EMとクリーニング

この文章は、EM菌を利用したクリーニングが当業界に大変流行していることから「洗濯の科学」に依頼されて書いた文章です。「洗濯の科学」では、諸事情から当方納得の上、一部を変更して出版されています。

 

クリーニング業界に見かけるEM

 このところ、「EM」という文字をクリーニング業界で見かけることが多くなった。業界紙でもEMを使用したクリーニングを紹介したり、一部の資材業者はEMを使用したという洗剤なども販売している。

 EMとは、「有用微生物群」の通称であり、1982年に琉球大学農学部教授の比嘉照夫氏が開発した微生物資材の名称とのことである。「共存共栄する有用な微生物の集まり」の意味であり、本来は農業分野での土壌改良に使用されているものだという。

このEMが、クリーニングでどの様に使用されているか、また、有効性の有無などについて筆者の知る限りで論じてみたい。

 

EMとの出会い

 約10年ほど前、筆者の会社に出入りしていたコンピューター・プログラマーから面白い話を聞いた。その方は農業が本業で、実家で行う農業に、積極的に「EM」を使用しているという。筆者がEMという言葉を知ったのは、その時が初めてだった。

 EMは古来から存在する菌類の集合体で、これを活用することによって農地を非常に優良な土壌に改善することができる。そこで育った作物は無農薬、無害で非常に健康に良く、またこのEMは土壌改善だけではなく、環境浄化、食品加工、土木建築、医療など様々な分野にも活用できるのだ、とその方は主張した。農業分野では土壌改良、家庭生活では生ゴミの堆肥化、排水浄化、畜産分野では糞尿の堆肥化、医療分野では予防医学、代替医療(通常医療の代わりに用いられる医療のこと)とその活用性は多岐にわたる。当初は説明を聞くに連れ、存在の目新しさと、薬品などを使用しないエコロジー的な発想に筆者も感心させられた。

 そして、この方の説明はクリーニングにも及んだ。EMをクリーニングにも応用すれば、EMの力によって汚れが落ち、従来の洗剤も使用しなくなるだろう、EMで洗われた衣料品は体にも良く、健康な生活も送られるだろう・・・と。まさに良いことずくめである。筆者もその発想には魅了され、実際にその方からEM−Xなる500ml入りペットボトルを購入した。実際にその方が「使ってみてくれ」といって渡した最初期のEM洗剤も実験してみた。

 しかし、その方の話をずっと聞くに連れ、「本当か?」という疑念も湧いた。EMはその当時から問題となっていたアトピーにも効果があり、患部に添付することで効果があるという。また、これを常飲していればガンなどにも効果があり、ガン細胞が消えていくというのである。そこまで万能だといくらなんでも疑わしくもなるし、また、当時は深刻な問題だった新興宗教の様な「信じるものは救われる」的な発想もうかがわれた(オウム事件は平成7年)。その様なことからこちらも興味が薄れ、この方との接触も途絶えがちになっていった。ちなみに、いただいたEMの洗剤はほぼ効果がなく、購入したEM−Xも数年後にはカビが生えていた。この様にして、筆者個人のEMに関する問題はいったん沈静した。

 

クリーニング業者の取り組み方

 しかし、その後EMはじわじわと広がる動きを見せ、各方面に信望者が現れ、農家、婦人団体、行政団体、学校などに広まっていった。EMが広まったのは、以下のような理由が挙げられるだろう。

 エコ指向・・・近年は自然環境の悪化を民間から食い止めようという動きが多く、「エコ」は市民生活の重要なキーワードにもなっている。化学薬品を使用せず、自然な物質で環境を改善しようというEMは、とりあえず一般の方々には非常に素晴らしいものと映るのではないかと思われる。

 安全性・・・化学薬品などを使用しないため、危険がなく、特に技術や設備のない民間の人々でも安心して取り組むことが出来る。

 簡単であること・・・複雑な理屈があるわけではなく、誰でも簡単に取り組める題材なので、特殊な世界の人々の問題ではなく、万人受けする要素が感じられる。

 神話性・・・すべての物に効果があるというEMは、理屈はハッキリしないが何となく素晴らしいという、漢方薬に近いような神話性も感じられる。人間が生まれるはるか昔から存在した・・・、自然の力で改善する・・・、地球を救う大変革・・・。こういった言葉は、民間の世界では意外に受け入れられやすいポイントである。

