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産経「鯨肉生産は牛肉よりエコ」はデマだった

      「個人的な試算」水産庁・水研センターが報道を公式否定

※筆者は作家として、既にこの筆名を使っています(編集部)

 産経新聞4月24日付に大きな見出しの記事が躍った。
 「鯨肉は牛肉よりエコ?CO2排出量は10分の1以下」

 (以下、記事の引用)
 「数年前の調査捕鯨船団の燃料使用量からCO2の排出量を計算。捕鯨で生産・販売された鯨肉1キロ当たりのCO2排出量を試算した。その結果、日本から約1,000キロ沖で行われる北太平洋の調査捕鯨では、鯨肉1キロをとるために、約2・5キロのCO2が排出されていると推計。1万キロ以上離れた南極海の調査捕鯨では、CO2の排出量は増えたが、それでも約3キロにとどまった。これに対して、畜産農家が牛肉1キロを生産するために、排出するCO2などの温暖化ガスは36・4キロと計算されており、鯨肉の排出量は10分の1以下になることが判明した。牛肉生産では、牛の飼育やエサの生産・運搬などで大量のエネルギーが使われるが、鯨肉は、捕鯨船団の燃料だけですむため、温暖化ガス排出も比較的少ないという。」
 (引用終わり)

 記者(カメクジラネコ)は昨年、報道発表の資料をもとに調査捕鯨によって排出される二酸化炭素(CO2)排出量を試算し、JANJANに書いていた。
 「遠洋調査捕鯨は地球にやさしくない・日新丸船団、CO2を4万tは排出か?」 2008/07/20

産経「鯨肉生産は牛肉よりエコ」はデマだった | 国際捕鯨委員会(IWC)の昨年の年次会合が開かれていたチリ・サンティアゴのホテル中庭で、メディアに活動計画を説明する「シーシェパード」創立者のポール・ワトソン氏。「日本 停止 殺さない 捕獲」などの文字が見える。シーシェパードは「環境過激派」と呼ばれ、日本の調査捕鯨に反対して船団に対する直接的・暴力的な妨害活動で知られる(佐久間淳子記者撮影)
国際捕鯨委員会(IWC)の昨年の年次会合が開かれていたチリ・サンティアゴのホテル中庭で、メディアに活動計画を説明する「シーシェパード」創立者のポール・ワトソン氏。「日本 停止 殺さない 捕獲」などの文字が見える。シーシェパードは「環境過激派」と呼ばれ、日本の調査捕鯨に反対して船団に対する直接的・暴力的な妨害活動で知られる(佐久間淳子記者撮影)
 このときの推計では、鯨肉1kg当りのCO2排出量は7.7−9.7kgであった。今回の産経記事の数字とは大きく食い違う。また、産経記事の「牛肉1kg当りのCO2排出量36.4kg」についても、他の研究機関が公式に発表している約16kgという推計とは2倍以上も隔たっている。
 「“温暖化ガス排出食”の王者は牛肉、畜産分野の約80%」(2月16日、AFP)
 「クジラの肉は牛肉より環境に優しい=ノルウェー活動家」(ロイター)

 何より、「鯨肉は、捕鯨船団の燃料だけですむ」という記述が事実に反するのは明らかだ。日新丸船団がメタンや代替フロン(HFC)を排出しない新技術を搭載した「スーパー船舶」だとすれば、そちらの方で、まさに世界的なビッグニュースとなったろう。

 代替フロンは、冷凍・空調設備に冷媒として使用される。オゾン層を破壊しないが、種類によってはCO2の1万倍にも達する強力な温室効果を発揮するものがある。

 記事に名前の出た独立行政法人水産総合研究センターは、農水省所管の科学研究機関だ。理事長の中前明氏は水産庁次長から天下りした人物で、IWC(国際捕鯨委員会)日本政府代表団の団長を務める。水研センターが何らかの政治的な思惑で科学的事実と明らかに反する発表を行ったとすれば、これは重大な問題である。

