良い。

■決断を下すには時期尚早

 ただそれでも、松井が来季以降もヤンキースでプレーする可能性が現時点ですでにまったくないとは筆者には思えない。もちろんシャーマン氏の記事がでっちあげのわけがなく、信用できるソースを元に書かれたものなのだろう。だがそうだとしても、5、6月の早い時期に来季以降のチーム作り構想が完全に固まるはずがない。

「松井にかかわらず、フリーエージェント(FA)選手たちの去就は今季が終わるまで分からない」

 ブライアン・キャッシュマンGMが6月3日の会見中に語った通り、たとえある程度の青写真はあっても、結局はすべて流動的であるに違いないのだ。

 似たような例として、1年前のカルロス・デルガド(メッツ)のケースが挙げられる。 昨季に契約最終年を迎えたデルガドは、5月終了時点で打率2割3分5厘、4本塁打と低迷。メッツが保持する翌年のオプションを行使する確率はゼロと見られ、シーズン終了後の退団は確実視されていた。
 しかしそれ以降にデルガドは調子を取り戻し、最終的には38本塁打、115打点。チームをプレーオフ争いに導く立役者となり、シーズン終盤にはMVPコールを受けるまでになった。チーム内外から巻き起こったラブコールに抗(あらが)い切れず、メッツはオフにデルガドのオプションを行使したのである。

 それと同じことは、今季の松井にも十分に起こりえる。不確定な起用に悩まされながらも、松井の調子自体は決して最悪なわけではない。ここ2試合こそ続けて無安打だったものの、6月2日までの7試合では打率4割1分7厘、3本塁打。ケガの影響からか開幕当初は下半身を使わない小手先の打撃が目立ったが、最近ではライト方向への強い打球も増えて来た。

■ニューヨーカーに“逆転劇”を見せられるか

「打者というのは常にさまざまな形でアジャストメントを強いられる。それほど詳しく知っているわけではないが、松井からは適応の上手な打者という印象を受けているので、一時的に厳しい状態に陥ってもうまく抜け出せるのではないか」

 レンジャーズの好打者マイケル・ヤングに尋ねると、洞察力に秀でたベテランらしい答えが返って来た。その言葉通り、現時点で体調が万全ではないにしても、徐々にでも確実に調子を整えて行けば良い。長いペナントレースの通例通りなら、夏から秋にかけてベテランの知己が必要な時期は必ず訪れる。力になれるのが打撃だけだとしても、チャンスで打てば評価はされる。

 少々気の早い話だが、今季の力強いヤンキースならプレーオフに進出できる可能性は高い。そしてその季節にだけでも、地元記者、ファンを感嘆させる活躍ができれば「10月以外に働いても意味はない」などとしたり顔で述べるニューヨーカーは、松井に関してもいとも簡単に手のひらを返すだろう。
 ゴジラのニューヨーク物語はまだ終わったわけではない。いや、立場が厳しいことも終えんが迫っていることも紛れもない事実ではあるが、逆転のシナリオは残されている。非情でせっかちな部分ばかりが強調されるが、一方でニューヨークとは常に「セカンドチャンスの街」でもあるのだ。

<了>

杉浦大介

1975年、東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「やさしく分かりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、ボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』など、雑誌やホームページに寄稿している

このページのトップへ
コラム一覧
日本人選手に危機到来!

グループ

グループ:野球 グループ:MLB

ブログ検索

お知らせ

サイト内検索:  携帯版スポーツナビ携帯版スポーツナビブログ