 そのうちに、EMを使った石鹸がどこからか登場、それを使用すれば肌がすべすべになると言われた。最初は民間から登場した石鹸だったが、それを使用するクリーニング業者という方々も登場、クリーニング業界にもEMは伝播していき、やがて、業務用の洗剤も現れ、あろうことかドライクリーニング用のソープにも「EM」の名を冠したものも世に出た。

 

沖縄での研修会

 2008年2月15日、寝具のクリーニングを行う業者の団体、全国ふとんクリーニング協会が研修会を企画した。同業者工場の見学の他、EMでよみがえったホテルに宿泊、EM研究機構研修金の講演会があるという。筆者はこれに参加、研究員の話をうかがった。

地元工場を見学した後、EMで蘇ったというホテルへ到着、会議室で講演が始まった。ここで講師をされたのは、EM研究機構の研究員というS氏である。S氏はまず、EMの概念について述べ、その有用性について語り始めた。

 地球が誕生した60億年前から、最初に誕生した生物は微生物であったこと。EMとは正式には有用微生物群といい、当初は農業分野での土壌改良を目的として開発されたものの、その有用性が他の分野にも認められるということ、また、このホテルは最初大手ホテルチェーンが所有していたものの経営をあきらめて手放され、10年以上も放置され、ボロボロになっていたものをEM研究機構が買い上げ、EMによって再生したということ・・・。S氏はEMについて、スライドを使って説明していった。

 そのEMは、三つのはたらきがあるという。一つ目が発酵と合成、二つ目が抗酸化、そして三つ目が波動だというのである。 

 説明の中に「波動」という言葉が登場し、私は驚いた。

 

波動?

 波動に関しては、ネット上に以下の様な引用がある。

「波動」という言葉は、生命波動、波動水、波動エネルギーなど議事科学的な分野でよく使われている。「波動」を売りにした商品も多々あるが、その「波動」が何たるか不明なものであり、効果など期待できないことが多い。こういう分野における「波動」は物理学の波動とは何の関係も無く、得体の知れない事象の動作原理として暫定的に呼んでいる名称に過ぎない。 しかし、代替医療に代表される分野において、「科学的なイメージ」があるように見せかけるためや、議事科学が跋扈する舞台の材料として使われる。 甚だしい例では、「波動は物質の原子を構成する電子の動きから出る電磁波である」といった科学用語を使っただけの疑わしい説明を、無学な者に対して行い、生体電気、ラジオニクス、宇宙エネルギーを利用したといった触れ込みで商品が販売される。 あらゆる科学的な言葉をまぶしているが、そのもたらす結果が治療行為や運の改善というプラシーボ、もしくは事象の羅列に一貫性を見出すパレイドリア(錯覚)を利用したものであることが多く、物理的なエネルギーをなんら生み出さないところが特徴的である。 ごくまれにではあるが、「わからないものすべてを非科学的と決め付けるのも一方的だ」というスタンスで波動測定器や健康器具の研究や機材の販売を行っているところもある。 このように効果の範囲は、健康分野から軍事分野にまで広範囲に及ぶところが、特徴的である。

 

 要するに、波動というのは科学的根拠のないニセ科学、オカルトだというのである。私はあらかじめそういう知識はあったから、この方が真顔で「波動」と言ったのには少なからぬ衝撃を受けた。筆者は地元須賀川市から「特撮の神様」故・円谷英二氏が出ていることなどから、子供の頃よりSFが大好きで、この手の話は決して嫌いではない。波動に関しても、中国の気功術などを「超科学」に関する書籍などにより、全く聞いていなかったわけではない。しかし、それはあくまで趣味の話。本業に及ぶとなると話は別問題だ。自分が長年本業とするクリーニングの世界に、少なくとも世間一般では「オカルト」と呼ばれる分野が進出してきたらしいということ動揺した。