 この産経記事の件について、記者は水産総合研究センターに問い合わせたところ、5月11日に同センター広報課から回答があった。「今回の調査は水産庁遠洋課からの委託で行い、産経記事は水産庁への取材に基づくもの。詳細は担当した遠洋課の水産調査官が別途連絡する」とのことであった。

 その後しばらく待ったが遠洋課からの連絡がなかったので、記者は5月25日に公開質問状を送った。
 「『鯨肉は牛肉よりエコ?』報道に関する公開質問状」(記者のブログ)

 水産庁遠洋課の伊佐調査官からご返事をいただいたのは5月28日。「水産総合研究センターとの行き違いにより返答が遅れた」という謝罪に加え、送られてきた内容は以下のとおりである。

 「ご指摘の点について、事実関係から申し上げますと今回の調査は水産庁遠洋課の委託によるものではないこと、従って質問にある調査の詳細、データ等については承知していないために返答できないことを申し上げます。一部の行政官、研究者が非公式に個人的な勉強として試算していたものを産経新聞の記者が独自に取材し、記事にしたものと推察します。

 また、産経新聞の記事にある水産庁のコメントは、同記者に対し、私から『(そのようなデータを水産庁としてオーソライズするのではなく)そのような試算を行うことには関心がある』と述べました。

 今後、水産庁としても関係方面と協力して試算を行うことを検討する際は、貴殿からのご指摘も参考にして検討して参りたいと思います。」

 調査鯨肉「土産」事件では水産庁側の説明は二転三転したが、今回の水産庁による調査委託の有無に関しては、とりあえず水研センター広報室の「勘違い」で、委託はなかったとのことである。

 水産庁側の回答を受け、記者は再度、水産総合研究センターに公式見解を求めた。そして、6月1日に同センターの和田研究推進部長から以下のご返答をいただいた。

 「今回の記事については、当センターに対しては全く取材はなく、水産庁に対して取材があったものと承知しており、水産庁からは、貴殿に対し然るべく回答された旨を伺っております。

 なお、当センターとして、わが国の調査捕鯨における鯨肉生産及び、肉牛生産におけるCO2排出量を試算したことはなく、したがって当センターの成果として公表したこともありません。」

 結局、産経が報道した今回の「調査結果」の数字は、検証をまったく経ていない個人の非公式な試算にすぎなかったことになる。「水産総合研究センターの調査で出た」という産経の報道が、当の水研センター自身によって公式に否定されたからだ。

 水産庁調査官の「関心がある」というコメントが、産経記事の中で一人歩きしてしまい、「商業捕鯨再開などをめぐる国際交渉で、反捕鯨国へ理解を求める新しい視点になる」などという、およそかけ離れた「解説」となってしまったのである。

 さらに、この産経報道は、多数の市民がブログなどに引用し、あたかも既成事実であるかのように信じ込まれている。中日新聞も、社説に次のように書いた。中日新聞から水産庁や水研センターへの取材はなかったという。

 「水産関係者によると動物性タンパク質を増やすには、畜産よりも漁業生産のほうが二酸化炭素(CO2)排出量は十分の一以下で済むという。地球環境問題からはこの指摘は無視できない。」(中日新聞5月24日付「難航IWC 溝は深いが望みはある」

 影響力のきわめて大きいマスコミの報道姿勢が問われる。産経新聞と言えば、日本の調査捕鯨の担い手・財団法人日本鯨類研究所の馬見塚達雄理事は、同社の元論説委員である。

◇ ◇ ◇

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[46283] 元記事は数字根拠が明らかでないので問題ではありますが...
名前:中村透
日時:2009/06/06 23:27
初めてコメント差し上げます。

>また、産経記事の「牛肉1kg当りのCO2排出量36.4k
>g」についても、他の研究機関が公式に発表している約16kg>という推計とは2倍以上も隔たっている。

記者様は「他の研究機関」と書かれてますがその「約16kg」という数字は昨年のノルウェー捕鯨関係研究所の発表ですよね?