 

 そしてS氏のお話はクリーニングに及んだ。我々が水で選択をする際には洗剤を使用する。こういう洗剤の中に、生き物である「有用微生物群」が生きられるのか、という問題に関し、科学では証明されないが、それは「波動」によって補われる、と言う様な話があった。

 これをもって話が終わったが、筆者はすかさず質問した。

筆者「先ほど水洗いの話があったが、クリーニングの世界ではドライクリーニングにおいてもEMだという人がいる。これはどの様に説明されるのか。」

S氏「水洗いにおいても、洗剤が混じっている状態では、今の微生物学の常識では、微生物は存在できないことになっている。本当に(菌が)いないのか、今の人間の技術で検出できないのかはわからない。クリーニングの後にも乾燥工程があるが、今の技術ではこの熱で微生物は死滅するということになっている。EMを使った石鹸というのは、水に溶けた後で、微生物が増えていくという結果が確認されている。これは、石鹸の中でも微生物が生き続けたのか、石鹸の中で新たに微生物が生まれたのか、どちらの仮説も考えられる。今の分析機器ではわからない。こういう傾向がありますよ、という説明しか今のところできない。」

筆者「いや、私が聞きたいのはドライクリーニングについてである。完全な油であるドライ用剤の中で、菌が生きられるのか?」

S氏「ドライも結局は同じようなことである。EMそのものが効果があるのか、それともEMが作ったものが効果があるのか、または波動なのかはわかっていない。」

筆者「ということは、証明はされていないということか?」

S氏「そうです、証明されていないのではなく、現代の科学ではまだ証明できないのです。」

筆者「波動という言葉が出てきたが、私が調べた限り、波動というのも科学的に証明されていないのではないか。」

S氏「EMそのものが、そういう効果があるとしか考えられない様な現象があるのです。」

筆者「・・・」

 これでは話にならない。S氏はEMクリーニングは有効であるとの前提に立っており、こちらは確かめたわけではない。また、「波動」なるものに関しては、S氏は有効だと思っているが、筆者は一般論にならい、それはデタラメだと思っている。スタンスが違いすぎて議論にならないのである。また、「証明されていないのではなく、現代の科学では証明されない」というのは明らかに詭弁だ。幽霊肯定論者に、「幽霊を見たことはないが、見ていないものをいないと断定することはできないではないか。」と言われているのと同じである。それこそSF映画を見ている様な話である。

 全くもって判然としないままこの日の講演会は終了、参加者は懇親会に赴いたが、そこでもEMの効用が語られ、「このホテルに宿泊していると、ひげが伸びるのが早い」とか、「ぐっすり眠れて、目覚めが良い」とかまことしやかな話が出た。

 結局、この研修会ではEMに関する科学的な根拠を見いだすことができず、やや消化不良的な研修会となってしまったことは残念である。

 

様々な文献

 EMに関しては、私の知る限り1997年に出版された「カルト資本主義−オカルトが支配する日本の企業社会」(斉藤貴男著・文春出版)に詳しい。この本はベストセラーにもなり、2000年には文庫本も出ているので入手も容易だろう。

 書籍はソニーの内部にあった超能力研究所、科学的にはあり得ない永久機関を研究する人々、企業向けセミナーなどを次々と開催して人を引きつける船井創建、一時洗脳の疑いをかけられて話題になったヤマギシ会などとともにこの「万能薬」EMを紹介し、現代の資本主義社会に深く介在するカルト的な団体、組織を論評する。

 この書籍によれば、微生物によって土壌を改善するというような試みは戦前より研究されていたという。近代農法の発達によって忘れ去られていたが、化学肥料などの弊害が指摘され、有機農法や自然農法が注目されだしたのに伴い、再び脚光を浴びるようになった。この様な背景の中、EMは登場している。

 EMの開発者は琉球大学の比嘉教授だが、沖縄で地道に研究していた比嘉教授を全国に紹介したのは船井総合研究所創業者の船井幸雄氏とのことである。船井氏は全国の公演などで比嘉教授=EMを持ち上げ、多くの人々に紹介している。