畜産飼料の9割以上を南米やオーストラリア、近場でもUSAから輸入してる日本が、牛肉生産の多くを放牧によって行い、その他飼料肥育の場合も飼料の多くを自国調達或いは近隣EU諸国からしか輸入しないノルウェーより多くなるのは当然だと思いますよ?

牛肉1kg生産あたり最大で11倍・11kgもの飼料をエッチラオッチラ南米や豪から運ぶ、その過程で排出されるCO2他空調用エネルギーや、穀物飼料輸送にも除湿等は必須ですから、空調冷媒などを考慮しなければなりません。
その様な条件の下に成り立ってる日本の畜産と、飼料輸送をほとんど必要としないノルウェーの温暖ガス排出量が大きく違うのは当然の事ですよね。

また、日本の場合「畜肉その物」を輸入した場合を考慮しても輸入先は北米か豪がほとんど。
その場合、モノが生鮮食肉なので輸送時に必要とされる冷凍電力生産や冷凍冷蔵用の空調冷媒で生み出される温暖ガスは穀物飼料輸送時のそれより遥かに多くなります。

これ等を全て統合して計算した数字がノルウェーの倍以上になったとしても全く不思議は無いです。

勿論今回日本側がこの数字の出所を明確にしてないのは大いに問題があるけど、それ以前の問題として日本とノルウェーじゃ単位あたりの畜肉生産による温暖ガス排出量に大きな開きが出るのは中学生にでも解りそうな物です。

堅山様のコメント末尾にもありますが、条件が違うのが明白なのにそれを伏せて、あたかも産経記者だけがでっち上げの数字を元に記事を仕立て上げてるが如く書くのはいかがなものでしょうか。

>日新丸船団がメタンや代替フロン(HFC)を排出しない新技術>を搭載した「スーパー船舶」だとすれば、そちらの方で、まさに>世界的なビッグニュースとなったろう。
>代替フロンは、冷凍・空調設備に冷媒として使用される。オゾン>層を破壊しないが、種類によってはCO2の1万倍にも達する強
>力な温室効果を発揮するものがある。

記者様は何故だかこれ等の空調冷媒が「鯨肉輸送時のみ」にしか
かからない様な誤解を与えかねない言い方をされてますが、上で書きました様に、北米・南米・豪州からの畜肉輸入・輸送にも当然同じく冷凍・空調設備とそれによる温暖ガス排出は伴いますよ?
産経記事の「船舶燃料による分だけが温暖ガス排出総量だ」が誤りなのは事実ですが、遠い海外からの畜肉輸入にも同じネガティブなファクターがあるのを隠してはいけませんね。
そしてこれ等畜肉の温暖ガス排出条件についての数字をキチンと
計上しないままに鯨肉での「船舶輸送燃料以外」の排出条件ばかり取り上げて書かれた、記者様の以前のJANJAN記事も大いに不公平であると言っておきます。

もう一つ、今回の記事では直接触れられてない部分ですがテーマ
としては大いに関係する事実関係について。
記者様が紹介してるリンク、

「“温暖化ガス排出食”の王者は牛肉、畜産分野の約80%」(2月16日、AFP) の末尾にある、

>一方、輸送過程で生まれる排出ガスを抑えようという考えで、地>元産の肉類や乳製品に切り替えてもそれほどの効果はないと言
>う。輸送過程での排出量は牛肉生産全体の排出量の5%しか占め
>ていないからだ。「週に1回、肉と乳製品をまったく食べない日
>を作るほうが、1年中毎日地元のものに限った肉や乳製品を食べ
>るよりもずっと大きな効果がある」(ウェーバー氏)

記者様がこれを引用して書いたブログ記事はまるで日本の輸入飼料に頼り切った畜産の、その非効率な輸送燃料消費/温暖ガス排出ですらも、捕鯨に於ける温暖ガス排出総量に比較すれば小さな問題でしかない、と言ってる様に受け取れます。

http://kkneko.sblo.jp/article/28686903.html
(記者様のブログ4月25日分。以下引用)