 本書はEMがここまで大きくなった由来について詳しく解説しているが、EMそのものについては様々な人々の言葉や検証によってその価値をおおむね否定している。書籍全体の雰囲気が現代資本主義社会の中で生きるオカルト的なものの検証なので、EMもまたオカルトの一つという文調で紹介され、肯定的な文章は見あたらない。EMの貢献者とも言うべき船井氏自身が科学的には根拠のない「波動」の提唱者なので、それも関連づけて説明されている。

 ちなみに船井総研の船井幸雄氏については、早稲田大学教授、大槻義彦氏が著書「大槻教授の反オカルト講座」において、「船井幸雄のイカサマ物理学」なる文章によって船井氏の著書を厳しく否定している。クリーニング業界では経営コンサルタントとして著名な船井氏も、他の世界からはオカルト扱いされている様である。

 

ネットの情報

 一方、インターネットにもEMに関する記載がある。学校や民間団体でEMを使用した活動が行われているというような具体的な使用について紹介されたものが目立つが、最近とみに話題のネットのフリー百科事典、「ウィキペディア」の中にもEMの本来の名称である有用微生物群の説明があり、主張者による説明やEM技術に関する記載がある一方、EMへの批判も広く場所を取って記載し、検出されない菌群がある(微生物を利用した農業資材の現状と将来によれば、タイの試験研究機関の分析結果として、EM資材中に光合成細菌及び放線菌の存在が確認されなかった、とされている。)、疑似科学的な説明(万能を謳うことや他の研究者の批判に対する対応に、疑似科学性が見られると批判されている。)、 その他(日本土壌肥料学会の1996年の「微生物を利用した農業資材の現状と将来」と題した公開シンポジウムにおいてEMが他の資材に比べて効果が低いと報告されるなど効果を疑問視する人も多く、「市民のための環境学ガイド」では「似非科学を普及した」という理由で2004年9月19日にEM菌が「似非古豪賞」を受賞している)といった記載がある。

2003年2月17日に行われた大阪府研究職職員研修会では、「科学とニセ科学」と題されたレジュメの中に「EM菌はニセ科学か」という項目があり、

  1. EM菌:Effective Microorganisms(有用微生物群)。ここでは琉球大学農学部・比嘉照夫教授の提唱になるものを指す。数十種の微生物を安定的に共生させた系とされ、ゴミ処理・水処理・土壌改良に役立ち、食料問題や環境問題はEMで解決するらしい。また、EMの産出物を濃縮したEM・Xは強力な抗酸化作用によって人間の自然治癒力を高め、生活習慣病から果てはガンにまで効くという。と、効能を長々と書いたのは、「ニセ科学」という観点から興味深いため
  2. 土壌微生物の利用による土壌改良や微生物を使ったゴミ処理・水処理などは、重要な研究課題であり、考え方自体は決しておかしくない。少なくとも、最初はニセ科学と無関係だったと思われる
  3. いくつかの分野では実際に効果があると考えられる(ただし、学術的検証はあまり行われていないようだ。また、数少ない中には否定的な研究もある)
  4. 数十種の微生物を安定に共生させることが人為的に可能かどうかは疑わしい
  5. 食料問題や環境問題が解決するという言い方は、かなりニセ科学寄り(ただし、そういう誇張した発言をする研究者はよくいるので、ひどく変なわけでもない)
  6. よい面だけがあって悪い面がまったくない技術、という言い方はニセ科学的
  7. 万能性を謳いだすことは、ニセ科学の兆候(特にアトピーとガンに対する効能を言いはじめたら、疑ってかかるべき)。
  8. 比嘉氏自身の科学知識はかなりお粗末。波動や水の記憶、ホメオパシーなどを信じていることを公言している。EM・Xの安全性は磁気共鳴分析器(MRA)で調べたとの記述あり。MRAは波動測定器のひとつ。さらに最近の著書によれば、EMの波動は重力波らしいというのだが、重力波がなんなのかも知らずに書いていると思われる。物理の常識からすれば、ナンセンス
  9. 他の研究者からの批判に対する対応にはニセ科学に典型的なスタイルが見られる。
  10. なんらかの有用な(?)発見をした研究者が、それに「万能性の夢」を見てしまい、ニセ科学の道へ進んでいる(進んでしまった)という解釈が妥当なところか