>AFPの記事では、輸送コストの割合はそれほど大きくないそう>です。地産地消という最も大切な伝統文化を守るに越したことは>ありませんが、「週に1回、肉と乳製品をまったく食べない日を
>作るほうが、1年中毎日地元のものに限った肉や乳製品を食べる
>よりもずっと大きな効果がある」という教授の講義はごもっと
>も。

ここでウェーバー氏が想定してる「輸送コストの割合」とは日本に於ける畜産の穀物飼料輸送距離・量(全穀物飼料の9割という量)を運ぶ場合でも変わらないのでしょうか・・・?

違いますよね。

そこで想定されてるのはあくまでカナダの様な放牧による肥育か、或いはアメリカ型飼料肥育にしても近隣の農場から餌を運んで与えるという形なので輸送による温暖ガスは日本の場合のそれと比べ物にならない程少ない筈です。

または畜肉そのものの輸送にしても日本の様に遠くUSAや豪等の遠距離からの輸入でなく、近場の畜舎・食肉加工場からの輸送した
肉を消費する訳ですからやはり温暖ガス排出量は遥かに少ない筈ですよね。

これについては記者様のブログでも書かれてるのを拝見しまして
その場にコメントしたかったのですが、残念ながら記者様のブログへ捕鯨賛成の立場で書かれたコメントは往々にして削除されてしまう、或いは初めから掲載受付けしてもらえずにブログ主様からの反論コメントだけが載っている、という状況が多いようでして、その様な書き込みを色んな場所で見るにつけ、時間とエネルギーの無駄になるから・・・と躊躇っておりましたが、ココのこの記事にも同じAFPソースが貼ってありましたので書いてみました。(因みに私は今まで記者様のブログにコメントした事はありません。)

私は学者ではありませんから日本や欧米の畜産に於ける畜産の温暖ガス排出量や捕鯨のそれを計算して出せ、と言われても出せませんが、この記事に記者様が書かれてる比較の為の数字根拠がオカシイ、という指摘は出来ます。
記者様の他の記事をいくつか見ましても「数字の根拠が不明である」という指摘がコメント中に散見されますが、今回の記事の様に印象誘導に都合良くノルウェー研究の数字やAFP記事の「教授の講義」を、日本とは条件が違う事を伏せたまま引用する、というのは卑怯に過ぎると感じます。

カメクジラ様はココで仮にもJANJAN記者・ジャーナリストとしての文章を書いておられるのですからこの様な公平性を欠く姿勢は
改められた方が宜しいかと存じます。
[返信する]
[46241] 不適当なタイトル
名前:堅山安夫
日時:2009/06/05 21:14
 結局、確かなことは「産経新聞が水産庁・水研センターの公式見解であるかのような書き方をしたのは明らかな誤り」ということですよね。


 「検証をまったく経ていない個人の非公式な試算」の内容自体が誤りであるかどうかは別の問題ですよね。(水研センターは出てきた数字について否定も肯定もしていませんよね)
 カメクジラネコ記者が昨年JANJANに書いていた試算も、「検証をまったく経ていない個人の非公式な試算」ですよね。(カメクジラネコ記者の試算でも鯨肉のほうがCO2排出量は少なくなっていますが)


 それに対して、「産経「鯨肉生産は牛肉よりエコ」はデマだった−「個人的な試算」水産庁・水研センターが報道を公式否定」というタイトルをつけるのは、読者の誤解を誘導するようなやり方だと思いますが。


追伸
牛肉1キロあたり二酸化炭素(CO2)36.4キロ相当というのは、つくばの畜産草地研究所の荻野暁史氏によるものと思われます。日本国内の場合の、牛のげっぷによるメタンも二酸化炭素に換算して合算したものです。
http://www.newscientist.com/article/mg19526134.500-meat-is-murder-on-the-environment.html
[返信する]

5月25日〜30日 

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