 という記述がある。どうも、民間にはかなり普及し、信望者も多い割に、学識者からは批判がやたら多いという印象がある。

 この様な中、本年度3月8日、筆者の地元である福島県の地元紙、福島民友が大変興味深い報道を一面で行った。それは「EM菌投入・河川の汚染源」と題された記事で、福島県が「高濃度の有機物が含まれる微生物資材を河川や湖沼に投入すれば汚染源となる」と発表したのである。

 記事によると、「福島県環境センターが市販のEM菌など三種類の微生物資材を二つの方法で培養、分析した結果、いずれの培養液も有機物濃度を示す生物化学的酸素要求量(BOD)と化学的酸素要求量(COD)が、合併浄化槽の放流水の環境基準の約二百倍から六百倍だった」という。行政が一般に向かって「EMは環境を美化するどころか、汚染源となっている」と発表したことは初めてであり、記事の中でも「EM菌使用の環境活動は圏内の学校や団体で幅広く行われており、波紋を広げそう」としている。

 先に紹介した「カルト経済学」や他の文献からみて、おそらく学識経験者や行政は、EMについては「あまり効果無し」と見ているものの、民間団体や学校などにはそれを信望する層が厚く、あまり表立って否定することはしなかったのではないか?EMは性格的に人体に直接有害なものではないし、他の人々に迷惑をかけるようなこともない。信じる人が多くてもそれを問題視する必要性もなかったのだろう。極論すれば、どうでも良かったのである。

 どうも否定的な意見が多いEMだが、筆者の地元に異論を唱える人がいた。下水道メンテナンスを広く手がける会社の社長である。

 この方が言うには、微生物の研究はそれこそ始まったばかりである、私たちは日頃微生物の恩恵を受けていながら、それに気づいていないことも多い。例えば、味噌や酒は日常に存在するが、その製造工程のメカニズムについて、科学的に証明されているわけではない。

 EMについても、頭ごなしに否定はできない。微生物は通常の生物がとうてい生存できない環境においても生きているものもある。経験を重ねることしか今のところ方法がないが、研究を重ねることは意義があり、行政が否定的な発表をしたのは残念である・・・。この様に、新しいものを何でも否定してかかるのはおかしいという意見もあり、それも一理ある。

 

EMとクリーニング業界

 さて、クリーニング業界では業界紙でこのEMが度々紹介され、業界でのブームの一つとなっている。クリーニング業界には3,4社の業界紙があるが、EMは各紙に度々紹介されている。

 クリーニング業界にはEMクリーニング研究会なる団体があり、ネットサイトでも盛んにEMの効能を宣伝している。このサイトを見て驚いたのは、会員名簿にある会員数の多さである。北海道から沖縄まで全国津々浦々に会員企業が広がり、その中には名だたる大手企業の名も多数見受けられる。クリーニング業界においてEMは決してマイナーなものではなく、むしろ一大勢力を築いているといえるだろう。

 こちらのサイトを運営しているのは四国の業者で、この団体の中心的な役割を果たしている。こちらの社長は会員をミシュランの様に三つの星でランク付けし、各参加企業を格付けしている。お話をうかがったところ、丁寧に対応してくれ、いろいろな話をうかがった。EMの熱心な信望者という印象だった。

 ここで聞いた新しい事実は、「EMクリーニング」という商標を登録しているのは沖縄のEMの本元、EM研究機構であり、この研究会はそれを借用しているのだという。一応確認してみたが、それは事実だった。EM研究機構がどの様な理由で「EMクリーニング」という表記を商標登録したのかわからないが、クリーニング業界以外の組織が当業界の商標を所有するのはあまりないことだろう。

 会員の中に知人の会社もあり、これも連絡して話を聞いてみた。その方は大変手広く事業を展開している大手企業だが、サイトでは三つ星の最高ランクである。この方の話では、自分もEMを信望している一人であり、自社のクリーニングに使用しているほか、飲用もしているという。大変な入れあげようである。

 この様に、EMにはこの業者のようにEMを徹底して信望し、自分で飲用するほどの心酔派と、単に業界で流行しているからやっているという便乗派の二つに大別されるだろう。

 業務用の洗剤メーカーにおいては、「EM」に関連する洗剤を販売しているのは一社のみである。そちらに連絡したところ、EMクリーニングの効果について説明してくれた。また、近しい関係にある洗剤関連の資材業者4社に連絡し、このEMについて聞いてみたが、実験してみたがそれらしい結果は出なかった。ハッキリとわかる違いはなかった、事実かどうか疑わしい・・・などといった回答しかなく、4社中一社がわからない、残り3社がダメ、というようなものだった。自社で扱っていないから良くはいわないだろうということを考慮しても、この新しい題材についてあまり乗り気でない、肯定的ではないという印象であった。また、4社ともEM菌を取り寄せて培養するなどの実験を行っており、頭から否定していたわけではなく、とりあえず取り組んだという意志はうかがえた。そうなるとEMは決して沖縄でやっている地方限定のマイナーな研究ではなく、それなりに資材関連には興味を与えた題材であったことは理解できる。ただ、周囲の業者の中では、取り扱うに値するだけの有用な結果は得られなかったということなのだろう。

 

節操のないクリーニング業界

 しかしながら「EM」がどうのこうのというよりも、問題の根底にあるのはクリーニング業界の姿勢である。

 日本のクリーニング業界では、何か新しい洗剤やノウハウが登場すると、業界紙などによってあっという間に業界中に広まり、そして消え去っていく。クリーニング業者は常に「新しいもの」に興味を持ち、それが良いかどうかを確認することもなく、節操なく購入していく。

 その典型的な事例が、5,6年前に話題になった「オゾン発生装置」である。ある業者がオゾン発生装置なる機械を発売し、それが業界紙に大々的に取り上げられた。それだけでこの機種はかなりの業者が購入し、各業者の石油系ドライ機に取り付けられた。

 ところが、ドライ機にこの機械を取り付け、泡がブクブク出たところで、別に品質が良くなるわけでもなく、何も変わるわけではなかった。

 本来の意味でのオゾン発生装置はリネン工場などに取り付けられ、リネン製品の殺菌や工場の滅菌化で使用される場合がある。オゾンは殺菌などの効果があり、病院などの品を扱うリネン工場では、その様な設備を備えている所も見受けられ、それ自体が全否定されるものではない。

 しかし、この「ドライ用オゾン発生装置」のように、石油から精製された溶剤に効果があるかどうかは疑問である。案の定、一部の業界団体が自身の研究所でこれを調べ、機関誌に研究結果を発表、「ほぼ効果無し」とした。

 2002年、このオゾン発生装置を使用してクリーニング料金のアップチャージを図っていた大手業者が内部告発を受け、それが週刊誌で報道された。曰く、「誰も知らない汚れたクリーニング」。クリーニング業者は告訴までしたが当然のごとく敗訴。たくさん売れた「オゾン発生装置」も、知らぬ間に販売しなくなっていた。

 この騒動は一業者だけが糾弾されたが、この会社が採用したのと同じオゾン発生装置を購入した業者は日本中にかなり存在する。たまたま一社が摘発されただけで、実は全国に数多くのこの「得体の知れない」オゾン発生装置購入者がいたのである。それを考慮すれば、これは、一業者の責任を問う問題ではなく、クリーニング業界全体を糾弾されたものといって間違いがないだろう。

 

 クリーニング業界に関しては、今回の「EM」も、この「オゾン」と類似している。

 クリーニングはサービスが形になって現れないビジネスである。そのため、派手な看板、きれいな包装、格好いいハンガーなど、外見を良くする方向に行きやすい。「優れたシミ抜き」、「上手なアイロン」などは、熟達した職人によって成される技であり、現在の日本の需要のほとんどを占める大手の工場においては、「職人芸」が見られることは非常に希であり、大手業者はコストがかかるため敬遠する。

 何か顧客にアピールする、安直な方法は何か?他社と差別化する方法はないか?結果として、「○○加工」、「●●仕上げ」など、クリーニング品に何らかの付加価値を加える方向へと発展していった。

 この動きは80年代頃から多くなった。ドライ溶剤にリンス剤を添加して仕上がりをふんわりとするリンス加工、防菌剤などを入れる抗菌加工、あるいは客からの注文に応えて折り目を消えにくく加工する折り目加工などである。

 この付加価値はだいたい二種類に大別される。クリーニングの作業工程に、別に加工の工程を加え、他の品とは別に扱う方法と、ドライ溶剤に添加してすべての品に加工する方法である。前者には折り目加工、撥水加工などがあり、後者はリンス加工、抗菌加工などがある。

 オゾンやEMはこの後者に当たる。特定の品に特別に加工するのではなく、ドライ機などに添加することにより、製品全体にその効果を謳うのである。現在、EMクリーニングを標榜する業者の多くは、そのような方法で消費者にアピールしているものと思われる。

 しかしながら、何度も説明したとおり、EMそのものに関しても効果は不明であり、ましてや石けん水やドライ溶剤の中でEM菌がその程度生きられるか、についてははなはだ疑問である。EMをクリーニングで使用して、素晴らしかったという意見を消費者から聞いた試しはない。

 いいのか悪いのかわからないが、消費者アピールのため利用しよう・・・クリーニング業界にはそのような傾向が少なからずある。今回のEMにしても、業界マスコミでは一部の大手業者が採用しているということは報じられているものの、それが画期的に素晴らしい効果を挙げているという話を聞いたことがない。

 効果は不明だが、とりあえずやってみよう・・・こんな安直な発想と非科学性が通用するのは、日本のクリーニング業界の特色である。勿論、筆者は一クリーニング業者として、これを肯定するものではない。

 では、なぜそうなったのだろうか?それは、日本クリーニング業界組織の変遷に起因している。

 日本のクリーニング業界は職人芸的な仕事として伝播し、昭和32年には当時の厚生省指導のもと全国的な組合も結成されたが、昭和40年代には機械化、合理化が進み、需要の急増にも伴って新規参入者が相次ぎ、小規模な既存業者と対立した。

 この時代にクリーニング業界入りした業者の多くは、既存業者からノウハウを購入して開業するのが普通だった。丁稚奉公をして技術を習得するという従来の方法とは異なり、ノウハウ販売業者に任せれば、それでも十分に商売が成り立つのである。そういうスタート時点での安易な姿勢は、この業界に延々と継続されることになった。

 何か新しいノウハウやアイテムが登場すると、この業界ではたちまち話題になり、購入者が続出する、それは新しい機械であったり、洗剤、溶剤といった具体的なものから、営業ノウハウ、生産方法など形のないものなど様々である。たいていのクリーニング業者は安直にノウハウを購入し、流行らなくなったら捨てていく。よく言えば投資型であり、悪く言えば独創性のなさ、安直なモノマネ精神ということである。業者の中には独創的に何かを開発する方々もいるが、それが業界紙に紹介されるやいなや、今度はノウハウ販売業者になり、同業者にそれを販売する。こういったことが延々と続いている。

 勿論、それが望ましい状態とはいえない。この10年間は、大手業者が何か問題を起こし、それをマスコミがバッシングするという状態が続いている。前述のオゾンクリーニングもその一例だが、現在においても謎のような加工は存在する。仕上がった品を着た人が健康になるという「健康クリーニング」、花粉がすべりやすくなっただけの「抗花粉症加工」なども、一部の業者の間では当たり前のように行われている。それが、クリーニングの現状なのだ。

 EMは、まだまだ研究途中の、あるいは将来に希望をもたらす題材であるのかも知れない。しかし、クリーニングの世界に入ってくれば、それが良いか悪いかなどお構いなしに利用され、たちまち有名になる。すなわち、EM菌が増殖・発達するには、クリーニング業界は「最高の土壌」だったというわけである。